タバコが「1箱1000円」になったらどうなるか

 このところ、毎年10月にタバコが値上げされている。日本のタバコの値段は果たして高いのだろうか。

世界的に日本は真ん中からやや下くらい

 値上げラッシュが始まろうとしているが、タバコの小売価格も例外ではない。喫煙率の低下に沿い、値上げによるタバコの販売量の低下を加味しつつ、国はタバコにかける税率を上げてきた。税率が上がればタバコ会社は値上げを申請し、ほぼそれは認められてタバコの価格が上がる。

 ところで、商品の価格には弾力性、つまり価格が上がると消費が下がるという相関関係があり、これを価格弾力性という。価格弾力性の基準値は1なので、それ以上なら価格弾力性が大きくなり、価格が上がれば消費が下がる。生活必需品は価格弾力性が小さく、ブランド品などの贅沢品、趣味に関する商品などは価格弾力性が大きいとされる。

 タバコの価格弾力性はほぼ0.3~0.4と考えられている。生活必需品ではないけれど、なかなかやめられないタバコはかなり価格弾力性が小さい商品ということだ(※1)。

 タバコの場合、値上げをしてもそう売り上げは減らず、販売維持が期待できることになる。だから、喫煙率が下がってきても、それを値上げ分が吸収し、たばこ税収はほとんど影響を受けない(※2)。

 例えば、同じ消費課税の酒税の税収(国税)は1994年度がピークで約2兆1200億円あったが2018年度には約1兆2700億円と半分近くに減っている。だが、たばこ税収(国)の場合、1994年度は約1兆400億円(2018年は約9999億円)でほとんど減っていない。

 実は、日本のタバコの税率やタバコ価格は、先進諸国に比べるとかなり低い。税率にはまだ伸びしろがあり、財務省や自治体としては予備資金のようなもので手放したくないだろう。

タバコの小売価格の国際比較。マールボロ1箱を米ドル換算で比べた場合、日本は真ん中よりやや下くらい。値上げの余地はまだある。ドイツ銀行「Mapping the world price 2019」よりグラフ作成筆者。
タバコの小売価格の国際比較。マールボロ1箱を米ドル換算で比べた場合、日本は真ん中よりやや下くらい。値上げの余地はまだある。ドイツ銀行「Mapping the world price 2019」よりグラフ作成筆者。

1箱1000円になったらどうなるか

 たばこ税や酒税の課税根拠には、奢侈嗜好品だから課税する側面、そして過度な消費が国民の保健衛生上、好ましからぬ害悪を及ぼし、社会的なコスト増につながるからという側面もある。つまり、たばこ税には、喫煙が喫煙者や受動喫煙を受ける被害者の健康へ悪影響を及ぼすことによる課税という懲罰的でパターナルな考え方もあるというわけだ。

 財務省としては、なるべくタバコによる税収を減らしたくないし、厚生労働省としては国民の健康や生命、医療費などの削減のために喫煙者を減らしたい。たばこ税収の恩恵を国民全体が何らかの形で受け取っていることになるが、これが「たばこ税は別の意味での依存」と言われる所以だ。

 では、いったいタバコがいくらになったら喫煙者はタバコをやめるのだろうか。ちょっと前になるが、京都大学の研究グループが日本国内の喫煙者616人を対象にした調査研究がある(※3)。

 この研究では「離散選択実験(Discrete choice experiment)」という分析法(※4)を用い、喫煙者をニコチン依存度によって軽(Lタイプ)、中(Mタイプ)、重(Hタイプ)の3グループに分け、タバコの価格、公的な場所での罰金、死亡リスク、呼吸器疾患リスク、他者への受動喫煙による健康被害といった属性と喫煙を継続するかどうかという行動変容との関係を調べた。

 その結果、Hタイプの重度のニコチン依存の喫煙者は、1箱20本、706円で喫煙継続率が半減し、900円から急激に喫煙継続率が下がり、1000円では10%以下になったという。調査研究が行われた2005年のタバコの値段はセブンスターが1箱280円だったので、現在と同じと一概にはいえないが、かなりのヘビースモーカーでも1箱700円から1000円というのが禁煙を始める一つのきっかけになりそうだ。

ニコチン依存度のテスト(Fagerstrom Test、FTND)により、調査研究に参加した喫煙者を軽(L-type)、中(M-type)、重(H-type)の3グループに分け、タバコの値段がいくらになったらタバコをやめるかを聞いたところ、ニコチン依存度が低いほど値上げの影響を受けやすく、重度のHタイプでも約700円で50%、1000円で10%以下になった。Via:Rei Goto, et al.,
ニコチン依存度のテスト(Fagerstrom Test、FTND)により、調査研究に参加した喫煙者を軽(L-type)、中(M-type)、重(H-type)の3グループに分け、タバコの値段がいくらになったらタバコをやめるかを聞いたところ、ニコチン依存度が低いほど値上げの影響を受けやすく、重度のHタイプでも約700円で50%、1000円で10%以下になった。Via:Rei Goto, et al., “Discrete choice experiment of smoking cessation behaviour in Japan” Tobacco Control, Vol.16, 336-343, 2007

 現在、ほぼ1箱が500円から600円のタバコの価格だが、1年間で約2万円(1日1箱の場合)の出費になる。1日1箱、チャリンチャリンとタバコ会社にお布施をしても、新型コロナの重症化リスクが高くなったり、肺がんやCOPD(慢性閉塞性肺疾患)に怯えなければならない日々が続く。

 前述した研究によれば、1箱600円ではヘビースモーカーの7割ほどしかタバコをやめようと思わないが、中程度の喫煙者では半分以上(約63%)が禁煙する気持ちになるようだ。

 日本政府(財務大臣)はJTの株を33.35%保持しているが、近い将来、これを全て売却する可能性は高い。そうなれば、タバコの値段は日本でもやがて欧米並みの1箱1000円以上になるだろう。果たして日本の喫煙率が10%以下になる日はやってくるのだろうか。


※1:伊藤ゆり 等、「たばこ税・価格の引き上げによるたばこ販売実績への影響」、日本公衆衛生雑誌、第60巻、第9号、2013

※2:Corne van Walbeek, et al., “Analysis of Article 6 (tax and price measures to reduce the demand for tobacco products) of the WHO Framework Convention on Tobacco Control.” Tobacco Control, doi.org/10.1136/tobaccocontrol-2018-054462, 2018

※3:Rei Goto, et al., “Discrete choice experiment of smoking cessation behaviour in Japan” Tobacco Control, Vol.16, 336-343, 2007

※4:R. Viney, et al., “Discrete choice experiments to measure consumer preferences for health and healthcare: expert review” Expert Review of Pharmacoeconomics & Outcomes Research, Vol.2, 31926, 2002