キリンはなぜ首が長くなった? 「餌の確保」「太いほどモテる」有力説を解説

 首の長い生物の代表はキリンだろう。キリンの祖先は首が長くはなかったが、次第に伸びて現在のような姿になった。なぜキリンの首が長くなったのかという議論にまだ決定的な結論は出ていない。

キリン特有の遺伝子の存在

 キリン(マサイキリン、Giraffa camelopardalis tippelskirchii)のゲノム配列が初めて解読されたのは2016年のことだ(※1)。この時、同じキリン科に属し、原生で唯一のキリンの近縁種であるオカピ(Okapia johnstoni)のゲノム配列も解読され、両者が比較された。

 キリンとオカピの祖先が分岐したのは約1150万年前と考えられている(※2)。オカピはキリンほどは首が長くないので、両者の遺伝子のゲノム配列を比較することによって、キリンの首が長くなった進化にどの遺伝子が関与しているのか、そのヒントがわかるのではないかと考えられた。

 キリンは、6メートルに達する頭部まで血液を送り込むための200mmHgもの高い血圧とそのための心血管機能を持っている(※3)。両者のゲノム配列を比べてみると、キリンの首が伸びて背が高くなることに関係した骨格系と心血管系に関与する遺伝子のゲノム配列で変異が並行して起きてきたことがわかり、首が長くないオカピにはなくキリンにある遺伝子変異(発生段階から頚椎を伸ばす遺伝子やタンパク質の機能を変化させるといった遺伝子群)の存在がわかったという。

 背の高いキリンが食べることのできる高木は、アカシアなど栄養価が高い代わりに有毒なアミンやアルカロイドを含むものが多い(※4)。キリンの遺伝子を調べてみると、アカシアなどをエネルギー源にできる遺伝子とタンパク質が心血管機能にとっても重要な役割をすることがわかったという。

 つまり、キリンに特有の遺伝子の機能やゲノム配列の変異は、長い首と高い身長をもたらす骨格、高い位置まで血液を送る心血管機能などと関係し、同時に毒性を持つ高木を食べられるように進化し、こうした変化が並行して起きたのではないかというわけだ。キリンとオカピのゲノム配列を比較した研究グループは、キリンの遺伝子を研究することで高血圧などのヒトの心血管疾患の治療に役立てられるのではといっている。

高い樹木の餌を食べられるから?

 キリンとオカピの祖先が分岐した後、キリンの遺伝子が変異して首が長くなり背が高くなり始めたわけだが、なぜそうした遺伝子の変異が起きてキリンの首が長くなったのか、その理由については議論が続いてきた(※5)。そして、キリンの首が長くなったことの説明にはいくつかの仮説がある。

 1つ目の仮説は、背が高いと高木の樹木を採餌できるというもので、ライバルのいない場所の餌を独占的に摂取できるからという説だ(※6)。これはブラウジング仮説などといわれ、鳥類(白鳥、ハゲタカなど)や絶滅した恐竜(ディプロドクス、アパトサウルス、ブラキオサウルスなど)といった他の生物の首が長くなったのはキリンと同様に採餌行動に有利なためだったのではないかということを引き合いに出したりしている。

 また、捕食者への監視として首が長くなったという説もある。進化的にキリンの仲間はアジアに出現し、アフリカへ進出したと考えられているが、気候変動の結果、アフリカの植生が変化してサバンナ化した。見晴らしのいいサバンナ環境になったからキリンの首が長くなったという説だ(※7)。これも一種のブラウジングといえるだろう。

首の長いオスのほうが子孫を残せたから?

 一方、キリンの首が長くなったのは、性選択によるものという説がある。首の長いオスのほうがメスをめぐる戦いに勝ってきたため、首の長いキリンが生き残ったというものだ。これはブラウジング仮説に対する批判という形で出てきた説だが、ブラウジングだけで首が長くなったことを説明できず、性選択の影響も強いとする(※8)。

 キリンのオス同士は、メスをめぐって首を打ち付けあって闘争することが知られ、その結果として死亡することもある(※9)。この仮説によれば、首が長く太いオスはメスと交尾する確率が高く、メスもまた首が長く太いオスを選ぶ傾向があるとし、生存コストも水が飲みにくくなるなど首が長く太いほど高くなり、性選択仮説を補強するという。

 また、性選択仮説では、キリンの食性は首の高さより低い樹木を食べることが多く、首の長さはそれほど生存に影響しないとする。さらに、他のライバルである草食動物に対しては、体高2メートルほどのメスの高さで十分であり、5メートルというオスの高さは目立つために逆にコストになってしまうという(※10)。つまり、オスは無駄に背が高く、それは性選択のためというわけだ。

 キリンはオスが単独でいる場合もあるが、多くはオス・メス混合の大集団かオスのみの小集団となる。オスが集団を形成する利点は、天敵への防御、餌の場所などの知識の習得、オス同士の闘争の練習などがあるようだが(※11)、これが性選択にどう影響するのかはよくわかっていない。

 また、キリンにはオス・メスともに皮膚で覆われたオシコーン(Ossicone)と呼ばれる角が5本あり、額のオシコーンはオトナのオスでよく発達している(※12)。オスのキリンのオシコーンだけが損傷していることが報告されているが、これがメスをめぐるオス同士の争いの結果かどうかについてもまだわかっていない(※13)。

