タバコを吸うとなぜ「腹部大動脈瘤」のリスクが増えるのか:受動喫煙や加熱式タバコでも
腹部大動脈瘤は、お腹の大動脈が瘤(コブ)のようにふくらんでしまい、この瘤が破裂すると大出血によって死に至るリスクがひじょうに高くなる病気だ。喫煙は腹部大動脈瘤の強力なリスク因子で、喫煙歴の有無でスクリーニングの必要性に強弱が生じるほどという。なぜタバコを吸うと腹部大動脈瘤のリスクが増えるのだろうか。
タバコを吸わないとリスクが半分に
加齢による動脈硬化や基礎疾患によって、身体のあちこちの血管がもろく弱くなる。血管の中でも太い動脈を大動脈というが、大動脈の病気には大きく大動脈解離と大動脈瘤がある。解離とは大動脈の血管が層状に剥がれること、瘤とは大動脈が袋状または瘤状にふくらみ、大動脈の壁が薄くなることだ。
お腹の大動脈の血管壁が血圧などの圧力でふくらみ、瘤のような状態になる病気が腹部大動脈瘤で、この瘤が破裂するとお腹の中で大出血を伴い、迅速な治療によって救急救命しないとひじょうに危険な状態になる。
腹部大動脈瘤を含む急性大動脈瘤やその破裂などで治療を受けた人は、人口10万人あたり1年間に3人から10人程度とされ、腹部大動脈瘤の手術件数(外科、ステントグラフト内挿術=EVAR)は2011年の約1万3000件が2014年には約1万8000件になるというように増加傾向にある。また、腹部大動脈瘤を含む急性大動脈瘤が破裂すると、患者の93%は発症後の24時間以内に死亡するようだ(※1)。
怖いのは、一般的に腹部大動脈瘤が無症状ということだ。そのため、発症する前にいかに早く大動脈瘤を発見するか、スクリーニングするかが重要になる。スクリーニングの方法は、触診、腹部のエコー検査、CT検査がある。
また、現在喫煙者や喫煙歴のある人に対しては、定期的・積極的なスクリーニングが推奨されている。
喫煙は、加齢による動脈硬化や高血圧とともに腹部大動脈瘤の大きなリスク因子だ。デンマークで行われた大規模集団に対する調査研究によれば、タバコを吸わなかったら腹部大動脈瘤のリスクは約半分になっていたという(※2)。
また、喫煙と腹部大動脈瘤との関係ついて研究した23論文を比較分析した研究によれば、非喫煙者に比べて現在喫煙者の腹部大動脈瘤のリスクは4.87倍(RR:95%CI:3.93-6.02)だった(※3)。
受動喫煙や加熱式タバコでもリスクが
なぜ、タバコはそれほど腹部大動脈瘤のリスク因子になるのだろうか。
西オーストラリア大学の研究グループによれば、タバコに含まれるニコチンなどの成分が血管の細胞や炎症に関係する細胞に変化をおよぼし、その結果、喫煙者に腹部大動脈瘤が多くなるのではないかとしている(※4)。
実験動物のラットを使った日本の研究によれば、タバコのニコチンが腹部大動脈の血管壁を弱め、コラーゲンとコラーゲンを結び付けているエラスチンの分解を促進することがわかったという(※5)。特にニコチンは、大動脈の血管内に抗菌・抗微生物活性や抗炎症作用などを持つマクロファージエラスターゼ(MMP-12)の発現を増加させた。これはニコチンが血管内に強い酸化ストレスを引き起こしていることを示唆するという。
腹部大動脈瘤は、受動喫煙でもリスクが増えることがわかっている(※6)。また、ニコチンが主な原因ということになれば、紙巻きタバコと同じニコチンが入っている加熱式タバコにも同じようなリスクがあるというわけだ。
前述したように、腹部大動脈瘤を含む大動脈疾患は予防や診断がしにくく、自覚症状がなかなか出にくいが、急性の大動脈解離では胸や背中に疼痛や激痛があるなどし、大動脈瘤も腹痛や腰痛などが出るなどの予兆があるようだ(※1)。
コロナ禍で健診や受診を控えたりする人も多い。喫煙者は腹部大動脈瘤のリスクが増えることを自覚し、定期的なスクリーニングと医師への相談を欠かさないようにしたい。
※1:日本循環器学会、日本心臓血管外科学会、日本胸部外科学会、日本血管外科学会合同ガイドライン、「2020年改訂版 大動脈瘤・大動脈解離診療ガイドライン」、2020年
※2:Birgitte F. Sode, et al., “Tobacco smoking and aortic aneurysm: Two population-based studies” International Journal of Cardiology, Vol.167, No.5, 2271-2277, 2013
※3:Daginn Aune, et al., “Tobacco smoking and the risk of abdominal aortic aneurysm: a systematic review and meta-analysis of prospective studies” Scientific Reports, Vol.8, 14786, 2018
※4:Paul E. Norman, John A. Curci, “Understanding the effects of tobacco smoke on the pathogenesis of aortic aneurysm” Arteriosclerosis, Thrombosis, and Vascular Biology, Vol.33, No.7, 2013
※5:K Kugo, et al., “The effects of nicotine administration on the pathophysiology of rat aortic wall” Biotechnic & Histochemistry, Vol.92, Issue2, 2017
※6:Tomomi, Kihara, et al., “Passive smoking and mortality from aortic dissection or aneurysm” Atherosclerosis, Vol.263, 145-150, 2017