「サル痘」をめぐる5つの疑問

 新型コロナに続き、新たな感染症が問題になりつつある。サル痘だ。感染地域だったアフリカ以外でも200人を超える感染者が確認され、WHOも警告を発している。このサル痘、いったいどんな感染症なのだろうか。

サル痘に関する5つの疑問

 人類を長く苦しめてきた天然痘の根絶宣言が、WHOから出されたのは1979年10月26日のことだ。ソマリアで発見された自然発生の天然痘患者が最後とされ、それから2年経っても感染者が出なかったことによる。

 こうして天然痘は根絶されたが、1970年に新たなポックスウイルス感染症が出現していた。ポックスウイルスとは、2本鎖DNAを持つエンベロープ型のウイルスだ。

 その新たなポックスウイルス感染症がサル痘だ。このサル痘にはいくつかの疑問がある。

・サル痘を媒介するのはどんな生物なのか

・天然痘との関係はあるのか

・バイオテロの可能性はあるのか

なぜ広範な地域で同時に感染が広がっているのか

・サル痘は天然痘のように根絶できるのか

 サル痘のウイルスが最初に報告されたのは実験動物のアカゲザルだったので、サル痘と名付けられた。名前がサル痘だからサル類も感染源にはなり、オランダの動物園ではサル類でサル痘が流行したことがある。ただ、ウサギやネズミ、リスなどのげっ歯類が、自然界でのウイルスの主な貯水池となっているようだ(※1)。

プレーリードッグから感染した例も

 サル痘は1970年に中央アフリカ地域や西アフリカ地域でヒトへの発症が確認されて以来、コンゴ民主共和国などのアフリカ大陸の熱帯雨林地域で散発的に感染流行が起きている。1970年の最初の発症後、10年間は50症例に満たない感染者だったが前述した通り、ネズミやモルモットなどのペットから感染するリスクもあり、1990年代後半から2000年代前半にはアフリカ大陸から輸入されたラット、ヤマネ、リスといったげっ歯類を介して感染したプレーリードッグにより北米で患者が発生した例がある(※2)。

 サル痘と天然痘は同じポックスウイルスの仲間で、サル痘の予防には天然痘ワクチンが有効だ。ゲノムの96.3%が同じというように祖先ウイルスは同じものの、全く異なった種へ進化したと考えられている(※3)。そのため、サル痘が変異して天然痘になるということはありえないと考えられている。

 サル痘は、2000年代に入ってから熱帯地方で感染者が増加していた。コンゴ民主共和国では、1980年代と2006年、2007年の比較では感染者の発生率は約20倍に増えたが、天然痘の予防接種を受けている人のサル痘の発症が1万人あたり0.78人だったのに比べ、受けていない人の発症は1万あたり4.05人と5倍以上のリスクだったという(※4)。

 主に長くアフリカで発生してきたサル痘だが、2022年5月21日、WHOがサル痘の従来の感染地域外へ警戒を呼びかけた。WHOによれば、同年5月13日から21日までに北米、欧州、オセアニアで92症例が確認され、疑わしい症例が28あったという。また、欧州疾病予防管理センター(ECOC)によると5月25日までに非感染地域の各国で219人の患者が確認されている

 また、これまでに報告された患者は従来の感染地域への渡航歴がなく、ポルトガルの患者から採取されたサル痘のウイルスのゲノム解析により、2018年と2019年にナイジェリアから英国、イスラエル、シンガポールへ流出したゲノムに近いものだという。これにより、人為的な遺伝子改変によるバイオテロの危険性は低いが、2000年代に入ってサル痘のゲノムが多様性を持ち始めているという研究もある(※5)。

 ちなみに、根絶された天然痘ウイルスは、世界の2ヶ所に集約され、バイオセーフティレベル4で管理されている。2ヶ所とは、米国ジョージア州アトランタにあるCDC(疾病対策予防センター)とロシア連邦のシベリアのノヴォシビルスクにあるロシア国立ウイルス学・生物工学研究センターだ。ただ、保存されている天然痘ウイルスは廃棄されることになっていたが、両機関は依然として廃棄していない。

廃止された天然痘ワクチンが影響か

 サル痘は天然痘より感染力が弱い。致死率は3〜6%前後で、天然痘の20〜50%と比べると低い。

 感染媒体動物から感染しても、ヒトヒト感染の能力は低いため、サル痘は広がらずに消滅する傾向があった。だが、1970年代からの約16年間の感染率(9〜28%)からその後、1997年10月のコンゴ民主共和国での感染流行時の感染率(78%)へと感染力が上がった。これを天然痘ワクチン接種率が下がったためとすると、死亡率も上がるはずだが死亡率は逆に大きく下がっている(※6)。

