依存症の「脳」はどう変化するのか:How does a brain of a addiction patient change?
有名人の違法薬物による逮捕報道がかまびすしい。何度やってもなぜ懲りないのか。薬物依存になった脳の変化から読み解いてみる。
ストレス耐性が弱くなる
我々に身近な薬物依存の例としてはニコチン依存がある。タバコ製品に含まれているニコチンは、コカインやヘロインと同じか、より強い依存性があるとされ(※1)、自分で喫煙量をコントロールできず、なかなか禁煙できない喫煙者も多い。
では、ニコチン依存になった喫煙者の脳は、どう変化しているのだろうか。
ニコチンは脳の報酬系と呼ばれるドーパミン神経系に作用するが、このドーパミンという物質は喫煙者以外でも喜んだときや心地良いとき、緊張したりドキドキしたときなどに報酬系から放出される(※2)。
だが、ニコチンはドーパミンを強制的に放出する作用があるため、タバコを吸うたびに報酬系が刺激を受け、次第に反応が鈍くなり、ニコチンでなければドーパミンが放出されにくくなっていく。ニコチンが切れるとドーパミンが出にくくなり、脳がそれをストレスと感じてニコチンによるドーパミンの放出を待ちきれなくなる。
タバコを吸えない時間が長くなった喫煙者が、仕事の合間に頻繁に喫煙所へ向かうのはこのせいだ。タバコを吸ってニコチンを補充された喫煙者は、タバコのせいでストレスがなくなったと勘違いしているが、逆にニコチン切れでストレスを感じている。報酬系の反応が鈍くなっているため、ニコチンでドーパミンが放出されてもせいぜいタバコを吸わない人の正常な状態になんとか戻るだけだ。
ヨーロッパの14歳の喫煙者を対象にし、fMRI(機能的MRI)を使って行われた喫煙者の脳の報酬系を調べる研究(※3)によれば、腹側被蓋野(Ventral tegmental area、VTA)という中脳からドーパミンの作用を受ける脳の腹側線条体(Ventral striatum)という部分で喫煙者のほうが鈍い反応を示すことがわかったという。
この研究では、喫煙者と比較群であるタバコを吸わない人(それぞれ43人)にチョコレートという報酬刺激を与えた。すると、タバコを吸わない群で報酬予測の強い反応活性化が現れたのに比べ、喫煙者ではほとんど反応がなかったという。
ギャンブル依存もスマートフォン依存も
ニコチン以外の依存についてはどうだろうか。ニコチンは薬物依存だが、ギャンブル依存やネット依存はプロセス依存とされ、薬物がなくても脳の報酬系に変化が起きてしまう。
ニコチン依存ではタバコ自体や喫煙シーン、アルコール依存では酒自体や飲酒シーン、ギャンブル依存やネット依存ではカジノの映像やゲーム画面など、依存対象に強く関連し、依存状態への渇望を引き起こすきっかけをキュー(Cue)と呼ぶ。
キューによる刺激は先ほどの研究とは逆に、依存状態の人ほど脳に強い反応が現れる。ギャンブル依存(17人)、ニコチン依存(18人)、どちらでもない健常者(17人)にキューを見せて脳をfMRIで比較した研究(※4)によれば、ギャンブル依存とニコチン依存の人の脳でキューに反応する領域が異なっていたという。
キューを見たギャンブル依存の人では、後頭葉の側頭部(Occipitotemporal areas)、後帯状皮質(Posterior cingulate cortex)、海馬傍回(Parahippocampal gyrus)、扁桃体(Amygdala)といった脳の領域が強く反応し、左脳の大脳皮質の活性化もうかがえたという。一方、ニコチン依存ではヘビースモーカーで特に前頭前野腹内側部(Ventromedial prefrontal cortex、眼窩前頭皮質)、吻側帯状皮質(Rostral anterior cingulate cortex)、側頭葉(Temporal gyrus)の各部位が強く反応していたという。
このようにギャンブル依存やニコチン依存の人の脳は、そのどちらでもない健常者と比べて異なった反応を示す。反応だけでなく脳自体が変化してしまうという研究(※5)も多い。これらの研究によれば、喫煙者の大脳皮質はタバコを吸わない人に比べて0.07~0.17ミリも薄く、タバコを吸うことで認知症が起きやすくなるという(※6)。
脳には可塑性があると言われているが、一度、依存の回路が脳にできてしまうとキューなどの刺激により、依存状態に戻ってしまうこともよく知られている(※7)。人は誰しも何かに少しずつ依存しているが、薬物や強い刺激を若いうちに受けると脳が変化し、大人になっても病的な依存状態に陥る危険性がある。
これは未成年の喫煙や飲酒が禁止されている大きな理由の一つだが、スマートフォンへの依存状態も脳を変化させることがわかっている(※8)。乳幼児からスマートフォンを与えることが問題視されるようになっているが、少なくとも脳が成長する時期まで依存性のあるものから子どもを遠ざけるべきだろう。
●薬物依存などに関する相談先
※1-1:Todd F. Heatherton, et al., “The Fagerstrom Test for Nicotine Dependence: a revision of the Fagerstrom Tolerance Questionnaire.” Addiction, Vol.86, Issue9, 1119-1127, 1991
※1-2:David Nutt, et al., “Development of a Rational scale to assess the harm of drugs of potential misuse.” THE LANCET, Vol.369, Issue9566, 1047-1053, 2007
※2:Kent C. Berridge, Morten L. Kringelbach, “Pleasure Systems in the Brain.” Neuron, Vol.86, 646-664, 2015
※3:Jan Peters, et al., “Lower Ventral Striatal Activation During Reward Anticipation in Adolescent Smokers.” The American Journal of Psychiatry, Vol.168, 540-549, 2011
※4:Anna E. Goudriaan, et al., “Brain activation patterns associated with cue reactivity and craving in abstinent problem gamblers, heavy smokers and healthy controls: an fMRI study.” ADDICTION BIOLOGY, Vol.15(4), 491-503, 2010
※5-1:Simone Kuhn, et al., “Reduced Thickness of Medial Orbitofrontal Cortex in Smokers.” Biological Psychiatry, Vol.68, Issue11, 1061-1065, 2010
※5-2:S Karama, et al., “Cigarette smoking and thinning of the brain’s cortex.” Molecular Psychiatry, vol.20, 778-785, 2015
※6:Kaarin J. Anstey, et al., “Smoking as a Risk Factor for Dementia and Cognitive Decline: A Meta-Analysis of Prospective Studies.” American Journal of Epidemiology, Vol.166, Issue4, 367-378, 2007
※7:Takuya Hayashi, et al., “Dorsolateral prefrontal and orbitofrontal cortex interactions during self-control of cigarette craving.” PNAS, Vol.110, No.11, 2013
※8-1:Ji-Won Chun, et al., “Role of Frontostriatal Connectivity in Adolescents with Excessive Smartphone Use.” frontiers in Psychiatry, Vol.9, 2018
※8-2:Lee Deokjong, et al., “Lateral orbitofrontal gray matter abnormalities in subjects with problematic smartphone use.” Journal of Behavioral Addictions, Vol.8, Issue3, 2019