縄文人は「黒曜石」で外科手術をしていた?

 最近、石器時代の外科手術の証拠を示す論文が発表された。これまで知られている最古の外科手術の例だというが、金属を知る以前の人類はいったいどんな道具を使って手術をしていたのだろうか。

世界最古の外科手術とは

 オーストラリアのグリフィス大学らの研究グループは、英国の科学雑誌『nature』に先日、インドネシアのボルネオ島東部で発見された約3万1000年前の子どもの足の骨を調べたところ、最も古い外科手術の事例の可能性があることがわかったと発表した(※1)。同研究グループによると、この骨は子どもの頃に左足を切断された後、6年から9年、生存していたという。

 その子が足の切断後、何年かしてなぜ死亡したのか理由は不明だが、切断された足の骨はきれいな切断面を示していた。切断面の状態から、他の動物にかみ切られたり事故で切断されたのではなく、その子がまだ生きている間に人為的な手段で切除されていた可能性が高いという。

 人類の青銅器や鉄器の使用は5000年くらい前からなので、3万年前はまだ石器時代だ。ちなみに、縄文時代は石器時代であり、日本で鋳鉄を作る技術が確立したのは古墳時代の6世紀頃とされている。

 これまで知られていた最古の外科手術の例は、フランスのパリ近郊にある石器時代の遺跡から発見された約7000年前の農民の腕の切除だ(※2)。だが、外科手術などの医療技術の登場は、農耕文明が始まり、金属製の道具が発明されてからのことと考えられてきた。

 現在でも四肢の切除手術は、麻酔、止血、感染症の防御など、高度な医療技術が求められるが、石器時代の人類は植物の成分や石器などを使い、子の命をつなぐために何らかの理由で足を切除し、その手術は成功したのだろう。そして四肢を失った仲間もコミュニティで助け合い、協力し合うような福祉社会があったと考えられる。

 考古学的な遺跡から発見される人類の遺体の多くは骨であり、皮膚や筋肉、内臓などが残っていることはほとんどない。四肢の切断という外科手術ができたのなら、石器時代の人類も傷を縫合したり腫瘍を切除したりしていたかもしれないが、その証拠が発見される可能性は低いだろう。

 いずれにせよ、現在のメスのような金属製の道具がない石器時代に、彼らは何を使って外科手術を行っていたのだろうか。

 石器時代もいくつかの段階があり、石器も打製石器から磨製石器へと発展し、鋭利な石斧や弓矢などが作られるようになっていた。こうした刃物には主に黒曜石が使われ、考古学や文化人類学の分野では黒曜石の流通や産地からの広い交易ルートが注目されている(※3)。

 また、東南アジアの石器時代を対象にした研究でも、同様に黒曜石が流通する広域ネットワークが存在したことが示唆されている(※4)。そして、前述した外科手術の可能性がある骨が見つかったボルネオ島東部の遺跡は、まさに東南アジアの黒曜石の交易圏の中に位置する。

 黒曜石は、マグマが急冷してできるガラスのような火成岩だ。黒曜石に衝撃を与えると、割れ方(断口)が二枚貝の波紋に似た同心円の波紋状(コンコイド破壊)になる。こうして切片を剥離させていくと刃先が鋭利な道具になり、人類は黒曜石を剥離させて石斧や弓矢の矢尻などに使った。

黒曜石の切れ味とは

 手術用のマルテンサイト系ステンレス鋼のメスでも、金属製の刃物のブレードを顕微鏡で拡大してみると刃先に凹凸が確認できるが、黒曜石のブレードの刃先は滑らかだ。また、黒曜石のようなガラス製ブレードは、刃先も金属製ブレードより薄くできる。

 実際、例えば透過型電子顕微鏡の超薄切片試料を作成する際など、金属製ナイフよりも黒曜石のようなガラス製ナイフを使うケースは今でもある。もっとも超薄切片試料の作成は、現在ではダイヤモンドナイフに取って代わられているが、コスト面ではガラスナイフのほうが圧倒的に強い。