 ただ、サル痘の診断は難しく、多くの症例が水痘(水痘帯状疱疹ウイルスによる水疱瘡)だった可能性も考えられている。サル痘ではないのにサル痘とされた症例報告が多かったため、感染率が上がり死亡率が下がったというわけだ。いずれにせよ、欧米などで広がっているサル痘のウイルスは、これまでアフリカで感染していたウイルスより、特に伝染性や病原性が上がったわけではないようだ。

 サル痘は日本の感染症法でエキノコックス症や狂犬病と同じ4類感染症に指定され、医療機関で患者が確認されたら直ちに報告の義務があるが、厚生労働省によれば2003年以降、サル痘の患者の報告はない。

 また、天然痘のワクチンは、米国では1972年、日本では1976年に接種が廃止されている。天然痘のワクチン接種が廃止され、半世紀ほどが経ち、その結果としてサル痘の広範な感染拡大が同時多発的に起きているのではないかという意見もある(※7)。あるいは、アフリカ大陸での環境破壊により、ウイルスに感染しやすい状態になったこと、アフリカ大陸からの野生生物の輸出入が増えたことにより感染が広がったこともあるのかもしれない。

 サル痘の潜伏期間は天然痘と同じ10日から14日、発熱や倦怠感、直径2ミリから5ミリほどの赤い発疹や水疱状の発疹といった症状が2日ほど出てから発症する。天然痘と違う症状は、発症前後にリンパ節の腫れが起きるかどうかという。

 予防と治療には天然痘ワクチンが有効という報告があるが、ワクチンに対してアレルギー反応を持つ人も天然痘ワクチン接種に慎重であるべきだし、がん治療中だったり臓器移植をした人、HIV感染者、免疫不全症の人など、免疫系に問題のある人、免疫力が弱っている人などに対して天然痘ワクチンを接種するべきではないとされる。また、サル痘に感染後4日以内の天然痘ワクチン接種が推奨され、2週間以内でも一定の効果があるとされているが、1歳未満の子ども、妊娠中の女性、上記のような人などには非推奨となっている。

 いずれにせよ、サル痘は大きな飛沫感染やフィジカルな接触感染によって感染するので、空気感染する天然痘や新型コロナに比べると感染力も低い。また、人類が天然痘との戦いで勝ち得たワクチンなどの知見が多く、過度に恐れることはない。

 では、サル痘は天然痘のように根絶できるのだろうか。

 もちろん衛生的な環境が大前提だが、病原体の自然宿主がヒトに限られ、症状など可視的に明確な診断ができ、感染の観察が容易で、効果的な単回投与ワクチンがある感染症は根絶が可能とされている(※8)。

 天然痘は媒介生物がおらず、感染者の症状による診断が容易でワクチンもあった。サル痘は、ワクチンはあるが、媒介生物が多様であり、偽陽性が多く出るように診断も難しい。

 今後、互いに無関係な感染者が広い範囲で現れ始めると、これはなかなか厄介な感染症かもしれない。


※1:Daniel B. Di Giulio, Paul B. Eckburg, “Human monkeypox: an emerging zoonosis” THE LANCET Infectious Diseases, Vol.4, January, 2004

※2:CDC, “Multistate outbreak of monkeypox–Illinois, Indiana, and Wisconsin, 2003” MMWR, Vol.52(23), 537-540, 13, June, 2003

※3:Sergei N. Shchelkunov, et al., “Human monkeypox and smallpox viruses: genomic comparison” FEBS Letters, Vol.509, Issue1, 66-70, 30, November, 2001

※4:Anne W. Rimoin, et al., “Major increase in human monkeypox incidence 30 years after smallpox vaccination campaigns cease in the Democratic Republic of Congo” PNAS, Vol.107(37), 16262-16267, 30, August, 2010

※5:Jeffery R. Kugelman, et al., “Genomic Variability of Monkeypox Virus among Humans, Democratic Republic of the Congo” Emerging Infectious Diseases, Vol.20(2), 232-239, 2014

※6:Jon Cohen, “Is an Old Virus Up to New Tricks?” Science, Vol.277, No.5324, 312-313, 18, July, 1997

※7:Eveline M. Bunge, et al., “The changing epidemiology of human monkeypox─A potential threat? A systematic review” PLOS NEGLECTED TROPICAL DISEASES, Vol.16(2), e0010141, 2022

※8:Clark Donald Russell, “Eradicating infectious disease: can we and should we?” Frontiers in Immunology, doi.org/10.3389/fimmu.2011.00053, 10, October, 2011