知っていますか?「SDGs」に「タバコ規制」が入っていることを
2015年に国連が採択したSDGs(Sustainable Development Goals、持続可能な開発目標)は、2030年までに持続可能でよりよい世界を目指す国際的な目標だ。日本政府も積極的に取り組んでいるが、実はSDGsの中には「タバコ規制の強化を目指す項目」も含まれている。
喫煙関連疾患と持続可能な世界
喫煙はやめることのできる非感染性疾患の単一の原因とされ、喫煙によって世界では1年間に数百万人の喫煙者が死亡し、受動喫煙では数十万人が亡くなっている。また、日本国内でも喫煙によって年間約12〜13万人が死亡し、受動喫煙では約1万5000人が亡くなっている。
一方、タバコ製品に含まれるニコチンに、強い依存性があることはよく知られている。こうしたタバコ製品に含まれるニコチンの特性がニコチン依存を助長し、タバコをやめることをできなくさせる。そのため、喫煙者の多くは、朝起きてから夜寝るまで間欠的にタバコを吸い、喫煙という生活習慣を数年から数十年続けてしまう。
タバコ会社は、ニコチンの生理作用を長い間、研究してきた。新型タバコ(加熱式タバコ)も同じで、開発当初はなかなか紙巻きタバコのようにすぐニコチンを脳へ供給できず、苦労していたようだ(※1)。
タバコ製品には例外なくニコチンが含まれているが、タバコ会社はニコチンの強い依存性を知りつつ、さらに依存させて禁煙させず、顧客を永遠につなぎとめ、未成年者や発展途上国という新たな市場の開拓に余念がない(※2)。
ニコチン依存のために禁煙できず、喫煙を続けているとやがて肺がんや喉頭がんなどの多くのがん、心血管疾患、慢性閉塞性肺疾患(COPD)などの喫煙関連疾患にかかり、妊婦が喫煙した場合は低出生体重児や流産・早産などを引き起こすリスクが高くなる。
喫煙により健康へ悪影響が出てくるのには時間がかかるが、いち早く紙巻きタバコ(シガレット)の大量生産大量消費が続いた先進国では、すでに受動喫煙を含めた喫煙関連疾患による病気や死亡が増え、喫煙の悪影響が広まり、各国はタバコ規制を強めている。
だが、タバコ会社は先進国で新型タバコの、発展途上国では紙巻きタバコのビジネスを強化し、この状態が続けば21世紀中に10億人(20世紀中の10倍)がタバコによって殺されるようなホロコーストが起きるだろう(※3)。
タバコ規制が盛り込まれているSDGs
タバコや喫煙は特に健康に関し、SDGsが目指す、持続可能でよりよい世界とは相反するということになるが、喫煙やタバコ会社、タバコ産業はSDGsの中でどのような存在として扱われているのだろうか。
SDGsのアジェンダでは、身体的および精神的な健康と福祉の増進と寿命を伸ばすために、誰一人取り残すことなく全ての人が適切な予防、治療、リハビリなどの保健医療サービスを支払い可能な費用で受けられる状態(ユニバーサル・ヘルス・カバレッジ、UHC)と質の高い保健医療へアクセスできる状態になるようにするべきとしている。
そして、持続可能な世界に対し、非感染性疾患(Non-Communicable Diseases、NCDs)が大きな脅威になっているとしている。非感染性疾患とは、細菌やウイルスなどによる感染症ではない、不健康な食事や運動不足、喫煙、過度の飲酒、大気汚染などによって引き起こされる、がん、糖尿病、循環器疾患、呼吸器疾患、メンタルヘルスなどの慢性疾患の総称だ。
つまり、喫煙も非感染性疾患の原因であるから、SDGsのアジェンダでは持続可能な世界の大きな脅威の一つということになる。
タバコは、SDGsのほとんどの目標と矛盾するが、この記事では特に目標3について述べていこう。
SDGsの目標3では、あらゆる年齢のすべての人々の健康的な生活を確保し、福祉を促進するとなっているが、妊産婦や新生児の死亡率の削減、感染症や伝染病の根絶、薬物乱用やアルコールなどの物質乱用の防止・治療の強化、交通事故の死傷者の削減、性と生殖に関する保健サービスの充実、有害化学物質や大気・水質・土壌汚染などからの死亡や疾病の削減などが掲げられている。
さらに、目標3では「3.a」という別項を特に設け、タバコ規制の強化について強調している。
この目標3.aでは、すべての国々おいて「たばこ規制に関する世界保健機関枠組み条約」の実施を適宜強化するとなっている。この条約は略称「WHO FCTC(たばこ規制枠組み条約)」というもので、サイバー犯罪条約や水銀に関する水俣条約と同じ、日本も締約国に入っている多国間の国際条約だ。
日本では政府、自治体、企業、教育機関、マスメディアなどが、SDGsの理念の拡散や共有、行動の推進などに熱心だ。SDGsへの取り組みが企業価値を高めるということもあり、積極的にSDGsを扱ってアピールする企業も少なくない。
タバコ会社であるJT(日本たばこ産業)もその一つだ。
JTは2020年からSDGs貢献プロジェクトと銘打って、全国の自治体やNPO法人、教育機関などに助成金を拠出している。2021年度は12月まで大学や自治体、NPO法人など42団体に合計6659万円の助成をしてきた。JTは、滋賀県大津市、富山県富山市、石川県加賀市といった地方自治体へも助成金を出している。
ところで、国際条約について日本国憲法第98条は「日本国が締結した条約及び確立された国際法規は、これを誠実に遵守することを必要とする」とし、そのまま国内での効力を認めている。
