新型コロナ:受動喫煙も危険、加熱式タバコを含むタバコ煙の「PM2.5」に感染・重症化リスクが:COVID-19:Passive smoking is also dangerous, and there is a risk of infection and Severe symptoms from “PM2.5” in tobacco smoke, including heated cigarettes.
新型コロナウイルス感染症(以下、新型コロナ)の感染や重症化リスクには大気汚染が関係している。このことは大気中に漂う2.5マイクロメートル以下の粒子、PM2.5の影響を調べた研究でわかっているが、加熱式タバコを含むタバコ煙のPM2.5には同じようなリスクはないのだろうか(この記事は2021/02/11時点の情報に基づいて書いています)。
大気汚染と新型コロナの関係
微小粒子状物質、いわゆるPM2.5は、大気中に浮遊する2.5マイクロメートル以下(1マイクロメートルは1ミリメートルの1/1000)の粒子のことで、PM2.5の量は大気汚染の度合いを測る指標の一つにもなっている。大気汚染が深刻な中国では、PM2.5を吸い込むなどの結果、年に約17万人が死んでいると推計され(※1)、日本にも黄砂などに混じったPM2.5が偏西風に乗って飛んできているのはご承知のとおりだ。
PM2.5のPMは単なる微小粒子(Particulate Matter=PM)の種類のことなので、その粒子がどんな物質なのかは問わない。マイクロプラスチックの小片かもしれないし、毒性の強い炭化水素や有機化合物、重金属かもしれないし、微生物やその断片かもしれない。
だが、こうした微小粒子は、喘息や肺炎、COPD(慢性閉塞性肺疾患)といった呼吸器疾患や心血管疾患の原因になったり悪化させたりすることがわかっている(※2)。では新型コロナと大気汚染には何か関係があるのだろうか。
我々は平常時、1日に1万リットルを超える空気を呼吸している。肺などの呼吸器はこうした空気にさらされ、影響を受けていることになる。そのため、大気汚染のひどい地域で、新型コロナの感染・重症化リスクが高まるのではないかという疫学的な研究はパンデミックの初期の頃から出ている。
例えば、米国カリフォルニア州の2020年3月4日から4月24日までの大気汚染の度合い(PM2.5、PM10、二酸化硫黄、揮発性有機化合物、一酸化炭素、二酸化窒素などの指標)と同州における新型コロナの症例と死亡率を比べた研究によれば、特にPM2.5と新型コロナの重症化や死亡との間にはっきりした関連があることがわかったという(※3)。
また、イタリアのミラノにあるサンラッファエレ科学研究所の研究グループが、イタリア各地域の新型コロナ感染症の症例数と死亡数、入院患者数、集中治療室での治療(ICU)と2020年2月の大気中の平均PM2.5(マイクログラム/立方メートル)を比較したところ、重症化した集中治療室での治療数とPM2.5の数値に明らかな相関関係があったという(※4)。
あるいは、同じイタリアのマルケ工科大の研究グループは、イタリア各地の二酸化窒素、PM2.5、PM10(平均も)の濃度、オゾンの数値を新型コロナ感染症の各地の症例数と比較し、それぞれの大気の汚染物質の数値と症例数との間の統計的に有意な相関関係を示した(※5)。この研究グループは、パンデミックが終わっても積極的な対策をして大気汚染の軽減を続けるべきと警告している。
感染経路についての研究が進むにつれ、微小粒子と新型コロナの関係に新たな仮説が出てくる。インフルエンザウイルスと同様(※6)、空中を漂う微小粒子に新型コロナのウイルスが付着し、それによって感染が拡大するのではないかという仮説だ。
新型コロナのウイルスの大きさは直径0.06〜0.14マイクロメートルで完全にPM2.5以下であり、ウイルスを含むエアロゾル飛沫は約5マイクロメートル以下でPM2.5よりやや大きい(※7)。新型コロナウイルスは、PM10以下の微小粒子状物質に付着し、飛沫感染の延長上にあるエアロゾルとして感染力を持つ危険性があるとも指摘されているが(※8)、この感染経路についてはまだ仮説の段階ではっきりした証拠があるわけではない。
