「ポイ捨て」タバコが「飲料水を汚染」する?

海岸にたどり着いたポイ捨てタバコの吸い殻:写真撮影筆者

 道を歩いていると、ポイ捨てされたタバコの吸い殻をよく見かける。街の美観を損ね、清掃費用がかかるだけではなく、タバコの吸い殻自体に強い毒性があり、最近になって環境への負荷が問題視されるようになってきた。地球環境に対するタバコの吸い殻汚染はどれくらい深刻なのだろうか。

土星まで届くタバコの吸い殻

 世界では毎日、約9億3300万人がタバコを吸っている。地球人口の増加率は、喫煙率が下がってきていてもそれを凌駕し、特に途上国で喫煙者の実数が増え続けている(※1)。

 タバコがポイ捨てされる数はどのくらいだろう。毎年、世界では約6兆個のタバコの吸い殻が生まれ、そのうちの4兆5000億個がポイ捨てされ、タバコの吸い殻やタバコ由来の廃棄物は、世界の海岸で清掃された総廃棄物の19~38%と見積もられている(※2)。

 フィルターの長さを3センチとして4兆5000億個を並べると、地球から土星までの距離に相当する。1年のタバコ生産量の3/4が吸い殻としてポイ捨てされているわけだから、年間(2017)の販売数量が1455億本の日本の場合、約1091億本がポイ捨てされていることになる。

 タバコの吸い殻は主にタバコ葉の部分とフィルター部分に分けられる。環境中に捨てられた場合、雨水で濡れたり河川に存在中、タバコ葉の部分は分解され、フィルター部分と切り離されることが多い。

 フィルター部分は、そのままの形で環境中に存在し続ける。タバコのフィルターはどれくらい長く環境中に残存するのだろうか。ある研究によれば、フィルターは2年経っても38%ほどしか分解されず、素材にもよるが完全に分解されるまでには2.3~13年ほどかかるようだ(※3)。

ポイ捨てタバコは、雨が降ると下水溝へ流れ、河川から海へたどり着く。その過程で汚染をまき散らし、海を汚すわけだ。図作成筆者

環境を汚染するタバコの吸い殻

 こうしてポイ捨てされたタバコの吸い殻だが、タバコ自体に健康への害があるように、廃棄物には毒性の物質が濃縮されていると予測される。

 信州大学の研究グループが調べたところ、ポイ捨てタバコの吸い殻から、ニコチンのほか、ヒ素、鉛、銅、クロム、カドミウム、発がん性物質を含む多環芳香族炭化水素が検出された(※4)。

 この研究調査では、大学周辺の道路(3.2kmの周回)を歩き、ポイ捨てゴミの分布地図を作成して1ヶ月間の1km当たりに採取されたポイ捨てタバコのゴミから何mgの汚染物質が検出されるかを溶出試験などで調べた(※5)。つまり、上記のヒ素、ニコチン、重金属類、多環芳香族炭化水素は、1ヶ月という期間、1kmの距離で採取されたものからの有害物質の総量ということになる。

 タバコ由来の毒性物質で、ニコチンや重金属類、多環芳香族炭化水素が出るのは予想できるが、この中では特にヒ素が重要だろう。ヒ素は改めて言うまでもなく猛毒の物質で、数多くの薬害や殺人事件にも登場することで広く知られている。

 この調査研究の溶出試験では、環境基準(0.01mg/L以下であること)以上の0.041mg/Lという量のヒ素が出ている。また、ポイ捨てされたタバコの吸い殻の重金属類の含有量としては、1ヶ月間の1km当たりカドミウム0.02mg、銅1.7mg、鉛0.59mg、クロム0.15mg、ヒ素0.81mgが検出された。

 紙巻きタバコにヒ素が含まれているのは確かだが(※6)、これだけ多くの量が検出されるのはどうしてだろう。

 研究を主導した信州大学の森脇洋教授もヒ素が検出されたのは意外だったという。その理由について、タバコの吸い殻には灰が多く混ざっており、灰を水に混ぜると水はpHが高くなる。pHが高くなると、ヒ素が溶出しやすくなり、タバコ中の微量成分であるヒ素が検出されたのではないかと考えている。

 研究結果の中のニコチン(3.8mg/L)は、明らかにタバコ由来の成分だろう。ニコチンも生物にとって有害な物質であり、タバコの吸い殻から環境中へ拡散する危険性がある。多環芳香族炭化水素も平均0.032mg(1ヶ月/1kmあたり)検出されたが、道路脇の土壌から検出された多環芳香族炭化水素はタバコの吸い殻由来かどうかはっきりしなかった。

 森脇教授は、タバコのポイ捨ては、行為としては小さな不法投棄だが、それが積み重なれば環境汚染につながる問題になる可能性があると考えている。ただし、ポイ捨てゴミが現状でどれだけ環境に悪影響を及ぼしているかという点について、さらなる研究が必要だという。

 この研究では、ポイ捨てゴミ分布地図を作成しているが、同じような地図を各地で作成し、ポイ捨てゴミが多い箇所でなぜポイ捨てが多くなるのかその原因を探ることで、ポイ捨ての多い地点に灰皿やゴミ箱の設置を重点的に行えば、この問題に対して効率いい対策ができるのではないかという。

飲料水がニコチンで汚染される?

