「子ども」を「タバコ会社」から守るには:How do we protect our children from the Tobacco Industries?

 毎年5月31日は世界禁煙デーだ。それにともない日本では5月31日から6月6日が禁煙週間になっている。今年のテーマは「若い世代をタバコ産業から守る」。新型コロナ感染症の重症化リスクとも関係するタバコについて、若い世代に正しい知識を伝えていきたい。

モータースポーツとタバコ広告

 アイルトン・セナがハンドルを握っていたマクラーレン・ホンダのF1マシンに、マールボロのロゴやカラーリングが施されていたのを覚えている人は多いはずだ。モータースポーツにはタバコ会社が積極的に広告を出してきたが、モータースポーツが好きな少年の場合、タバコを吸うリスクが2倍になることがわかっている(※1)。

 米国ではフォーミュラーカーによるレースは、F1よりもオーバルコースを高速で周回するインディカーレースのほうが人気があるが、1984年から1991年まで行われたマールボロ・グランプリ・イン・アメリカというレースはフィリップモリスがスポンサーになった。

 ある調査によれば、1989年7月16日に開催されたレースはテレビで放送されたが、94分間の放送中でマールボロのロゴは5933回も画面に出てアナウンサーによってブランド名が連呼され、その時間は放送時間の49%を占めていたという(※2)。ちなみに、このレースはアル・アンサー・ジュニアが優勝し、約1億800万円の賞金を手にした。

 フィリップモリスはこのレースに多額の広告宣伝費を投入したが、次第に人気が無くなり、コスト的に継続が難しくなったこととタバコの広告規制が厳しくなってきたことから1991年で終了している。欧米でタバコ広告規制が強化されると、1987年からF1グランプリが再開した日本で広告宣伝を活発化させ、フジテレビがタバコのロゴやカラーリングのマシンを放映することになる。

 その後、世界的なタバコ規制を受け、タバコ会社はおおっぴらにタバコ・ブランドをモータースポーツの広告に使うことができなくなった。

 だが、現在もタバコ会社はモータースポーツのスポンサードを止めていない。

 フィリップモリスはフェラーリに「Mission Winnow」というロゴをつけ、ブリティッシュ・アメリカン・タバコはマクラーレンに「Better Tomorrow」のロゴとつけた。こうしたタバコ産業の詐欺的カモフラージュは、よく目にするJT(日本たばこ産業)の「ひとのときを想う」と同じ欺瞞に満ちた広告宣伝手法だ。

 レース好きな少年がそうでない少年より2倍、タバコを吸い始めるように、タバコ広告と子どもや若い世代の喫煙開始には強い因果関係がある(※3)。タバコの宣伝活動費とタバコ消費量の間には正の相関関係、つまり宣伝が活発化するとタバコの消費量が増える。宣伝活動費が10%増加するとタバコの消費量は0.6%増加するようだ(※4)。

今年の世界禁煙デーのテーマは

 こうしたことから今年の世界禁煙デーのテーマは、「Protecting youth from industry manipulation and preventing them from tobacco and nicotine use.(若い世代をタバコ産業の影響から保護し、タバコやニコチンの使用から守る)」で、子どもや若い世代をタバコ産業から守ろうということになった。キャンペーン・バナーには「If your product killed 8 million people each year, you’d also target a new generation.(あなた方は年間800万人も殺している上に新たな世代を狙っている)」とある。この「あなた方」はいうまでもなく「タバコ産業」だ。

 キャンペーンでは、有名人やインフルエンサーがタバコのブランド広告に荷担せず、タバコ産業によるソーシャルメディアへの広告やインフルエンサーを利用したマーケティングを禁止すべきとしている。また、加熱式タバコを含むニコチン・デリバリー・システムのスポンサーを受けないよう求め、映画・テレビ・オンライン放送の制作者に対しては、タバコや電子タバコなどを吸っているシーンを描かないよう呼びかけている。

 特に、子ども向けの味付け、メンソールや甘いフレーバーなどのタバコ製品について規制するように求めている。メンソールはニコチン依存症を強める働きがあり、当然ながら甘い味付けは子どもがタバコを吸いやすくするためのものだ。

 一方、日本の禁煙週間では特に重点的なテーマはない。みんなと一緒に禁煙を始めようという抽象的な内容で、啓発ポスターも例年通りインパクトの薄いものになっている。

 今年の世界禁煙デーのキャンペーンには多くの団体が協賛しているが、禁煙支援とタバコ規制の政策提言を目的とする国際的な連携組織「グローバルブリッジ(Global Bridges)」と日本肺がん患者連絡会が立ち上げた禁煙する人を応援するプロジェクト「結心」も子どもや若い世代への禁煙サポートのための特別ページを作っている。動画サイトには、タバコをやめられなかった子どもや禁煙外来でやめられたという声も掲載されている。