新型コロナに感染しやすくするPM2.5
一方、インフルエンザウイルスでは、PM2.5などの微小粒子が肺の末梢まで到達することで、ウイルス感染を促進するのではないかという研究がある(※9)。つまり、PM2.5などの微小粒子が直接、ウイルス感染や重症化に関与するというわけだ。
このとき重要なのが、我々の細胞の表面に存在するACE2という酵素受容体だ。新型コロナを含むいくつかのコロナウイルスは、細胞へ侵入する際の足がかりとしてこのACE2を利用することが知られている(※10)。コロナウイルスからスパイクのように突き出たタンパク質は、細胞の表面に存在するACE2に結合し、そこから細胞内へ入り込むのだ。
また、TMPRSS2という酵素も新型コロナの感染メカニズムにとって重要だ。この酵素は、ウイルスのスパイク・タンパク質の一部を切断することで、ウイルスの細胞への侵入を完成させる役割をになっている(※10)。
ではPM2.5のような微小粒子は、ACE2やTMPRSS2とどのような関係があるのだろうか。
マウスによる動物実験によれば、PM2.5を気管に注入された野生型マウス(遺伝子改変なし)でACE2が保護的に増加し、一方、ACE2を発現しないようにした遺伝子改変マウスは、PM2.5による急性肺機能障害から回復しにくかったという(※11)。また、1マイクロメートル未満の超微小粒子(PM1)に6ヶ月間、さらされたラットの肺でもACE2の過剰発現が観察されたという(※12)。
日本でも京都大学などの研究グループが、PM2.5を吸い込ませたマウスの肺胞でACE2やTMPRSS2が増加することを、過去研究で使われた同じ細胞で確かめている(※13)。この研究グループは、炎症と関係するリポ多糖(LPS)という物質とその他の物質、そして男性ホルモンのアンドロゲンの影響に微小粒子との関係の手がかりがあるのではないかとしている。
大気汚染物質には、多種多様な微生物やその断片が混じっている(※14)。同研究グループが指摘するリポ多糖は大腸菌などのグラム陰性桿菌の外膜にある毒性のある多糖類だが、この物質も微小粒子化してPM2.5に混じっていることが知られ、それが何らかの影響を及ぼしているのではないかというわけだ。また、新型コロナで感染や重症化には男女差(性差)があるが、これはアンドロゲンの影響ではないかという研究もある(※15)。
喫煙とPM2.5の関係とは
ここまでに紹介した研究は主に大気汚染についてだが、空気の汚染は当然、室内環境でも起きる。外出自粛やテレワークなどで、むしろ我々は屋内や室内で長い時間を過ごすようになった。
2020年4月1日に全面施行された改正健康増進法は、屋内での受動喫煙対策を盛り込んだ内容になっている。
PM2.5のような微小粒子は、物が燃える際に出たり、硫黄酸化物や窒素酸化物、揮発性有機化合物といったエアロゾルの化学反応などによって粒子になったりして生じることも多い。工場の煤煙や車の排気ガスなどからも出るが、タバコの煙からも無視できない量のPM2.5が出ている。
公共の場や多くの飲食店などの屋内でタバコを吸えなくなったが、タバコ煙からPM2.5が出ていれば喫煙所やその近くで前述したようなリスクがあるだろう。
タバコ煙から出る微小粒子についてはこれまでも多くの研究があり、その有害性が確かめられてきたし、住居や飲食店、車の中など密閉された空間での受動喫煙についても同様に多くの研究がある。
例えば、喫煙者が吸い込む主流煙も受動喫煙をおよぼす副流煙にも、1マイクロメートル以下の微粒子が含まれ、その微粒子の実態はタールや発がん性物質が多い多環芳香族炭化水素、ニトロソアミン、放射性物質でポロニウムなどだ。また、普通の紙巻きタバコの場合、1本吸うと28〜36ミリグラムのタールを含んだエアロゾルが発生する(※16)。そして、タバコ煙の粒子サイズは、その毒性に影響しているようだ(※17)。
