増える就業中「禁煙」はなぜ導入されるのか:喫煙者で高い長期病欠リスク
就業中の禁煙を社の方針とする企業が増えている。テレワークによる在宅勤務中にも禁煙ルールを導入する企業も出てきた。なぜ企業は社員の喫煙を問題視するのだろうか。
在宅でも就業中は禁煙
企業などの職場では、労働安全衛生法68条により、事業者(経営者)に対して労働者の受動喫煙防止の措置を講じるよう求めている。また、2020年4月1日からは受動喫煙の防止を定めた改正健康増進法が全面施行され、原則的に人の集まる屋内は全面禁煙となった。
一方、新型コロナの感染拡大防止のため、全国的に喫煙所が廃止・閉鎖されている。このように社会的な風潮もあり、公的な場所や企業などでのタバコ対策や受動喫煙防止が強く求められるようになって喫煙者に対する風当たりは強い。
先日、証券大手の野村グループ(野村ホールディングス)が「就業時間内における全面禁煙の実施について」というリリースを出した。内容は、2021年10月から就業時間内の全面禁止の実施、2021年12月末までに野村グループが管理する喫煙室をすべて廃止するというものだ。
野村グループによる今回のリリースに在宅勤務中という文言はないが、在宅勤務中も就業時間に入るのだから自宅でも就業中は禁煙となる。在宅中の社員の監視や違反した場合の罰則はないというが、もちろん休憩時間や昼食休憩、仕事の前や仕事が終わった就業以外の時間にタバコを吸おうがマンガを読もうが個人の自由だ。
だが、このリリースが報じられると、ネット上では賛否両論の意見が飛び交った。大きく分けると、在宅勤務でも就業時間内は飲酒と同じように喫煙も禁止されるのは当然という意見、在宅勤務でも束縛される喫煙者に同情するという意見になる。
喫煙は企業のリスクとコスト
新型コロナでテレワークが増えるなど仕事の形態が大きく変化し、喫煙に限らず、どのように在宅勤務するのかについての考え方や方向性がまだはっきりしないことがネット上の意見が分かれた背景にあるのだろう。プライベート空間という在宅での勤務で、企業がどの程度、社員の裁量を認め、どの程度、管理するのかといった問題もありそうだが、企業にとって社員・従業員の喫煙はちょっと看過できないコストになっている。
喫煙は、がん、COPD(慢性閉塞性肺疾患)、心血管疾患、糖尿病、喘息など多くの病気の直接間接の原因だ。そして、喫煙者の社員は病欠しがちなこともわかっている(※1)。
例えば、喫煙と社員の病欠に関する過去25年間に出された日本からの研究を含む33論文(参加者124万723人)を比較・分析した研究(※2)によれば、喫煙者は非喫煙者より31%、病欠する割合が高かったという(RR:1.31、95%CI:1.24–1.39、RRはリスク比、95%CIは95%の範囲に入ったデータの幅、以下同)。
最近、日本の筑波大学などの研究グループが発表した論文では、喫煙と30日以上の長期病欠の関係を調査している(※3)。この研究グループには日本国内の多くの企業(※4)も加わり、20歳から59歳までの男女の社員・従業員7万896人(女性1万763人)に参加してもらったという。
研究参加者のうち、非喫煙者は46.5%(3万2947人)、過去喫煙者は19.7%(1万3939人)、現在喫煙者は33.9%(2万4010人)、過去喫煙者と現在喫煙者のほとんどは男性(95.5%、95.1%)で、日本の働き盛りの男性の喫煙率は依然として高い。また、この調査によれば、現在喫煙者のうち喫煙本数が1日1本から10本は25.7%、11本から20本は60.9%、20本以上は13.4%だった。
そして、2012年4月から2017年3月までの調査期間中、参加者の1777人が長期病欠をしていたという。
喫煙は外傷による長期病欠にも影響
これら長期病欠と非喫煙者、現在喫煙者との関係を分析したところ、現在喫煙者のほうが32%、長期病欠するリスクが高かった(95%CI:1.19-1.48)。非喫煙者より現在喫煙者が長期病欠するリスクとしては、身体的な病気が44%(95%CI:1.22-1.69)、がんが49%(95%CI:1.10-2.01)、心血管疾患が116%(95%CI:1.31-3.55)、外傷が83%(95%CI:1.31-2.58)それぞれ高かったという。
この中では特に心血管疾患による長期病欠が目立つ。また、過去喫煙者では、がんによる長期病欠との関連が示唆された。
