タバコ問題が燻るのは「喫煙者」のせいではない

 改正健康増進法により2人以上が集まる公共施設の屋内は原則禁煙となった。路上喫煙禁止の条例を施行する自治体も多く、新型コロナで閉鎖されたままの公衆喫煙所も少なくない。喫煙者がタバコを吸える場所を探してさまよう中、受動喫煙、吸い殻のポイ捨て、山火事を含む火災の原因などのタバコ問題の責任はいったい誰にあるのだろう。

30代から50代の男性喫煙率はまだ3割以上

 現在、日本には約1万7000の医療機関で禁煙治療を受けることができ、2006年からは禁煙補助薬を用いた禁煙治療が保険適用できるようになっている。だが、タバコをやめたいと思っても禁煙外来を受診しない喫煙者は多く、禁煙外来の受診率は喫煙者の約1%から約2%と推測される(※1)。

2019年の喫煙率。「国民健康・栄養調査」問13「あなたはたばこを吸いますか。あてはまる番号1つに○印をつけて下さい」で「毎日吸っている」と回答した割合(%)。30代から50代の男性でまだ3割以上も喫煙者がいることがわかる。厚生労働省の令和元年「国民健康・栄養調査」より。グラフ作成筆者
2019年の喫煙率。「国民健康・栄養調査」問13「あなたはたばこを吸いますか。あてはまる番号1つに○印をつけて下さい」で「毎日吸っている」と回答した割合(%)。30代から50代の男性でまだ3割以上も喫煙者がいることがわかる。厚生労働省の令和元年「国民健康・栄養調査」より。グラフ作成筆者

 自力での禁煙成功率は約10%(※2)と考えられているが、厚生労働省の2017年の調査(※3)では、保険適用での5回の診療中、5回目まで診療を終了した割合は約30%、禁煙外来受診者の約37.5%は5回の診療終了後の9ヶ月後に再喫煙し、診療から途中で脱落した人の状況はわからない。つまり、禁煙治療までたどりつく喫煙者はかなり少なく、禁煙成功率も1/3程度ということになる。

 では、禁煙したいと考えている喫煙者は、どれくらいいるのだろうか。厚生労働省の2019年の調査(※4)によれば、現在喫煙者(※5、年齢調整後20歳以上の喫煙者:17.7%)の中で禁煙の意思(※6、「やめたい」)の割合は26.1%だった。

禁煙したいと考える喫煙者の性別・年代別の割合。20代以外の女性のほうが男性より禁煙の意思が高く、60代の女性が飛び抜けて高い。厚生労働省の令和元年「国民健康・栄養調査」より。グラフ作成筆者
禁煙したいと考える喫煙者の性別・年代別の割合。20代以外の女性のほうが男性より禁煙の意思が高く、60代の女性が飛び抜けて高い。厚生労働省の令和元年「国民健康・栄養調査」より。グラフ作成筆者

 同じ調査で、身近に禁煙治療が受けられる医療機関があるかないかという質問(※7)では、「ある」と回答した人は40.6%、「ない」8.1%、「わからない」は51.3%だった。また、この「わからない」という回答は男女とも総じて年代が若いほど多くなった。

 つまり、禁煙の意思を持つ喫煙者は全体の1/4程度、そして全体の半数以上が禁煙治療を受けられる身近な医療機関について知らないということになる。

 禁煙外来の診療が保険適用になっているように、喫煙者は依存性の強いニコチンによって自分の意思ではタバコをやめられないニコチン依存症という病気にかかった患者という位置づけだ(※8)。喫煙者の中には、禁煙しにくい遺伝的体質的な傾向を持つ人も少なくない。つまり、喫煙という行動は、ある意味で公的な支援が必要な病気ということになる。

 依存症という病気はやっかいで、予防と治療の戦術・戦略が矛盾することがある。タバコでいえば、未成年者などのまだ喫煙せず、ニコチン依存症にもなっていない人へはタバコの健康への害や依存状態の危険性を強く意識づける啓発が有効だが、いったん依存症になってしまった患者に対してはニコチン依存から離脱していくため、治療の際にタバコの害や心理的依存を過度に強調するのは得策ではない。