米国の環境保護庁(EPA)のAir Quality Index(AQI)によれば、米国で最もPM2.5の濃度が高かったのは、ニューヨークのバーの約400マイクログラム/立方メートルだった。また、日本の屋内のPM2.5濃度は、喫煙室で約630マイクログラム/立方メートル、改正健康増進法施行前のパチンコ店で約200マイクログラム/立方メートル前後となっている。
日本の環境基本法によると、PM2.5についての望ましい環境基準は、呼吸器疾患や循環器疾患、肺がんなどに関する様々な国内外の疫学的な知見をもとに、1年平均値を15マイクログラム/立方メートル以下でかつ1日平均値が35マイクログラム/立方メートル以下と決められている(2009年、環境基本法第16条第1項)。
世界保健機関(WHO)の基準値によれば、PM2.5が37.5マイクログラム/立方メートルで住民の死亡率が1.2%上昇するとしている。また、受動喫煙のリスクでいえば、汚染物質に敏感な人々に対する危険があり、また心肺疾患の患者や高齢者の心肺機能が悪化するかもしれない。
喫煙者は自分が吸っているタバコの主流煙とタバコの先から出た副流煙を同時に吸っている。日本の喫煙室などの数百マイクログラム/立方メートルという濃度は、WHOの基準値からみるとかなり危険な数値ということがわかるだろう。
では、加熱式タバコのPM2.5はどうだろうか。アイコス(iQOS、フィリップ・モリス・インターナショナル)と紙巻きタバコ、電子タバコを比較した研究によれば、アイコスの微小粒子の割合はPM1が92.1%、PM1〜PM2.5が1.1%、PM2.5からPM10が6.8%でアイコスは他のタバコ製品に比べて最も小さいPM1の割合が最も多かった(※18)。
また、アイコスとグロー(glo、ブリティッシュ・アメリカン・タバコ)、電子タバコのJULLの微小粒子を比較した研究によれば、やはりこれらの新型タバコからPM1の超微小粒子が多く出ており、屋内での濃度も11.0マイクログラム/立方メートルから337.5マイクログラム/立方メートルと幅があったものの屋外の濃度(14〜21マイクログラム/立方メートル)に比べてかなり高いことがわかったという(※19)。
どうやらアイコスからは、非常に小さな微小粒子が出ているようだ。自家用車内でアイコスを吸った際の微小粒子を調べた研究によると、吸い始めると0.025マイクロメートルから0.3マイクロメートルサイズの粒子の濃度が急速に高くなり、吸わない場合の車室内に比べ、このサイズの微小粒子の濃度が平均9%から232%に上昇したという(※20)。
こうした微小粒子がどのような影響を与えるのかはまだよくわかっていないが(※21)、極小サイズゆえに肺のより奥へ到達するのは確かだろう。
PM2.5でさえ、いくら換気施設を設置してもドアの隙間や人の出入りなどによって喫煙室の外へ流出してしまう。極微小粒子では、それがもっと顕著になるはずだ。
喫煙所などへ出入りする喫煙者の呼気にもタバコ由来のガスや微小粒子が含まれ、衣服にもタバコの有害物質が付着して外へ持ち出される。つまり、喫煙場所からの微小粒子を完全になくすことは不可能であり、受動喫煙を完全に防ぐことはできないのだ。
そもそも、タバコを吸うと新型コロナウイルスが体内へ侵入する足がかりとなる酵素受容体ACE2の発現が増え、感染しやすくなるのではないかと考えられている(※22)。また、出生前の胎児が受動喫煙にさらされるとACE2が変換するアンジオテンシンIIというタンパク質が増えたり(※23)、受動喫煙によってACE2に関連する遺伝子が過剰に発現することがわかっている(※24)。
このようにタバコは、PM2.5のような微小粒子により、喫煙者はもちろんタバコを吸わない人の新型コロナの感染や重症化のリスクを高める。タバコはまた、心血管疾患、糖尿病、呼吸器系の疾患などの患者、高齢者など脆弱な人も危険にさらし、社会全体で取り組んでいる新型コロナの感染防止を妨害しているともいえるだろう。
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