「禁煙」とは「ニコチン依存」からの脱却である:Smoking cessation means breaking away from “nicotine dependence”.

 電子タバコを使った禁煙治療に効果があるという研究論文が、権威ある医学雑誌に掲載され、タバコ関係の研究者の間でちょっとした話題になっている。欧米では電子タバコが広く吸われているが、禁煙治療を含むそのハームリダクション(harm reduction)効果が議論になってきたからだ。だが、ニコチンに依存している限り、本当の意味で禁煙したとはいえない。

「まだまし」という考え方

 ハームリダクションとは、害毒・危害(harm)を軽減する(reduction)考え方だ。「まだまし」という意味で、害のより少ない代替策や代替品で害を避け、例えば薬物中毒などの害を少しでも避けるために採られる多種多様な手段ということになる。

 タバコの例で言えば、タバコに含まれる有害物質をより少ない量に軽減し、害の少ない使用法に転換するようなこと、さらにそうした方法によって禁煙につなげるための手段をいう。

 加熱式タバコを製造販売している海外のタバコ会社は、アイコス(IQOS)やグロー(glo)について「禁煙のための製品」とし、ハームリダクションの考え方からマーケティング戦略を練ってきた。ちなみに、プルーム・テックを出しているJTは、同製品を禁煙補助製品と明確にうたってはいない。

 日本では薬機法(旧薬事法)で規制され、国内販売ができないニコチンを添加した電子タバコについても、英国ではハームリダクションの考え方から医師などによる適正に管理された禁煙治療法を前提にして禁煙のために利用することが進められている。例えば、イングランドの公衆衛生当局であるPublic Health England(PHE)は2018年12月に、電子タバコは紙巻きタバコよりも95%有害ではないとし、禁煙のために電子タバコを推奨した(※1)。

 ニコチンが添加された電子タバコが若年層の間で流行し、大きな社会問題になっている米国やカナダは、英国と態度がかなり異なる。両国の研究者の多くは、電子タバコは若年層を中心にした喫煙への「ゲートウェイ」、紙巻きタバコの本格的な喫煙へ誘導するのではないかと懐疑的だ。

 米国のミシガン大学の研究者による調査では、電子タバコを吸った高校生は、電子タバコを経験しなかった者より翌年に紙巻きタバコを吸う割合が4倍多いことがわかった(※2)。また、カナダのウォータールー大学の研究者が、7歳から12歳の生徒を対象にして調査したところ、電子タバコの経験者が紙巻きタバコに移行する割合は、そうでない者より2.16倍高かったという(※3)。

 こうした懸念は英国の研究者からも出始めている。

 英国コベントリー大学などの研究グループが、11~16歳の英国の生徒について調べたところ、電子タバコの喫煙者の52.6%が紙巻きタバコは未経験だったが、電子タバコにニコチンが添加されていることを知っていたのは39.9%、ニコチンに中毒性や依存性(Addiction)があることを知っていたのは29.8%だったという(※4)。研究グループは、このことから電子タバコを吸った生徒がニコチン依存になり、紙巻きタバコの喫煙者になるのではないかと危惧している。

電子タバコの禁煙治療効果

 このように研究者の間でも、電子タバコが禁煙補助にどれくらい役立つのか、ハームリダクションとして利用できるのかについて議論が分かれてきた。

 そんな中、権威ある米国の医学雑誌『The NEW ENGLAND JOURNAL of MEDICINE』に、ニコチンを添加した電子タバコとニコチンパッチやニコチンガムといったニコチン置換療法(Nicotine Replacement Therapy、NRT)の禁煙治療効果を比較した論文が掲載された(※5)。これは英国のクイーン・メアリー・ロンドン大学などの研究グループによるランダム化比較試験で、1年(52週)後の禁煙継続率が、電子タバコ(439人)で18%、ニコチン置換療法(447人)で9.9%と、倍近い差が出たとし、結論として電子タバコによる禁煙治療はより長い効果を持続できたとする。

 過去にも電子タバコを使った禁煙治療についての論文は多いが、今回は権威ある医学雑誌に掲載されたこともあり、電子タバコのハームリダクション効果の議論に大きな影響を与えるのではないかと考えられる。