結論は出ず議論は続く

 キリンの近縁種であるオカピのオシコーンはオスだけにある(※14)。これがキリンとオカピの性的二型とどんな関係があるかどうかについてもまだ研究は多くない。

 キリンのオスとメスでは、オスのほうが身体が大きいという性的二型がある。もし性選択が理由でキリンの首が長くなったとすれば、オスとメスの首の成長に違いが現れるはずだが、両者で成長パターンに大きな違いはなかったという研究がある(※15)。つまり、オスは単にメスより身体が大きいだけで、性選択は首が長くなる理由ではないというわけだ。

 この他には、体表面積を大きくするために首を長くしたという仮説がある(※16)。暑く乾燥したサバンナで体温調節のために身体を大きくし、そのために首を長くしたというわけだ。実際、キリンは他の同じ体重の哺乳類より体表面積が大きく、体温調節もまたキリンの長い首によるメリットの一つという研究もある(※17)。

 以上をまとめれば、キリンの首が長くなった理由にはいくつか考えられ、高い樹木の餌を食べることができ、捕食者を早く発見できるからというもの、メスをめぐるオスの戦いとして首の長さが有利になったというもの、体温調節のためというものなどがあるが、まだどれも結論にはならず議論が続いている。

 いずれにせよ、キリンは貴重な生物だ。キリン保全財団(Giraffe Conservation Fundation、GCF)などが行ったキリンの遺伝子調査によれば、キリンは4種類いて分類上の変更が行われている。また、その中の3種類が絶滅の気機にひんしているようだ(※18)。大型のオスがトロフィーハンティングの対象になっているなど、他の多くの希少動物と同様、キリンの保護は急務といえる。


※1:Morris Agaba, et al., “Giraffe genome sequence reveals clues to its unique morphology and physiology” nature COMMUNICATIONS, DOI: 10.1038/ncomms11519, 2016

※2-1:Alexandre Hassanin, et al., “Pattern and timing of diversification of Cetartiodactyla (Mammalia, Laurasiatheria), as revealed by a comprehensive analysis of mitochondrial genomesHistoire évolutive des Cetartiodactyla (Mammalia, Laurasiatheria) racontée par l’analyse des génomes mitochondriaux” Comptes Rendus Biologies, Vol.335, Issue1, 32-50, 2012

※2-2:Manuel Hernandez Fernandez, Elisabeth S. Vrba, “A complete estimate of the phylogeneticrelationships in Ruminantia: a datedspecies-level supertree of the extant ruminants” Biological Reviews, Vol.80, No.2, 269-302, 2005

※3-1:G Michell, J D. Skinner, “An allometric analysis of the giraffe cardiovascular system” Comparative Biochemistry and Physiology Part A: Molecular & Integrative Physiology, Vol.154, Issue4, 523-529, 2009

※3-2:Christian Aalkjær, Tobias Wang, “The Remarkable Cardiovascular System of Giraffes” Anual Review of Physiology, Vol.83, doi.org/10.1146/annurev-physiol-031620-094629, 2020

※4:D S. Seigler, “Phytochemistry of Acacia – sensu lato” Biochemical Systematics and Ecology, Vol.31, Issue8, 845-873, 2003

※5:Javier Martinez, “Debate over origin of long necks in giraffes (Giraffa camelopardalis)” Eukaryon Vol.11, 2015

※6:David M. Wilkinson, Graeme D. Ruxton, “Understanding selection for long necks in different taxa” Biological Reviews, Vol.87, No.3, 616-630, 2012

※7:David M. Williams, “Giraffe Stature and Neck Elongation: Vigilance as an Evolutionary Mechanism” biology, Vol.5(3), doi.org/10.3390/biology5030035, 2016

※8:R E. Simmons, R Altwegg, “Necks-for-sex or competing browers? A critique of ideas on the evolution of giraffe” Journal of Zoology, Vol.282, Issue1, 6-12, 2010

※9:Robert E. Simmons, Lue Scheepers, “Winning by a Neck: Sexual Selection in the Evolution of Giraffe” The American Naturalist, Vol.148, No.5, 1996

※10:Elissa Z. Cameron, Johan T. du Toit, “Social influences on vigilance behaviour in giraffes, Giraffa camelopardalis

Author links open overlay pane” Animal Behaviour, Vol.69, Issue6, 1337-1344, 2005

※11:Fred B. Bercovitch, Phillip S M. Berry, “The composition and function of all-male herds of Thornicroft’s giraffe, Giraffa camelopardalis thornicrofti, in Zambia” African Journal of Ecology, Vol.53, Issue2, 167-174, 2015

※12:Daniel DeMiguel, et al., “Key innovations in ruminant evolution: a paleontological perspective” Integrative Zoology, Vol.9, Issue4, 412-433, 2014

※13:Fred B. Bercovitch, Francois Deacon, “Gazing at a giraffe gyroscope: where are we going?” African Journal of Ecology, Vol.53, Issue2, 135-146, 2015

※14:Nikos Solounias, “Prevalence of Ossicones in Giraffidae (Artiodactyla, Mammalia)” Journal of Mammalogy, Vol.69, No.4, 845-848, 1988

※15:G Mitchell, et al., “Growth patterns and masses of the heads and necks of male and female giraffes” Journal of Zoology, Vol.290, Issue1, 49-57, 2013

※16:A Brownilee, “Evolution of the Giraffe” nature, Vol.200,1963

※17:Graham Mitchell, et al., “Body surface area and thermoregulation in giraffes” Journal of Arid Environments, Vol.145, 35-42, 2017

※18:Sven Winter, et al., “Limited introgression supports division of giraffe into four species” Ecology and Evolution, Vol.8, No.20, 10156-10165, 2018