怪我や外傷によるものも現在喫煙者で高い割合となっていて、研究グループは喫煙者のニコチン切れによる集中力の低下などが原因になっているのではないかと推測している。ただ、喫煙と精神疾患による長期病欠の関連はみつけられなかったという。
研究グループは、この調査研究に参加した企業は大手が多く、中小企業や自営業などではまた違った結果が出たのではないかとしている。また、長期病欠との関係が強いと考えられる飲酒状況について調べておらず、喫煙だけを取り出したものではないとしている。
このように企業にとって喫煙者が長期病欠するリスクは高い。タバコをやめて禁煙してもらえば、このリスクを低くできる可能性があり、喫煙者の家族の受動喫煙も防ぐことができ、非喫煙者やその扶養家族に保険給付を行う企業の健康保険組合の負担を減らすことにもつながる。
社員・従業員に対する禁煙推奨の流れは、例えば「禁煙推進企業コンソーシアム」に参加する企業や団体をみればわかる。ファイザーや中外製薬、塩野義製薬、ロート製薬、サトウ製薬などの製薬会社のほか、アフラック、SOMPOひまわり生命保険などの生保、IBM、オムロン、ミサワホーム、イトーキ、コカコーラ、ダイナムといった多種多様な36の企業や団体が参加し、発足した2019年4月の23の企業・団体から約1.5倍に増えている(2021年9月現在)。
同コンソーシアムに参加しているSOMPOひまわり生命保険は、社員の禁煙サポートに意欲的に取り組んできた結果、2015年度に21.4%だった喫煙率が2019年度には15.3%へと大きく下がったという。また、ロート製薬は2007年から事業所内の喫煙所を廃止し、社員の「卒煙」をサポートしてきたが、現在ではタバコを吸わない社員が99.9%になっているそうだ。
止まらない禁煙の流れ
こうした動きは他の企業にも広がっている。すかいらーくホールディングスは、2019年9月1日からすでに敷地内禁煙と勤務時間中の全面禁煙を実施し、流通大手のイオンは2021年3月までに敷地内の禁煙と社員の就業時間内の禁煙を始めている。
このイオンのリリースには三次喫煙という脚注があるが、コンタクトレンズのメニコンは受動喫煙防止の一環として衣服などの付着・残留したタバコの有害物質による三次喫煙を防止するため、取引先などに対して来社前1時間はタバコを吸わないようにお願いしている。
同じように前述した野村グループでも昼休みの喫煙は45分間前までにすますように推奨しているというが、同グループは2016年度から働き方改革と健康経営の推進に取り組んでいる。現在、18%の喫煙率を2025年までに12%まで引き下げることを目的に、前述したような就業時間内の禁煙や喫煙室の廃止という施策を実施したという。
また、野村證券健康保険組合は2017年から禁煙サポートのトライアルを始め、2020年4月から社員の禁煙治療、サポート費用の全額を補助し、社員が禁煙に成功した場合、ポイント制のインセンティブを付与するなどの取り組みを行っていくそうだ。
前述の日本企業も参加した調査研究では、働き盛りの男性の喫煙率は依然として高い。社員・従業員の健康は、企業発展の基本となる。この禁煙の流れ、止まりそうにない。
※1:Stephen F. Weng, et al., “Smoking and absence from work: systematic review and meta-analysis of occupational studies” ADDICTION, Vol.108, Issue2, 307-319, 2013
※2:SA Troelstra, et al., “Smoking and sickness absence: a systematic review and meta-analysis” Journal of Work, Environment & Health, Vol.46(1), 5-18, 2020
※3:Ai Hori, et al., “Smoking and Long-Term Sick Leave in a Japanese Working Population: Findings of the Japan Epidemiology Collaboration on Occupational Health Study” Nicotine & Tobacco Research, Vol.23(1), 135-142, 2021
※4:東京ガス、三菱ふそうトラック・バス、新日鉄、ヤマハ、日立製作所、三井化学、東日本旅客鉄道、古河電気工業、クボタ、アズビル