禁煙する人を応援するプロジェクト「結心」の子どもや若い世代への禁煙サポートのための特別ページ

 では、日本の若い世代、特に成人を前にした高校生の喫煙状況はどうなっているのだろう。

 最新の調査では2017年12月から2018年2月末まで全国の中高校の6万4329名を対象にしたものがある(※5)。この喫煙調査では、「紙巻タバコ」「加熱式タバコ」「電子タバコ」を分けて質問している。

 その結果、吸ったことのある喫煙経験者の割合は年々減少しているが、高校生では紙巻タバコの経験者が5.1%(男子6.9%、女子3.3%)、加熱式タバコの経験者が2.2%(男子2.9%、女子1.4%)、電子タバコの経験者が3.5%(男子4.9%、女子2.1%)だった。この経験者というのは最近の30日間でタバコを吸った日数が1日以上の回答を指すが、残念ながらこの調査では重複喫煙については調査していない。

複雑な高校3年生

 2018年の日本の高校生の数は323万5661人(男子163万3989人、女子160万1672人)だから、紙巻タバコを吸ったことのある高校生は約16万5000人(男子約11万2750人、女子約5万2560人)いることになる。

 ショッキングなのは、紙巻タバコを初めて吸った年齢だ。高校3年生では男女とも15歳で初めて吸った割合が最も多く、7歳以下が初めてという割合も少なくない。

 また、タバコをやめたいと思うかという質問項目には、高校3年生の4割以上が「やめたい」「本数を減らしたい」「(やめようと)取り組んだことあり」と回答し、学年が上がるごとに「わからない」という回答が増え、「わからない」はいずれの学年でも最も多い。高校3年生では「やめたくない」が多いが同時に「わからない」も多く、喫煙者の複雑な心理がうかがえる。

タバコを吸う高校3年生の複雑な心理がわかるかもしれない。「飲酒や喫煙等の実態調査と生活習慣病予防のための減酒の効果的な介入方法の開発に関する研究」、平成29年度、厚生労働科学研究費補助金循環器疾患・糖尿病等生活習慣病対策総合研究事業総括・分担研究報告書より筆者グラフ作成

 一方、タバコ会社の広告に触れたことがあるという質問項目では「時々あった」が最も多く、次いで「まったくなかった」という順番になる。この項目は学年による違いはそれほどないが、学年が上がるごとに「まったくなかった」と「大変よくあった」が増えていくことがわかる。いずれにせよ、50%以上の高校生が何らかのタバコ広告に触れているようだ。

タバコ会社の広告に対する興味や無関心の度合いがわかるかもしれない。「飲酒や喫煙等の実態調査と生活習慣病予防のための減酒の効果的な介入方法の開発に関する研究」、平成29年度、厚生労働科学研究費補助金循環器疾患・糖尿病等生活習慣病対策総合研究事業総括・分担研究報告書より筆者グラフ作成

 タバコ広告と子どもや若い世代の喫煙開始には強い因果関係があるが、タバコの広告と同時に禁煙の広告を見た場合、喫煙に対する否定的な感情が表れてくるという研究もある。この研究によれば、禁煙の広告は、喫煙する仲間に対する否定につながり、タバコを吸う行動を抑制したという(※6)。

 タバコ会社は未成年者の喫煙を防止するキャンペーンをすることがあるが、絶対に「タバコを吸うな」とはいわない(※7)。タバコ会社は、虎視眈々と新しい喫煙者を増やそうとしているのだ。


※1:Anne Charlton, et al., “Boy’s smoking and cigarette-brand-sponsored motor racing.” THE LANCET, Vol.350, 9089, 1474, 1997

※2:Alan Blum, “The Marlboro Grand Prix ─ Circumvention of the Television Ban on Tobacco Advertising.” The NEW ENGLAND JOUNAL of MEDICINE, Vol.324, No.13, 913-916, 1991

※3-1:John P. Pierce, et al., “Tobacco Industry Promotion of Cigarettes and Adolescent Smoking.” JAMA, Vol.279(7), 511-515, 1998

※3-2:Joseph R. DiFranza, et al., “Tobacco Promotion and the Initiation of Tobacco Use: Assessing the Evidence for Causality.” PEDIATRICS, Vol.117(6), e1237-e1248, 2006

※4:Andrews L. Rick, George R. Franke, “The Determinants of Cigarette Consumption: A Meta-Analysis.” Journal of Public Policy & Marketing, Vol.10(1), 81-100, 1991

※5:尾崎米厚ら、「飲酒や喫煙等の実態調査と生活習慣病予防のための減酒の効果的な介入方法の開発に関する研究」、平成29年度、厚生労働科学研究費補助金循環器疾患・糖尿病等生活習慣病対策総合研究事業総括・分担研究報告書、2019

※6:Cornelia Pechmann, Susan J. Knight, “An Experimental Investigation of the Joint Effects of Advertising and Peers on Adolescents’ Beliefs and Intentions about Cigarette Consumption.” Journal of Consumer Research, Vol.29, Issue1, 5-19, 2002

※7:Anne Landman, et al., “Tobacco Industry Youth Smoking Prevention Programs: Protecting the Industry and Hurting Tobacco Control.” AJPH, Vol.92, No.6, 2002