病気になるとなぜ「寝込んだり食欲がなくなる」のか

 新型コロナなどの感染症にかかったり、その他の病気になったりすると発熱したり倦怠感で寝込んだり実際に眠くなったり食欲がなくなったりする。それらは、身体に備わった防御反応で感染症の拡大防止にも寄与するメカニズムだ。

感染症への防御システム

 感染症の拡大防止策の一つにソーシャルディスタンスがあるが、他者に感染させないため、身体活動が少なくなって寝込んだり、他者に会う意欲を失ったりするのは生物が進化してきた中で身につけた反応ともいえる。新型コロナのやっかいなところは、発症前の患者や無症状者、軽症者の感染者が活発に社会活動を行って感染を広げるところにもある(※1)。

 体内に感染症を引き起こす細菌やウイルスといった病原体が侵入すると、生物は免疫系を発動させて細胞や白血球などが分泌するサイトカイン(情報伝達タンパク質)が脳へ作用し、食欲不振、睡眠、倦怠感といった病気になった時に特有の行動をとる。免疫系と脳との間には、こうした相互作用があり、生物が感染症から身を守る防御システムと考えられ、例えばエネルギー消費を抑えるために寝込んだりする(※2)。

 食欲がなくなるのも防御システムの一つで、エネルギーコストのかかる摂食行動を抑制するためのようだ。だが、一般的に病気になると栄養をとるよう推奨され、食べないと回復しないなどと言われる。感染症を引き起こす細菌やウイルスなどの病原体にしても、患者が体力を失うと自分たちの栄養源もなくなるわけだから利益にならない。

 その意味で、肉を切らせて骨を切る如く、生物としては食欲を減退させて病原体を弱らせているという考え方もできる。一方、この消耗戦は逆に感染した生物の体力が尽きてしまうリスクもあるが、病気と食欲不振の関係は複雑で生物自身が食欲をなくす課程で免疫系などの防御システムを変化させ、病原体にも負の影響を及ぼすのではないかという論考もある(※3)。

 昆虫の研究では、感染症になった時により多く食べたり栄養を摂取することは、むしろ病原体からの毒素に対する抵抗力を下げている場合には危険ということがわかっている。これは多く食べることにより、食べ物に含まれる病原体の総量も増え、解毒作用のある遺伝子も抑制されるからのようだ(※4)。

他者の感染を感知する

 一方、生物は危険を察知して生き残るため、嗅覚や視覚、味覚などの五感を総動員している。これは人間も同じで、感染症にかかっていると想像される相手を、人間がどれくらい感知できるのかという研究がいくつかある。例えば感染症に対しては無意識に予防的な行動をとることが知られている(※5)。

 では、病気にかかった人の様子から、他者はその人の健康状態を認識できるのだろうか。

 リポ多糖(LPS)は、大腸菌などの細菌(グラム陰性菌)の細胞壁外側(外葉)にある毒性(エンドトキシン)を持つ物質で、身体の中に入ると発熱したり呼吸が早くなったり血圧が低くなるなど毒素として作用する。実験動物にリポ多糖を投与し、擬似的に疾患を引き起こす研究などに使われる(※6)。

 毒性をほとんど除去したこのリポ多糖を人間に使い、炎症反応や免疫反応を分析したり擬似的な病気の状態を作り出すことができる。スウェーデンのカロリンスカ研究所などの研究者が、被験者にリポ多糖を注射し、擬似的に全身性炎症状態にして観察したところ、歩行速度が遅くなり、周囲の人はリポ多糖注射を受けた人を健康ではないことを認識できたという(※7)。

 また、リポ多糖での症状があまり出ない状態で、どれだけ病気のリスクを認識できるかという研究もある。スウェーデンのストックホルム大学などの研究者は、リポ多糖注射の2時間後という明らかに病気とは見えないぎりぎりの顔写真を使って比較した。すると、そうした微細な病気の兆候でも被験者は見逃さない明らかな傾向(81%)があったという(※8)。

 これらのリポ多糖を用いた研究は、所属機関それぞれの倫理委員会などの審査を経たもののようだが、個人的には人間にわざわざ発熱させたり炎症を起こさせたりする実験が適切かどうか、疑問に感じるのも事実だ。また、この記事は、人を見かけで判断することを許容したり、病気にかかった患者やその可能性のある人を差別とその助長、また嫌悪忌避することを是認するものではない。


※1:Jaouad Bouayed, Torsten Bohn, “Adapted sickness behavior – Why it is not enough to limit the COVID-19 spread?” Brain Behavior and Immunity, Vol.93, 4-5, March, 2021

※2:R W. Johnson, “The concept of sickness behavior: a brief chronological account of four key discoveries” Veterinary Immunology and Immunopathology, Vol.87, 3-4, 10, September, 2002

※3:Jessica L. Hite, et al., “Starving the Enemy? Feeding Behavior Shapes Host-Parasite Interactions” Trends in Ecology & Evolution, Vol.35, Issue1, 68-80, January, 2020

※4:Laura E. McMillan, et al., “Eating when ill is risky: immune defense impairs food detoxification in the caterpillar Manduca sexta” Journal of Experimental Biology, Vol.221(3), 7, February, 2018

※5-1:Lesley A. Duncan, et al., “Perceived vulnerability to disease: Development and validation of a 15-item self-report instrument.” Personality and Individual Differences, Vol.47, 541-546, 2009

※5-2:Valerie Curtis, et al., “Disgust as an adaptive system for disease avoidance behaviour.” Philosophical Transactions of the Royal Society B, Vol.366, Issue1563, 2011

※5-3:Mark Schaller, et al., “The Behavioral Immune System (and Why It Matters).” Current Directions in Psychological Science, Vol.20, Issue2, 2011

※5-4:Konstantin O. Tskhay, et al., “People Use Psychological Cues to Detect Physical Disease From Faces.” Personality and Social Psychology Bulletin, Vol.42, Issue10, 2016

※5-5:Camille Ferdenzi, et al., “Detection of sickness in conspecifics using olfactory and visual cues.” PNAS, Vol.114, No.24, 2017

※6:Satoshi Kobayashi, et al., “A Single Dose of LPS into Mice with Emphysema Mimics Human COPD Exacerbation as Assessed by Micro-CT.” American Journal of Respiratory Cell and Molecular Biology, Vol.49(6), 971-977, 2013

※7:T Sundelin, et al., Sick man walking: Perception of health status from body motion.” Brain, Behavior, and Immunity, Vol.48, 53-56, 2015

※8:John Axelsson, et al., “Identification of acutely sick people and facial cues of sickness.” Proceedings of the Royal Society B, Vol.285, Issue1870, 2018