 タバコの吸い殻やフィルターの毒性について調べた研究もある(※7)。米国のサンディエゴ州立大学などの研究グループは、タバコを吸っていないフィルター単独、タバコを吸った後のフィルター単独、タバコを吸った後のタバコ葉とフィルターでそれぞれ魚(※8)を使って影響を調べた。

 各種の溶出液中に2種類の魚を20匹入れ、48時間後の生存率を比べたところ、いずれでも毒性が表れ、1L当たりの吸い殻の数が増えるほど生存率が悪くなった。特に、タバコを吸わない単なるフィルター単独でも毒性があったことが驚きだ。

 また、ドイツのベルリンでタバコの吸い殻を採取し、ニコチンの濃度と毒性を調べた研究もある(※9)。ベルリン工科大学の研究グループは、雨が降った後、水たまりにおけるタバコの吸い殻からのニコチンの溶出や降雨によってタバコの吸い殻がどのように移動するかを調べた。

 その結果、降雨による水たまりにはタバコの吸い殻由来のニコチンが27分で半分の量という具合に急速に溶出し、1L当たり2.5mgの濃度となった。研究グループは、たった1本のタバコの吸い殻が1000Lもの水を生態系への影響がないとされる濃度(予測無影響濃度、Predicted No Effect Concentration、PNEC)を超える値まで汚染する危険性があるという。

 筆者は、タバコの吸い殻問題についてタバコ会社3社(※10)に対し、質問をした。回答を得られたのはフィリップ・モリス・インターナショナル(PMI)のみだった。

 同社によれば「たばこフィルターは、木材セルロースから作られるセルロースアセテートでできています。自然環境にもよりますが、フィルターの分解速度は1ヵ月から15年かかると言われています。その過程で、残留物が土壌に染み出したり、分解途中の吸殻を動物が間違って食べたりするリスクがあるため、吸殻をむやみに捨てることをやめ、 成人喫煙者の方は、責任をもって処理する必要があると考えています」とのことだった。

 また、タバコの吸い殻で最近増えている加熱式タバコのアイコス(IQOS)に使用されているスティックのフィルターについても質問した。

 同社によると「ヒートスティックのフィルターの一部には、バイオポリマーフィルムフィルター(サトウキビやデンプンから得られた世界で最も広範な生体高分子の一つであるポリ乳酸で作られている)を採用し、エアロゾル(蒸気)から余分な水蒸気を取り除き、エアロゾル(蒸気)の温度を低下させています。PMIによってその使用の適合性について評価され、IQOS使用中にバイオポリマーフィルムから放出される有害性成分物質は特定されませんでした。いずれにしても、ポイ捨ての防止は重要と捉え、喫煙者へのコミュニケーションを通じて、気づきや行動変容を促す啓発活動の二つの側面から働きかけることが、重要であると捉え、今後もマナー啓発活動に取り組んでいきます」とのことだった。

 誠実に回答をいただいたPMIには感謝するが、タバコの吸い殻1本が大量の飲料水を汚染し、環境へ深刻な悪影響を与えるかもしれないのだ。年間1000億本以上の吸い殻がポイ捨てされる日本、そして飲料水、環境は大丈夫なのだろうか。


※1:GBD 2015 Tobacco Collaborators, “Smoking prevalence and attributable disease burden in 195 countries and territories, 1990-2015: a systematic analysis from the Global Burden of Disease Study 2015” THE LANCET, Vol.389, Issue10082, 1885-1906, 2017

※2:Thomas E. Novotny, et al., “Tobacco Product Waste: An Environmental Approach to Reduce Tobacco Consumption.” Current Environmental Health Reports, Vol.1, Issue3, 208-216, 2014

※3-1:Giuliano Bonanomi, et al., “Cigarette Butt Decomposition and Associated Chemical Changes Assessed by 13C CPMAS NMR.” PLOS ONE, doi.org/10.1371/journal.pone.0117393, 2015

※3-2:Francois-Xavier Joly, et al., “Comparison of cellulose vs. plastic cigarette filter decomposition under distinct disposal environments.” Waste Management, Vol.72, 349-353, 2018

※4:Hiroshi Moriwaki, et al., “Waste on the roadside, ‘poi-sute’ waste: Its distribution and elution potential of pollutants into environment.” Waste Management, Vol.29, Issue3, 1192-1197, 2009

※5:溶出試験とは、試料を水と混ぜて固形分をろ過により取り除き、得られた液を分析する試験。分析には、ヒ素、鉛、カドミウムについては誘導結合プラズマ発光分析、ニコチンについては液体クロマトグラフ質量分析、分離モードはLC、HPLC、多環芳香族炭化水素(PAH)についてはHiroshi Moriwaki, et al., “Historical trends of polycyclic aromatic hydrocarbons in the reservoir sediment core at Osaka.” Atmospheric Environment, Vol.39, Issue6, 1019-1025, 2005の手法を用いた

※6:J.-J. Piade, et al., “Differences in cadmium transfer from tobacco to cigarette smoke, compared to arsenic or lead.” Toxicology Reports, Vol.2, 12-26, 2015

※7:Elli Slaughter, et al., “Toxicity of cigarette butts, and their chemical components, to marine and freshwater fish.” Tobacco Control, Vol.20, Suppl1, i25-i29, 2011

※8:海洋性のイワシの仲間「Atherinops affinis」と淡水性のコイの仲間「Pimephales promelas」

※9:Amy L. Roder Green, et al., “Littered cigarette butts as a source of nicotine in urban waters.” Journal of Hydrology, Vol.519, 3466-3474, 2014

※10:日本たばこ産業(JT)、フィリップ・モリス・インターナショナル(PMI)、ブリティッシュ・アメリカン・タバコ(BAT)