徹夜仕事一晩でも「太る」危険性が:There is risk which fattens you in all-nighter work.
睡眠不足で太ることはよく知られているが、そのメカニズムはまだよくわかっていない。レプチン(Leptin)やグレリン(Ghrelin)といったいわゆる「摂食ホルモン」の変調が原因なのではないかといわれているが、今回、一晩の徹夜といった短期的急速な睡眠不足により、代謝調節に必要な骨格筋(Skeletal Muscle)の組織変化や後天的な遺伝子変異が影響して太ることにつながるという論文が出された。
睡眠不足でサーカディアンリズムが乱れる
シフト勤務などによる慢性的な睡眠不足や海外旅行などの時差ボケの影響で睡眠障害が起きると、肥満やメタボリック症候群、2型糖尿病になるリスクが高くなる。これはサーカディアンリズムと呼ばれる体内時計が変調をきたし、身体の代謝機能に影響を及ぼす結果と考えられてきた。
筋肉量が下がって脂肪の燃焼が低くなり、呼吸によるカロリーの代謝効率が落ちるなどによるものとされてきたが、詳しいメカニズムはまだよくわかっていない。これについて、スウェーデンのウプサラ大学などの研究グループが一晩の急激な睡眠不足、つまり徹夜が遺伝子レベルでどんな生理的な影響を与えているかを調べ、その結果を米国の科学雑誌『Science Advances』のオンライン版に発表した(※1)。
サーカディアンリズムも遺伝子によって制御されているが、PER(※2)、PAS(PER、ARNT、SIM)といった関連遺伝子群(※3)、CLOCK(※4)、BMAL1(※5)、CRY(※6)といった遺伝子がある。
この中では、BMAL1という哺乳類のサーカディアンリズムに関係した遺伝子が重要で、この遺伝子を異常発現させたりノックアウト(切除)すると、マウス(夜行性なのでヒトとは昼夜逆転)で脂肪の代謝がおかしくなるが、これは骨格筋でBMAL1遺伝子が変調することが原因のようだ(※7)。また、ヒトでは睡眠不足で遺伝子が後天的に変化し(メチル化)、サーカディアンリズムに関係した遺伝子、骨格筋でCRYやBMAL1などの機能が減退することがわかっている(※8)。
こうしたことを背景に今回の研究グループは、一晩徹夜するといった急激な睡眠不足が、骨格筋の遺伝子の機能と後天的な遺伝子変異にどう関係しているのかを調べたという。なぜなら骨格筋は、ヒトの身体のタンパク質のうち50~75%を占めるほど大きな割合を持ち、最大のエネルギー代謝器官でもあり、骨格筋の中にあるサーカディアンリズムに関係した遺伝子が睡眠不足で変化すれば大きな影響を身体に与えると考えられるからだ。
骨格筋は身体を支えたり骨格を動かすための筋肉であり、タンパク質などの栄養や水分を貯め(同化、Anabolism)、食べ物が少なくなったり水分が足りなくなったりする際に分解(異化、Catabolism)し、それらを補給する代謝機能を持つ。糖尿病の初期治療で適度な運動が推奨されるのは、運動によって骨格筋が増え、基礎代謝が上がることでエネルギーが消費され、糖の代謝が活発になるからだ。
また、骨格筋は傷ついたり減ったりした場合も素早く再生することができる。これも骨格筋の持つ分化(異化)する能力によるものだが、逆に加齢や栄養不足、寝たきりなどで骨格筋が減る(萎縮)すると、骨格筋が脂肪細胞へ分化することも知られている。
骨格筋のサーカディアンリズム関連遺伝子
今回の論文の研究グループは、健康な白人男性15人(年齢22.3歳±0.5歳、BMI22.6±0.5kg/平方メートル、睡眠7~9時間で睡眠の平均的な質を持つ過度の飲酒をせずタバコも吸わない人たち)を対象に、事前のアンケートでそれぞれ朝型群か夜型群かを調べ、徹夜群と睡眠群に分けて交互に2セッション実験した。
実験を始める前日の19時30分に、それぞれの群に個々人の必要エネルギーの1/3の晩ご飯を食べてもらい、全員に22時30分から8.5時間の睡眠をとってもらった。翌日が実験開始日で、それぞれ朝昼晩に参加者に応じてエネルギー量を等しくした食事を20分以内にとってもらい、15分間の散歩を2回してもらった。
徹夜群と睡眠群の実験を開始し、徹夜群は部屋の灯りを250~300ルクスにし続け、寝ないように監視され、完全な徹夜状態にして翌朝の7時まで脳波や心拍数を記録し、翌朝に認知機能を評価するための簡単なテストをしてもらった。そして実験後に、血液サンプル、皮下脂肪と骨格筋から生検サンプルを採って比較したという。
その結果、徹夜群の参加者の遺伝子を調べたところ、皮下脂肪の遺伝子の広い領域で後天的な変異(メチル化)が起きていることがわかり、特に脂肪酸の取り込みに関する遺伝子に変異が大きく出ていた。逆に、こうした変異は骨格筋ではみられなかったという。
徹夜による骨格筋の変化は、皮下脂肪と同時ではなくタイムラグを経て遅れて起きるようだ。遺伝子の後天的な変異もそうだが、特にサーカディアンリズムに関係したBMAL1遺伝子の値が骨格筋で高く、皮下脂肪では変化していなかったという。
