「禁煙サポート」の新しい形とは
単一の行動変容で病気や死亡を最も効果的に予防できるのは禁煙だ。なかなかタバコをやめられない人には、多種多様の禁煙サポートがある。禁煙外来もその一つだが、企業や健康保険組合、自治体が社員や組合員、地域住民に対し、オンライン(遠隔治療)などによる禁煙サポートを用意するケースが増えてきた。
新型コロナと喫煙の関係
新型コロナウイルス感染症(以下、新型コロナ)は、医療システムに大きな負担を強いているが、感染予防や重篤化を防ぐためにも医療への負担を減らすためにも、感染症ではない心臓病やCOPD(慢性閉塞性肺疾患)、糖尿病といった基礎疾患への対処が必要だ。これらの病気では、喫煙がまだまだ大きなリスク因子になっており(※1)、国民の喫煙率を下げることが将来的な感染症パンデミックの被害を抑えることにもつながる。
喫煙者は、もともと肺疾患にかかっていたり、肺活量が低下している危険性があるので、感染症や肺炎が重篤化するリスクを大きく増加させる。新型コロナは、肺などの呼吸器へ重大な影響を与え、致死的な肺炎を引き起こす危険性があるが、WHO(世界保健機関)のホームページには、喫煙と新型コロナ感染症に関するQ&Aがあるが、ウイルスに汚染されている指でタバコを吸う行為は、ウイルスが口から入って感染するリスクを高めると警告している。
喫煙は呼吸器はもちろんほぼ全ての臓器にダメージを与えるが、逆に禁煙はいつ始めても健康上のメリットがある。また、喫煙は受動喫煙として他者へ危害をおよぼすから、禁煙は社会的にも大きく貢献する行動変容といえるだろう。
だが、タバコに含まれるニコチンは強い依存性を持つ薬物で、禁煙しようと思ってもなかなかできない喫煙者も多い。一人の努力で禁煙できる人もいるが、医師による禁煙治療で禁煙補助薬(バレニクリン=チャンピックスなど)、ニコチンパッチ(貼付剤)やニコチンガムといったニコチン製剤を使うと禁煙成功率が上がる。また、タバコへの心理的な依存から脱却するためのカウセリングを併用することも効果があるとされている(※2)。
企業や団体、自治体による禁煙サポート
2020年4月1日から受動喫煙防止を目的にした改正健康増進法が全面施行され、人が集まる多くの場所が原則として屋内禁煙になった。今後はますますタバコを吸える場所がなくなっていくのだが、この機会にタバコをやめようと思い始めた喫煙者も多いのではないだろうか。
こうした状況でタバコをやめたいと考えている喫煙者に対し、企業や健康保険組合、自治体などが禁煙サポートをするケースが増えてきた。
以下は企業が主体となるケースだ。大鵬薬品工業株式会社は、2023年までに社員の喫煙率をゼロにすることを目標に希望者全員に禁煙外来費用の補助を行っており、保険診療で禁煙成功時に自己負担分を全額会社が補助している。パチンコ・チェーンを展開する株式会社ダイナムも従業員に対してオンライン禁煙サポート(医師による無料面談)や禁煙成功者に対する1万円を上限とした補助金を支給するなどしている。また、WEB事業などを行う株式会社DYMのように禁煙外来受診料を全額会社負担とする企業もあるが、こうした企業の補助の場合、保険適用診療の費用である場合と自費診療の費用である場合の両方のケースがあるようだ。
同様の取り組みをしている健康保険組合もある。静岡県の鈴与健康保険組合は、禁煙外来治療終了から3ヵ月以上経過(卒煙)した在職中の被保険者を対象に、禁煙外来治療自己負担金額への補助金として上限5000円を支給している。また、神奈川県横浜市職員共済組合は、2020年4月1日以降の健保適用の禁煙外来治療の自己負担分を全額助成し、東京都港区の大東建託健康保険組合も上限2万円で健保適用の禁煙外来治療費の自己負担分を補助している。
また、自治体も独自の禁煙サポートを始めている。鳥取県には卒煙支援支援推進事業補助金があり、禁煙治療や禁煙補助薬などの購入に要する従業員の自己負担経費を事業所が負担したり卒煙に関するイベントや講習会を開催するなどした県内の企業・団体に対し、1事業所あたり上限10万円(補助率2/3)の禁煙サポートをしている。同じような禁煙治療費の助成事業支援は岡山県にもある。また、神奈川県中井町は上限2万円で禁煙治療にかかる費用を助成する。