 ただ、この論文で使用された電子タバコは市販されており、リキッドも互換性のある他社製品の喫煙が可能だ。つまり、リキッドにはニコチン以外にも多くの化学物質が含まれている危険性があり、その健康影響については考慮されていない。仮に禁煙治療に効果があったとしても、電子タバコの喫煙を長期間継続することで、ニコチンを含む有害物質を摂取するリスクが生じる。

ニコチン依存からの脱却

 従来の紙巻きタバコのようにタバコ葉を使わず、リキッドなどの形でニコチンを供給するデバイス、またタバコ葉を使っても電気的にニコチンを吸わせる加熱式タバコのようなデバイスをニコチン・デリバリー・システムという。

 ニコチンは依存性が強く、有毒なアルカロイドだ。ニコチンには、血管収縮や血圧上昇、脈拍の増加などを引き起こすことにより心血管疾患などのリスクを高め、肺がんを悪化させることがわかっている。また、ニコチンは、インスリン抵抗性を生じさせることもあるため、糖尿病になりやすくする。

 ニコチンを添加した電子タバコや加熱式タバコを含むタバコ製品は、ニコチンの持つ依存性により喫煙者をつなぎとめ、習慣的に長期間、タバコを吸わせるために開発されている。つまり、なぜ喫煙者がタバコ製品を毎日のように高い金を出して何十年も買い続けるのかといえば、それはニコチンの依存性のせいだ。

 その結果、朝起きてから寝るまで、こうしたニコチン・デリバリー・システムを何十年も吸うことになりかねず、いくら害が低減されているとはいえ、ニコチンを含む有害物質を定期的に長期間、身体に入れることになる。その健康影響は現在では不明だが、有害物質の長期暴露がどんな病気を引き起こすか、そのリスクは明らかだろう。

 ニコチン・デリバリー・システムの使用は、米国の若年層で増えている。ミシガン大学などの研究グループの調査によれば、2017年から2018年にかけ、米国の12年生(日本の高校3年生)のニコチン・デリバリー・システムの使用は23.7%から28.9%へ増えていた(※6)。

 欧米の電子タバコや日本の加熱式タバコには、紙巻きタバコに匹敵するニコチンが入っている。ハームリダクション効果を期待するあまり、ニコチン依存から脱却できず、長期にわたって定期的に薬物を摂取するような生活を許容してもいいのだろうか。

 それは結局、自らの健康と引き替えに電子タバコ・メーカーやタバコ会社だけを儲けさせることだけになる。禁煙というのは、電子タバコや加熱式タバコに切り替えるのではなく、最終的にはニコチン依存から脱却することにほかならないのだ。


記事ではニコチンの害について紹介していますが、禁煙外来などで処方されるニコチンパッチやニコチンガム、ニコチン代替薬には免疫系など健康への悪影響がないことがわかっています(※7)。ある物質は毒にも薬にもなります。医師の適切な指示に従って処方されるなら、ニコチンは禁煙にとって重要な薬物となりますが、タバコ製品と一緒に摂取するとタバコ製品の有害物質も同時に吸収することになります。


※1:Public Health England, “PHE Health Harms campaign encourages smokers to quit.” 28 December, 2018

※2:Richard Miech, Megan E Patrick, Patrick M O’Malley, Lloyd D Johnston, “E-cigarette use as a predictor of cigarette smoking: results from a 1-year follow-up of a national sample of 12th grade students.” BMJ journals, Tobacco Control, 2017

※3:Sunday Azagba, Neill Bruce Baskerville, Kristie Foley, “Susceptibility to cigarette smoking among middle and high school e-cigarette users in Canada.” Preventive Medicine, Vol.103, 2017

※4:E Fulton, et al., “More than half of adolescent E-Cigarette users had never smoked a cigarette: findings from a study of school children in the UK.” Public Health, Vol.161, 33-35, 2018

※5:Peter Hajek, et al., “A Randomized Trial of E-Cigarettes versus Nicotine-Replacement Therapy.” The NEW ENGLAND JOURNAL of MEDICINE, DOI: 10.1056/NEJMoa1808779, 2019

※6:Richard Miech, et al., “Adolescent Vaping and Nicotine Use in 2017-2018─U.S. National Estimates.” The NEW ENGLAND JOURNAL of MEDICINE, Vol.380, 192-193, 2019

※7:Kate Cahill, et al., “Nicotine receptor partial agonists for smoking cessation.” Cochran Database of Systematic Reviews, 2008