マウスによる実験では、骨格筋でBMAL1遺伝子が異常発現すると代謝に変調をきたし、エネルギー消費効率が低くなることが知られている(※7-1)。研究グループは、今回の実験により急激な睡眠不足とBMAL1遺伝子の異常発現がマウスだけではなく、ヒトでも起きている可能性を示唆しているという。
骨格筋には脂肪細胞へ分化(異化)するなどの能力で男女で性差があることがわかっているが、今回の実験では白人男性でしか調べておらず、また遺伝子の後天的な変異が睡眠不足の解消でどう元通りになるかはよくわかっていない。また、いわゆる摂食ホルモンとの関係も複雑だし、皮下脂肪と骨格筋とのタイムラグの理由も未解明だ。
いずれにせよ、徹夜などの急激な睡眠不足でも肥満になったり2型糖尿病にかかるリスクが高まる。サマータイム導入など、サーカディアンリズムを乱すような日常の変化は、健康に大きな影響を与えかねない。
※1:Jonathan Cedernaes, et al., “Acute sleep loss results in tissue-specific alterations in genome-wide DNA methylation state and metabolic fuel utilization in humans.” Science Advances, Vol.4, No.8, DOI: 10.1126/sciadv.aar8590, 2018
※2:Pranhitha Reddy, et al., “Molecular analysis of the period locus in Drosophila melanogaster and identification of a transcript involved in biological rhythms.” Cell, Vol.38, Issue3, 701-710, 1984
※3:John R. Nambu, et al., “The Drosophila single-minded gene encodes a helix-loop-helix protein that acts as a master regulator of CNS midline development.” Cell, Vol.67, Issue6, 1157-1167, 1991
※4:Joseph S. Takahashi, et al., “Positional Cloning of the Mouse Circadian Clock Gene.” Cell, Vol.89, Issue4, 641-653, 1997
※5:Masaaki Ikeda, et al., “cDNA cloning and tissue-specific expression of a novel basic helix-loop-helix/PAS protein (BMAL1) and identification of alternatively spliced variants with alternative translation initiation site usage.” Biochemical and Biophysical Research Communications, Vol.233, Issue1, 258-264, 1997
※6:Patrick Emery, et al., “CRY, a Drosophila Clock and Light-Regulated Cryptochrome, Is a Major Contributor to Circadian Rhythm Resetting and Photosensitivity.” Cell, Vol.95, Issue5, 669-679, 1998
※7-1:Allison J. Brager, et al., “Homeostatic effects of exercise and sleep on metabolic processes in mice with an overexpressed skeletal muscle clock.” Biochimie, Vol.132, 161-165, 2017
※7-2:Clara Bien Peek, et al., “Circadian Clock Interaction with HIF1α Mediates Oxygenic Metabolism and Anaerobic Glycolysis in Skeletal Muscle.” Cell Metabolism, Vol.25, Issue1, 86-92, 2017
※8:Jonathan Cedernaes、et al., “Acute Sleep Loss Induces Tissue-Specific Epigenetic and Transcriptional Alterations to Circadian Clock Genes in Men.” The Journal of Clinical Endocrinology & Metaboism, Vol.100, Issue9, E1255-E1261, 2015