喫煙者に押されたスティグマ

 一方、タバコ問題に対する昨今の流れから、喫煙者には悪の烙印(スティグマ)が押されてしまっている(※9)。確かに、喫煙者自身の健康への害はもちろん、受動喫煙の害、吸い殻のポイ捨て、山火事を含む火災の原因など、タバコの問題は大きな社会的コストだ。

 だが、政府、自治体、立法府は、タバコを完全に規制し、販売を禁止するようなことはしない。タバコ税収を確保しつつ、改正健康増進法などを施行して喫煙率を下げようとする政策はダブルスタンダードといわれてもしかたないだろう。

 これまで、タバコ税率を上げ、喫煙できる場所を物理的に制限し、タバコ害についてキャンペーンを展開し、タバコ会社の広告宣伝活動を規制し、タバコパッケージの表示に制限をかけるなどの規制や政策が行われてきた(※10)。その結果、若年層のタバコ消費が下がり、受動喫煙の被害が減少するなどの効果があったのは確かだ。

 悪の烙印を押された喫煙者のほうは、例えば健康への害について一種のパターナリズム(paternalism)と感じているかもしれない。喫煙とタバコ販売が法律で禁止されているわけではないのだから、喫煙は個人の自由であり愚行権の行使と反駁することもあるだろう。

 また、受動喫煙防止強化の動きは、WHO(世界保健機関)が主導し、欧米諸国が先行してきた。他者危害の防止が規制の目的だが、日本では主に環境美化の観点から、吸い殻のポイ捨てや路上喫煙が各自治体ごとに規制されてきた経緯がある。

 屋内禁煙にしても、日本のアルコールを提供する飲食店は雑居ビルなどに入った小規模店舗が多い。一軒家や路面店でベランダ喫煙が可能な欧米の飲食店と一概に比べられるものではないだろう。こうした状況に追い込まれた喫煙者が、いったいどこで吸えばいいのかと反発するのも当然だ。

 ただし、愚行権の行使には、他者へ危害を加えないという縛りと同時に、それが愚行という行為者の認識が必要だ。例えば、タバコは健康に害があることを知識として認識することが前提となる。

 だが、喫煙者の多くは、タバコの健康への害はもちろん、ニコチンには強い依存性があってタバコを吸い始めたらやめるのに苦労する事実を知らされないまま、あるいはそうした認識が薄いまま、未成年時からタバコに手を出すことが多い(※11)。

 喫煙という愚行にも自己決定権があり、その背景には個人の幸福、つまり功利的な快楽の追求には誰も介入できないという論理があるが、タバコが原因の病気では寝たきりになる場合も多い。吸い殻や室内についたヤニの清掃、タバコの火の不始末による火災、受動喫煙はもちろん、結果的に他者へ危害を及ぼす危険性が高い以上、家族や社会への負担にもつながる個人の愚行は愚行権では認められない。

タバコ問題の「主犯」は誰か

 ともあれ、ニコチンの強い依存状態に縛られ、やめたくてもやめられない喫煙者に対し、タバコ問題の全ての責任を押し付けることはできない。彼らはむしろ自覚なくニコチン依存に誘導された被害者ともいえる。

 では、タバコ問題の「主犯」はいったい誰なのだろうか。

 それはタバコ会社であり、利権に期待してタバコ規制を骨抜きにしようとし、国民の健康を重要視しない政治家や官僚だ。

 JT(日本たばこ産業)がCMで唱えている「共存」は欺瞞だ。喫煙者とタバコを吸わない人の対立に問題をすり替え、自らの犯罪性から目をそらさせるため、マスメディアを広告宣伝費で懐柔するためのキャッチフレーズでしかない。

 繰り返すが、喫煙者は被害者であり、禁煙治療の必要な患者だ。禁煙サポートがあるかないかによって禁煙成功率が変わるので、彼らには手厚い禁煙サポートが重要となる(※12)。