東京都品川区は、品川区に住所がある満20歳以上の禁煙外来治療を希望する喫煙者に上限1万円の助成金を出している(過去に同助成金交付を受けたことがない人)。また、千葉県千葉市は、受動喫煙による妊婦と子どもの健康被害を防止するため、妊婦と同居または15歳以下の子どもと同居する喫煙者に対し、上限1万円で禁煙外来治療費の一部を助成している(過去に同助成金交付を受けたことがない人)。さらに東京都多摩市、東京都清瀬市、東京都中野区、東京都江戸川区などにも同様の制度がある。
だが、喫煙者全体で治療を受けた割合は2%前後と推測され、喫煙者はなかなか禁煙外来を受診しない。その理由は、保険適用される3割負担の場合で治療費が約2万円かかる(自由診療は約6万5500円)ように治療費が高いと思われていることもあるが、保険適用の場合は12週間に5回の受診が必要で、途中脱落の場合、初診から1年経たないと保険適用の禁煙診療は受けられないことなどがあげられる。
上記のような企業や団体、自治体などの禁煙治療費の補助を使えば、費用はかなり安く抑えられる。また、2020年4月、新型コロナが感染拡大する中、通院時間や待ち時間が必要なく、感染リスクもないオンライン診療が時限的に緩和され、禁煙外来も初診での対面原則が当面なくなった。
オンラインによる禁煙治療
オンラインによる禁煙治療の成功率は高いといわれているが実際はどうなのだろう。オンラインによる禁煙治療のプログラムで禁煙外来を診療している医師の野原弘義(MIZENクリニック豊洲、MIZENクリニック市ヶ谷)さんに話をうかがった。
野原「私どものクリニックでは、保険診療の禁煙外来ではなく、株式会社リンケージ(Linkage)という健康支援を主な業務とする会社が開発したオンライン禁煙治療プログラムにより、企業の健康保険組合の禁煙を希望する組合員の患者さんに診療しています」
病気の予防に力を入れている健康保険組合が、禁煙の予防効果の高さを理解し、その結果、このプログラムを採用するようになっているのではないかという。リンケージは健康保険組合と提携し、ほとんどの健康保険組合は無料で禁煙治療を受けられ、カメラとマイクが付いたスマートフォン、タブレット、PCを利用し、オンラインで診察と治療を行う。
野原「オンラインのアプリで対面によって診察をし、患者さんの問診からご希望によってチャンピックス(バレニクリン)という禁煙補助薬を処方したり、ニコチンパッチ(貼付剤)を出したりします。こうしたお薬と心理的な依存状態から離脱するためのカウンセリングを併用し、お薬は当クリニックからご自宅へ郵送しています。ただ、原則として、チャンピックスは精神疾患を有する方や日常生活で運転が必要な方、ニコチンパッチは狭心症や心筋梗塞などの心臓病を有する方は使用できません。これらの詳しいことは、必ずご担当の医師にご確認ください」
新型コロナ禍の中、通院を避ける人が増えているが、野原さんは初診からオンラインで自宅などから自分と医師の都合いい時間に禁煙治療にアクセスできるメリットは大きいのではないかという。特に喫煙率が高く、仕事などで多忙な30代から50代の男性にとって、12週間に5回の通院が必要な従来の禁煙外来はハードルが高いようだ。
野原「健康保険組合の組合員さまと同じ会社の同僚が、オンラインで禁煙を成功したという話が口コミで広がる効果も大きいようです。逆に、禁煙治療にとって励みになるご家族が、オンラインの場合、一緒に治療へ参加しにくいという側面もあると思います」
「安くてよく効く」のが禁煙による予防
このサービスを提供するリンケージの執行役員、増井稔樹さんにも話を聞いた。現在、同社は約150の健康保険組合と禁煙治療の契約を結んでいるそうだ。契約件数の増加する流れは、2018年に成立し、2020年4月1日に全面施行された改正健康増進法と新型コロナの影響が大きいという。
増井「この2、3年で数倍という伸びでご契約してくださる健康保険組合さまが増えてきています。改正健康増進法、そして新型コロナが影響したと思いますが、こうしたこと以外にも以前から禁煙には医療費を削減する効果があるということで、ご検討いただく健康保険組合さまが増えてきたという背景もあります」
