「ナイチンゲール」の功績とは:What did “Nightingale” do?

 新型コロナウイルス(SARS-CoV-2)感染症(COVID-19、以下、新型コロナ感染症)は依然として世界中の人々の脅威になっている。過酷な環境下でこの感染症に立ち向かう医療の最前線には多くの関係者がいるが、看護師の獅子奮迅ぶりも広く知られている。5月12日は、近代看護介護の母と呼ばれるナイチンゲールの誕生日だ。

統計的に明らかに

 フローレンス・ナイチンゲール(Florence Nightingale、1820-1910)は、裕福な英国人夫妻の二人の娘の妹として、夫妻が新婚旅行中にイタリアのフローレンスで生まれた。若い頃から卓越した知性を発揮し、特に数学の能力が高かったという(※1)。

 ビクトリア時代の英国では女性が社会へ出て活躍することは推奨されず、彼女は両親の反対を押し切って30歳でドイツで看護の勉強を始めた。この経験によって、看護のみならず、後に高く評価される病院の病棟建築の設計、人事管理などの基本を学ぶことができたようだ。

 その後、33歳の時にロンドンの下町(後に医療関係者が集まるHarry Street)に作られた恵まれない女性のための施設院で女性監督官の仕事をした。その仕事をしたことは、看護と介護の仕事を当時の上流階級の慈善活動によるものから、専門職による医療活動によるものへ彼女の意識と哲学を変えるきっかけとなった(※2)。

 ナイチンゲールといえば、クリミア戦争(1853-1856、ロシアとオスマントルコの戦争に英仏が介入)に看護師として1854年から従軍し、負傷兵に対する献身的な看護(回復期の兵士が行っていた夜間の見回りを代わりにした「ランプを掲げた夫人」The Lady with the Lamp)をしたこと、統計学的なアプローチを用いて野戦病院の改良(病院での死亡率を42.0%から2.2%へ減らした)とそれが陸軍の医療体制の改革につながったことが有名だ。

 この統計的なアプローチは、いわゆる「ニワトリのトサカ(実際はBat Wing Chart)」と呼ばれる彼女オリジナルのダイヤグラム(Rose Diagram)を用いたものだが、まだ細菌やウイルスが発見されていない時代(ロベルト・コッホによる炭疽菌の証明は1876年)のことであり、このダイヤグラムでの死亡原因はZymotic(チフス、天然痘、コレラなど19世紀に猖獗を極めた感染症を引き起こす未知の生物の総称)病としている。

英国へ帰国後の1858年、ナイチンゲールが報告したクリミア戦争における英国陸軍の死亡原因の図。円の中心からの扇形は1年を12ヶ月で分けた死亡数を表し、中心へ行くほど死亡・重症化となる。赤色と黒色は戦傷による死亡で、青色はZymotic病の死亡原因を示す。右は1854年4月から1855年3月、左が1855年4月から1856年3月で、英国政府の衛生改善委員が介入したことで経時的に死亡数が減っていくことがわかる。Via:Florence Nightingale, “Notes on Matters Affecting the Health, Efficiency, and Hospital Administration of the British Army Founded Chiefly on the Experience of the Late War.” 1858

広く深く大きいその功績

 視覚的にインパクトと説得力があり、わかりやすいこの図を元にした彼女の報告書は、当時の戦争では戦傷より病気や栄養不足、野戦病院の衛生管理、換気などの要因によって死亡数が増えることを示し、その後の医療システム変革のきっかけとなった。

 ナイチンゲールは、クリミア戦争に従軍していた頃から感染症や慢性疲労性症候群と思われる症状、不眠症などに悩まされた。だが、英国へ帰国後も看護教育のみならず、病院の衛生管理、マネジメント、医療教育(ロンドン大学ナイチンゲール看護学校の設立)、統計学などの発展に関与し、1858年には女性として初めて英国王立統計協会の会員になっている。

 彼女の考え方は、予防医学を中心に現在の医学研究にも活かされた。それは、介入対象集団を把握して明らかにし、社会的な影響を考慮しつつ有効な対策を立て、必要な予算を獲得して効果的に配り、きちんと結果を出して評価するという手法に取り入れられている。こうした考え方の効果は、新型コロナ感染症の対策をみてもよくわかるだろう。

 彼女の功績は多いが、女性の社会進出と地位向上に努め、ビクトリア時代に社会的にあまり地位の高くなかった看護師という職業のイメージを高めたことも大きい。両親が看護師になることを強く反対したのもそのためだった。

 また、病院の建築設計にも影響を及ぼし、大部屋の両側にベッドが並ぶナイチンゲール病棟(Nightingale ward)という形式名にもなっている。ナイチンゲール病棟は患者のプライバシーや尊厳を損なうということで批判されてきたが、目の届きやすい患者管理、病棟の換気など環境改善といった点で再評価されているようだ(※3)。

 今年2020年は、彼女の生誕200年であり、90歳で亡くなってから110年になる。新型コロナ感染症に苦しんでいる現在、ナイチンゲールの思想と哲学は実際の医療現場にきちんと活かされているだろうか。


※1:Louise C. Selanders, Patrick C. Crane, “The Voice of Florence Nightingale on Advocacy.” The Online Journal of Issue in Nursing, Vol.17, 2012

※2-1:Mark Bostridge, “Florence Nightingale-The Woman and Her Legend.” Viking, PENGUIN BOOKS, 2008

※2-2:Louise C. Selanders, et al., “From Charity to Caring: Nightingale’s Experience at Harley Street.” Journal of Holistic Nursing, Vol.28, No.4, 2010

※3:Terri Zborowsky, “The Legacy of Florence Nightingale’s Environmental Theory: Nursing Research Focusing on the Impact of Healthcare Environments.” Health Environments Research & Design Journal, Vol.7, No.4, 19-34, 2014