 日本には社会的経済的な格差が広がり、健康や医療に関する情報を得られない社会的弱者階層が形成されてきている。タバコ問題に限らず、健康情報に社会的経済的な「非対称性」があることはよく知られていることだが、タバコ問題の背景にも「健康格差」がある。

 日本を含めた先進国では、共通して低収入で低学歴ほど喫煙率は高く、受動喫煙にさらされる危険性も同じ傾向がみられる。周囲に喫煙者が多いといった階層に対し、喫煙は健康に害があるなどという情報はなかなか届かない。

 喫煙者はタバコ会社やダブルスタンダードの政策に翻弄されてきた。今こそ喫煙者への禁煙サポートが必要となる(※13)。


※1:禁煙外来医療施設で治療を実施した年間平均患者数13.5~20人(1施設当たり)×1万7000施設(全国)=22万9500~34万人÷推計喫煙者数1917万人(2018年JT調査)×100=1.2%~1.8%

※2:John R. Hughes, et al., “Shape of the relapse curve and long-term abstinence among untreated smokers” ADDICTION, Vol.99, No.1, 29-38, 2004

※3:厚生労働省「ニコチン依存症管理料による禁煙治療の効果等に関する調査報告書」平成28年度診療報酬改定の結果検証に係る特別調査(平成29年度調査)2017

※4:厚生労働省「令和元年 国民健康・栄養調査」

※5:問13「あなたはたばこを吸いますか。あてはまる番号1つに○印をつけて下さい」

※6:問13-3「たばこをやめたいと思いますか。あてはまる番号1をつ選んで○印をつけて下さい」

※7:問13-4「身近に禁煙治療が受けられる医療機関がありますか。あてはまる番号を1つ選んで○印をつけて下さい」

※8:厚生労働省:厚生労働科学研究費補助金 疾病・障害対策研究分野、第3次対がん総合戦略研究 平成17年度 総括・分担研究報告書

※9-1:S Chapman, M A. Wakefield, S J. Durkin, “Smoking status of 132,176 people advertising on a dating website: are smokers more “desperate and dateless”?”, Medical Journal of Australia, Vol.181, 672-674, 2004

※9-2:Ronald Bayer, et al., “Tobacco Control, Stigma, and Public Health: Rethinking the Relations” Health Policy and Ethics, Vol.96, No.1, 2006

※9-3:RonaldBayer, “Stigma and the ethics of public health: Not can we but should we” Social Science & Medicine, Vol.67, Issue3, 2008

※9-4:Hilary Graham, “Smoking, Stigma and Social Class” Journal of Social Policy, Vol.41, Issue1, 2012

※10:L Joossens, M Raw, “The Tobacco Control Scale: a new scale to measure country activity” BMJ Tobacco Control, Vol.15, Issue3, 2006

※11-1:Gary A. Giovino, et al., “Epidemiology of Tobacco Use and Dependence.” Epidemiologic Reviews, Vol.17, No.1, 1995

※11-2:箕輪真澄、尾崎米厚、「若年における喫煙開始がもたらす悪影響」、保健医療科学、第54巻、第4号、2005

※11-3:C Lovato, et al., “Impact of tobacco advertising and promotion on increasing adolescent smoking behaviours.” Cochrane Systematic Review, Intervention Version published, 05 October, 2011

※11-4:US Department of Health and Human Services, “Preventing tobacco use among youth and young adults.” Atlanta: US Department of Health and Human Services, CDC, 2012

※11-5:Centers for Disease Control and Prevention, “Tobacco product use among middle and high school students-United States, 2011 and 2012.” MMWR, Vol.62(45), 893-897, 2013

※12:S-H Zhu, T Melcer, J Sun, B Rosbrook, M S. Pierce. “Smoking cessation with and without assistance a population-based analysis” American Journal of Preventive Medicine, Vo.18(4), 305-311, 2000

※13:Patrick Hammett, et al., “A Proactive Smoking Cessation Intervention for Socioeconomically Disadvantaged Smokers: The Role of Smoking-Related Stigma” Nicotine & Tobacco Research, doi.org/10.1093/ntr/ntx085, 2017