禁煙治療は「安くてよく効く」予防介入だ。また、禁煙はいつしても遅過ぎることはない。
増井「ある試算によれば、40歳代で禁煙した場合の医療費削減効果は、男性で140.9万円、女性で89.5万円です。60歳代から禁煙しても男性で121.4万円、女性で62.8万円の削減が見込まれます(※3)。こうしたことが知られるようになってきているため、健康保険組合さまが禁煙治療を予算に組み込むようになってきています」
増井さんは、オンラインでのデメリットはタバコの臭いなど嗅覚による診断ができないことくらいではないかという。オンラインに限らず、禁煙治療では禁煙補助薬などとカウンセリングを併用することが多い。だが、チャンピックスなどの禁煙補助薬を処方した場合、自力で禁煙するより3倍から4倍も効果が高いとされている(※4)。
もちろん、自力でタバコをやめられたら費用はかからないが、費用がかかる以上に「安くてよく効く」のが禁煙補助薬による禁煙治療といえる。オンラインによって通院のハードルが下がり、さらに医師による禁煙治療でしか受けられえない禁煙補助薬を使うことでより効果が上がるかもしれない。
新型コロナで閉鎖されたままの喫煙所も多い。受動喫煙防止対策が広く行われ、タバコを吸える場所もなくなってきた。喫煙所での感染リスクもある。この機会に上記のような禁煙サポート制度を活用し、タバコをやめてみたらどうだろうか。
※1:GBD 2019 Risk Factors Collaborators, “Global burden of 87 risk factors in 204 countries and territories, 1990-2019: a systematic analysis for the Global Burden of Disease Study 2019” THE LANCET, Vol.396, Issue10258, 1223-1249, 2020
※2-1:Tim Lancaster, et al., “Effectiveness of interventions to help people stop smoking: findings from the Cochrane Library” the bmj, Vol.321, doi.org/10.1136/sbmj.0009323, 2000
※2-2:Nancy A. Rigotti, “Treatment of Tobacco use and Dependence” The New England Journal of Medicine, Vol.346, No.7, 2002
※2-3:John R. Hughes, et al., “Shape of the relapse curve and long-term abstinence among untreated smokers” ADDICTION, Vol.99, No.1, 29-38, 2004
※2-4:Jamie Hartmann-Boyce, et al., “Nicotine replacement therapy versus control for smoking cessation” Cochrane Library, doi.org/10.1002/14651858.CD000146.pub5, 2018
※3:福田敬、厚労科研費平成25年度「発がんリスクの低減に資する効果的な禁煙推進のための環境整備と支援方策の開発ならびに普及のための制度化に関する研究」報告書、たばこ規制政策の医療経済評価と政策提言への活用、2013
※4:Karin A. Kasza, et al., “Effectiveness of stop-smoking medications: findings from the International Tobacco Control (ITC) Four Country Survey” ADDICTION, Vol.108, No.1, 193-202, 2013