我が国がWHO FCTCという国際条約を締結している以上、SDGs以前にWHO FCTCに定められたタバコ規制を行う義務があるといえるだろうし、国内の地方自治体も遵守すべき条約なのは当然だ。
FCTCを知らなかった小樽市の担当者
自治体として、国が締結した条約に反することをしていいはずはない。では、これらの自治体はタバコ会社と関係することが、FCTCという国際条約違反に抵触することを知らないのだろうか。
2021年12月27日にJTと包括連携協定を結んだ北海道の小樽市の場合、筆者が担当者へ電話でWHO FCTCについて知っているか質問したところ、知らないと答えている。
一方、JTからの資金は、福井新聞社などのマスメディアにも流れている。2021年12月28日の沖縄タイムスには、広告特集としてJTの支店長と城間幹子・那覇市長の対談企画が掲載された。
こうした広告企画に限らず、テレビ局や新聞社、雑誌社がタバコ会社のPRをするようなことはよく行われ、タバコ会社からの広告収入もマスメディアにとって無視できない状態になっている。
では、タバコ会社は、SDGsにタバコ規制の項目があることをどうとらえているのだろう。
筆者がJTに対し、SDGs貢献プロジェクトについて、目標3や目標3.aと矛盾しているのではないか、と質問したところ、以下のような回答を得た(一部抜粋)。
当社は、喫煙が肺がん、心筋梗塞、肺気腫等の特定の疾病のリスクを伴うものと認識しており、喫煙のリスクについて喫煙者にアドバイスするための取り組みを支持します。日本において、たばこは、長年にわたり生活に定着し親しまれてきた合法な大人の嗜好品であり、喫煙するかしないかは、喫煙のリスクを知ったうえで20歳以上の個々人が自ら判断すべきものです。
当社は、たばこ製品の使用には健康リスクが伴うこと、及び未成年者(20歳未満)喫煙防止等の観点からも、適切な規制については必要と考えております。今後とも規制を適切に遵守したうえで、経営理念である4Sモデルに基づいた事業活動を通じて、SDGsの目標達成に貢献してまいる所存であり、FCTCの履行による規制が、我々のSDGsへの貢献を妨げるものではないと認識しております。
日本においては、FCTCの規定に基づく適切な処置が日本国内の法令等により既になされており、その義務を履行しているものと認識しております。なお、日本において当社の「SDGs貢献プロジェクト」を含むたばこ会社の社会貢献活動は禁止されておりません。
さて、SDGsの目標3、目標3.aに対するJTからの回答を読んで、皆さんはどう感じるだろうか。
筆者は、健康や生命への悪影響や危険性を知りつつ、確信犯的にタバコを売り続けようとするJTの姿勢がよくわかった。そして、タバコを吸ったことで喫煙関連疾患にかかっても、それはリスクを承知の上で吸っている喫煙者の「自己責任」といわんばかりの開き直りとも受け取れる文言に驚いた。
JTは、各国で取り決めたFCTCの規制の適用は、各国政府の判断や国内事情にまかせられているという「抜け道」を言い訳に、国際条約であるFCTCを守るつもりはないのだろう。ちなみに、回答にある4SというのはJT独自のステークホルダーのことらしい。
FCTCを批准する国は180カ国を超え、各国の人口を合わせると世界人口の約90%になっている。FCTCで決められたタバコ規制を適切に実行・強化している国では、タバコとつながりのある行政や企業は「恥ずかしい存在」として扱われてしまうのが普通だ。
SDGsについては、政府・自治体、企業、教育機関でのレクチャーや研修会などが多く行われている。SDGsの取り組みでは、ぜひともタバコ規制の強化を述べている目標3.aの存在も忘れず、紹介してもらいたい。
※1-1:Karolien Adriaens, et al., “IQOS vs. e-Cigarette vs. Tobacco Cigarette: A Direct Comparison of Short-Term Effects after Overnight-Abstinence” Environmental Research and Public Health, Vol.15(2), 2018
※1-2:Jiries Meehan-Atrash, et al., “Free-Base Nicotine Is Nearly Absent in Aerosol from IQOS Heat-Not-Burn Devices, As Determined by 1HNMR Spectroscopy” Chemical Research Toxicology, Vol.32, Issue6, 974-976, 2019
※2:Anna B. Gilmore, et al., “Exposing and addressing tobacco industry conduct in low-income and middle-income countries” THE LANCET, Vol.385, Isuue9972, 1029-1043, 2015
※3:Robert N. Proctor, “The cigarette catastrophe continues” THE LANCET, Vol.385, Isuue9972, 938-939, 2015