なぜ人類は「眉毛」を残したのか:Why did humans leave their “eyebrows” behind?

 平安貴族は眉毛を抜いて白粉(おしろい)を塗り、わざわざ新たな眉毛を描いた。最近、眉毛に関する人類学的な論文も出たが、なぜ我々人類には眉毛があるのだろうか。人類に特有の眉毛について考える。

平安貴族はなぜ眉を描いたか

 マンガやアニメなどで動物を擬人化する場合、眉毛を描くことが多い。ゴリラやチンパンジーなどの人類に近いサルの仲間では、顔全体が毛でおおわれているため、特に眉毛というものはないからだ。

 人類の場合、脇毛や陰毛、ヒゲは二次性徴と関係しているが、眉毛は赤ん坊でも生えているように眉毛はほかの体毛とは違う。では、人類の頭部の毛が眉と頭髪を残してほぼ消失したのはなぜだろう。頭部の冷却器として額から毛がなくなったことが原因かもしれないが、それでは眉毛だけが残った理由にはならない。

 日本では古代から中世、近世まで顔を白く塗る白粉が広まった。中国文化の影響から白粉を始めたのだろうが、当時、眉毛を抜いたり剃り落としたりする「引き眉(ひきまゆ)」という習慣があった。これは表情を読まれないためというよりも、眉毛のせいで白粉が浮くことを防ぐのが主な目的だったようだ。

 だが、そのままでは顔が真っ白で不自然だったのか、新たに眉墨で眉を描き直していた。時代劇などに平安貴族の男女が額の上のほうに円形の眉を描く「殿上眉」がよく出てくるが、平安時代はそれほど上部には描かなかった。なぜか室町時代あたりから、眉の位置がどんどん上がっていく。この変化は、いったい何を意味するのだろうか。

平安時代の貴族は、眉を不自然なほど上部には描いていない。「源氏物語絵巻、宿木(三)」(国宝、平安時代末期か)より。徳川美術館蔵
織田信長の妹「お市の方」とされる肖像画。額のかなり上に眉を描いている。その後、江戸期に入ってから既婚女性は引き眉で眉毛を抜いたり剃ったまま、白粉で真っ白い顔となる。「浅井長政夫人像」(著者不明、16世紀末)高野山有明院蔵

 日本人の源流ともいえる縄文系と弥生系の眼窩の違いと眉毛の位置する眉上弓(眼窩上隆起、Supraorbital ridge)を解剖学的に分析した研究(※1)によると、縄文系は眉上弓が眼窩前方で下がっているため、額から眉を上へ引き上げないとまぶたがよく開かないが、弥生系は眼窩がそのまま前方へ開口しているので額から眉毛の上下動は必要ないという。つまり、弥生系のほうが縄文系より、眉毛の表現が少ないことになる。

眉毛の機能とは何か

 英国の動物行動学者、デズモンド・モリス(Desmond Morris)はその著書『裸のサル(The Naked Ape)』(1967)の中で人類とチンパンジーの脳の容量を比べ、眉毛について述べている。チンパンジーには、人類の顔の前面上部にある額はないが、眉上弓はゴリラやチンパンジー、人類の祖先などで目立つという。

 この眉上弓、現生人類ではほとんど失われてしまったが、モリスはその理由を脳の容量が増えたため、額が前方へ張り出し、眉の位置にある出っ張りが消失したように見えるだけとする。また、寒冷地の人類が体温を失うのを防ぐため、顔の凸凹をなくして表面積を少なくしたためとも述べている。

 そして、眉毛の役割については、汗や頭髪が目に入ったりするのを防ぐためという俗説を否定し、女性より男性のほうが眉毛が濃いという性差から男性の感情表現に使われたのではないかと考えている。

 男性ではなく女性の怒りの表現に「柳眉を逆立てる」という言葉があるが、「眉をひそめる」や「眉唾」など眉毛に関する表現は多い。英語でも、怒りの表現に「bristling eyebrow」があり「意味ありげに片眉を上げる」ような表情を「cock(angle、raise) an eyebrow」などといい、モリスも著書の中で眉毛に関する表現について縷々述べている。

 4歳児を対象にした認知発達の研究(※2)によれば、大人の眉毛の上下動に対し、幼児の脳は敏感に反応するようだ。また、視線との連動や眉毛の動き方で、笑顔かどうかなどの表情を判断してもいるらしい。この研究をした研究者は、チンパンジーにはない眉毛が、人類のコミュニケーションにとって重要な役割をしているのではないかと考えている。