 また、皮膚移植の手術の場合、耐摩耗性や耐久性、患者の痛みなどの観点から、薄膜金属ガラスでコーティングしたメスのほうがステンレス鋼のメスより優れているという報告もある(※5)。

 現在の金属製のブレードより黒曜石で作ったブレードのほうが優れているか、あるいはほぼ同等の機能を持つのではないかという考え方は、中央アメリカのアステカ文明の先住民が使っていた黒曜石の道具の研究によって1960年代から注目を集めるようになった(※6)。

黒曜石に衝撃を与え、波紋状に剥離させた石器。研究者が実際に作ってみた例。Via:Don E. Crabtree,
黒曜石に衝撃を与え、波紋状に剥離させた石器。研究者が実際に作ってみた例。Via:Don E. Crabtree, “Mesoamerican Polyhedral Cores and Prismatic Blades” American Antiquity, Vol.33, Issue4, 446-478, October, 1968

 実際に実験動物のウサギを使って金属製のメスと黒曜石のブレードを比較したところ、治癒14日後の傷の引っ張り強度でほぼ同じかそれ以上だった(※7)。また、黒曜石は堅い一方でもろいが、体内に刃こぼれした黒曜石の断片が残るようなこともなかったという。

 実験動物のラットを使った実験では、黒曜石のブレードの傷のほうが傷跡が小さく、免疫系の白血球や治癒する際にできる肉芽細胞は金属製のブレードより少なかった(※8)。特に、黒曜石のブレードによる傷口は7日目まで金属製のブレードより優位だったという。もちろん、米国のFDA(食品医薬品局)も日本の厚生労働省も、黒曜石の医療用メスを認可してはいない。

 石器時代の外科手術で黒曜石がメスとして使われていたかどうか、まだはっきりとわかってはいない。だが、当時の人類が、金属がなくても医療技術を確立していたのは事実だ。

 黒曜石という道具が、広い範囲で流通し、使われていたとすれば、その道具を使った技術や知識も広く共有されていたと考えられる。今でもその切れ味が高く評価される黒曜石が、縄文時代を含む石器時代の外科手術で使われていた可能性は高い。


※1:Tim Ryan Maloney, et al., “Surgical amputation of a limb 31,000 years ago in Borneo” nature, Vol.609, 547-551, 7, September, 2022

※2:Cecile Buquet-Marcon, et al., “The oldest amputation on a Neolithic human sekelton in France” nature, Precedings, doi.org/10.1038/npre.2007.1278.1, 30, October, 2007

※3-1:大工原豊、「黒曜石の流通の多様性と研究視点」、月刊考古学ジャーナル、第525号、3-4、2005

※3-2:建石徹、「黒曜石の縄文石器の産地分析と流通」、季刊考古学、第119号、71-78、2012

※4-1:Christian Reepmeyer, et al., “Obsidian sources and distribution systems in Island Southeast Asia: new results and implications from geochemical research using LA-ICPMS” Journal of Archaeological Science, Vol.38, Issue11, 2995-3005, November, 2011

※4-2:Matthew Spriggs, et al., “Obsidian sources and distribution systems in Island Southeast Asia: a review of previous research” Journal of Archaeological Science, Vol.38, Issue11, 2873-2881, November, 2011

※5:Jinn P. Chu, et al., “Coating Cutting Blades with Thin-Film Metallic Glass to Enhance Sharpness” SCIENTIFIC REPORTS, 9:155558, doi.org/10.1038/s41598-019-52054-3, 29, October, 2019

※6:Don E. Crabtree, “Mesoamerican Polyhedral Cores and Prismatic Blades” American Antiquity, Vol.33, Issue4, 446-478, October, 1968

※7:Bruce A. Buck, “Ancient Technology in Contemporary Surgery” Western Journal of medicine, Vol.136(3), 265-269, March, 1982

※8:Joseph J. Disa, et al., “A Comparison of Obsidian and Surgical Steel Scalpel Wound Healing in Rats” Plastic and Reconstructive Surgery, Vol.92, Issue5, 884-887, October, 1993