 人類の頭蓋骨の20万年の変遷を解剖学的に分析した研究(※3)によれば、眉上弓の出っ張りがなくなって顔の全面が平坦になったのは、テストステロンやアンドロゲンなどの性ホルモンの変化で人類が女性化したからではないかという。眉上弓の出っ張りがなくなった代わりに、眉毛による感情表現の重要度が増したというわけだ。

眉毛によるコミュニケーションとは

 眉毛と眉上弓に関して最近、新しい研究(※4)が英国の科学雑誌『nature』の「ecology&evolution」に発表された。英国のヨーク大学などの研究者によるもので、1921年にザンビアのカブウェ(Kabwe)で発見されたホモ・ハイデルベルゲンシス(Homo heidelbergensis)の頭蓋骨の化石(カブウェ1、約30万~12万5000年前)を分析した。

 人類で眉毛が残った眉上弓だが、人類の祖先から枝分かれしたホモ・ハイデルベルゲンシスでは、眉上弓が大きく代わりに額が狭くなっている。カブウェ1の頭蓋骨化石は内部までしっかり状態が残っているので、3Dによる副鼻腔などの構造分析が可能だ(※5)。

ホモ・ハイデルベルゲンシスと考えられている「カブウェ1」の頭蓋骨。眉上弓が発達し、額はほとんどない。Via:Ricardo Miguel Godinho, et al., “The biomechanical significance of the frontal sinus in Kabwe 1 (Homo heidelbergensis).” Journal of Human Evolution, 2018

 研究者が分析したところ、カブウェ1の大きな眉上弓は、咀嚼や咬合との関連がほとんどなく、解剖学的には何の機能性も持たないことがわかったという。そのため、この目の上の隆起には、もっとほかの役割があった可能性がある。

 その役割とは、眉上弓に生えた眉毛によるコミュニケーション機能だったのではないかと研究者は推測した。頭髪とは額で分けられ、目立つように生えた眉毛は眉上弓によって効果的なシグナルを送ることができたはずだ。研究者は、それが友好と親しみの表現だったのではないかと考えている。

 なぜなら、ホモ・ハイデルベルゲンシスより以前の人類の祖先は、さらに大きな眉上弓を持ち、それは力関係や攻撃性を意味していたと考えられるが、ホモ・ハイデルベルゲンシス以降の人類ではより社会性が強まり、友好的なコミュニケーションをとる必要性が生じた可能性があるとする。そうした変化と要請によって眉上弓の突起が次第になくなり、代わりに眉毛によるコミュニケーションが進化したのではないかという。

 江戸期の既婚女性は、引き眉をして眉毛を抜いたり剃ったまま、白粉を塗って真っ白な顔をした。眉毛は表情と感情表現にとって重要だが、既婚女性で眉を描かないということは、白粉の後に眉を描く位置が平安時代からどんどん上がっていったことにも関係するのかもしれない。

 人類にとって友好と親しみを表現する機能として眉毛が残ったとすれば、儒教と封建制に支配されていた既婚女性にとって、眉毛による友好的なコミュニケーション機能はむしろ不必要となる。通い婚だった平安時代の倫理的な考え方が、時代によって変化し、眉を描く位置が次第に上がっていったとすれば、それは女性の感情表現を糊塗し、わかりにくくする効果を狙ったとも考えられる。


※1:Yoshito Mishima, et al., “The Supraorbital Margin of Japanese Who Have No Visible Superior Palpebral Crease and Persistently Lift the Eyebrow in Primary Gaze is Higher and More Obtuse Than Those Who Do Not.” Eplasty, Vol.13, e39, 2013

※2:Tobias Grossmann, et al., “Early cortical specialization for face-to-face communication in human infants.” Proceedings of The Royal Society B, Vol.275, 2803-2811, 2008

※3:Robert L. Cieri, et al., “Craniofacial Feminization, Social Tolerance, and the Origins of Behavioral Modernity.” Current Anthropology, Vol.55, No.4, 2014

※4:Ricardo Miguel Godinho, et al., “Supraorbital morphology and social dynamics in human evolution.” Nature Ecology & Evolution, doi:10.1038/s41559-018-0528-0, 2018

※5:Ricardo Miguel Godinho, et al., “The biomechanical significance of the frontal sinus in Kabwe 1 (Homo heidelbergensis).” Journal of Human Evolution, Vol.114, 141-153, 2018