「キリンの首」はなぜ「長い」のか:最新研究から考える
キリンの祖先は首が長くはなかったが、次第に伸びて現在のような姿になった。しかし、なぜキリンの首が長くなったのかという議論に、まだ決定的な結論は出ていない。最近の研究から、その謎が少しずつ明らかになってきた。
首が長くなるように進化した遺伝子
キリンと原生で唯一の近縁種であるオカピの祖先が分岐したのは、約1150万年前と考えられている(※1)。オカピはキリンほどは首が長くないので、両者の遺伝子のゲノム配列を比較することによって、キリンの首が長くなった進化にどの遺伝子が関与しているのか、そのヒントがわかるはずだ。
キリンは、6メートルに達する頭部まで血液を送り込むための200mmHgもの高い血圧とそのための心血管機能を持っているが(※2)、キリンとオカピのゲノム配列を比べてみると、キリンの首が伸びて背が高くなることに関係した骨格系と心血管系に関与する遺伝子のゲノム配列で変異が並行して起きていた。首が長くないオカピにはなく、キリンにある遺伝子変異(発生段階から頚椎を伸ばす遺伝子やタンパク質の機能を変化させるといった遺伝子群)があったというわけだ。
背の高いキリンが食べることのできる高木はアカシアなど栄養価が高い代わりに有毒なアミンやアルカロイドを含むものが多いが(※3)、キリンの遺伝子を調べてみると、アカシアなどをエネルギー源にできる遺伝子とタンパク質が、同時に心血管機能にとっても重要な役割をすることがわかった。キリンに特有の遺伝子は、長い首と高い身長をもたらす骨格、高い位置まで血液を送る心血管機能などと関係し、一方で毒性を持つ高木を食べられるように進化し、こうした変化は並行して起きたのかもしれない。
キリンとオカピの祖先が分岐した後、キリンの遺伝子が変異して首が長くなり背が高くなり始めた。ダーウィンの頃から、キリンの首は適応進化したから長くなったと考えられてきた。なぜ、そうした遺伝子の変異が起きてキリンの首が長くなったのか、その理由についてはいくつかの仮説がある(※4)。
適応進化したからか
1つ目は適応進化の例で、背が高いと高木の樹木を採餌できる、つまりライバルのいない場所の餌を独占的に摂取できるという仮説だ(※5)。これはブラウジング仮説といわれ、鳥類(白鳥、ハゲタカなど)や絶滅した恐竜(ディプロドクス、アパトサウルス、ブラキオサウルスなど)といった他の生物の首が長くなったのと同様、キリンも採餌行動に有利なために首が長くなったのではないかというわけだ。
同じブラウジング仮説の一つに捕食者への監視として首が長くなったという説もある。進化的にキリンの仲間はアジアに出現し、アフリカへ進出したと考えられているが、気候変動の結果、アフリカの植生が変化してサバンナ化した。サバンナ環境は見晴らしがいいので、肉食獣をより早く発見できるようにキリンの首が長くなったという考え方だ(※6)。
適応進化とは別に、性選択の結果という仮説もある。首の長いオスのほうがメスをめぐる戦いに勝ってきたため、首の長いキリンが生き残ったというものだ。これはブラウジング仮説に対する批判という形で出てきた説で、ブラウジングだけでは首が長くなったことを説明できないので性選択の影響も強いとする(※7)。
キリンは、メスをめぐってオス同士が首を打ち付けあって争い、その結果として死亡することもある(※8)。性選択仮説によれば、首が長く太いオスは、メスと交尾する確率が高く、メスもまた首が長く太いオスを選ぶ傾向があるとする。また、コストが大きいほど生存する能力が高いので、水が飲みにくくなるなど首が長く太いほど生存コストが高くなり、これも性選択仮説を補強するのだという。
キリンの化石を調査したところ
さらに性選択仮説によれば、キリンの食性は首の高さより低い樹木を食べることが多いので首の長さはそれほど生存に影響しないとし、他のライバルである草食動物に対しては体高2メートルほどのメスの高さで十分であり、5メートルというオスの高さは捕食者に目立つために逆にコストになってしまうという(※9)。つまり、オスはメスを獲得するために首を長く太くし、そのため無駄に背が高くなって生存コストがかかるため、メスがオスを選ぶ選択基準になるというわけだ。
キリンにはオス・メスともに皮膚で覆われたオシコーン(Ossicone)と呼ばれる角が5本あり、額のオシコーンはオトナのオスでよく発達する(※10)。また、オスのキリンのオシコーンだけが損傷していることが報告されているが、これがメスをめぐるオス同士の争いの結果かどうかについてはよくわかっていない(※11)。
最近、中国科学院の研究グループが米国の科学雑誌『Science』に発表した論文(※12)によれば、中国・新疆ウイグル自治区の約1690万年前の地層で発見されたキリンの祖先の化石を調べたところ、頭蓋骨の真ん中に一つ円盤状の大きなオシコーンがあり、頚椎の構造が非常に頑丈になっていて頭部と首の間には複雑な関節があることがわかったという。
同研究グループによれば、こうした首の関節と頚椎の構造は、激しくぶつかり合う頭部への衝撃を和らげるために効率的なものになっていて、頭突きをしてメスを争う現代のジャコウウシなどより効果的な構造だったという。また、キリンのオシコーンは、ウシ、ヒツジ、シカなど他の角のある反芻動物よりも形に多様性があり、同研究グループはこれがキリンの多様な求愛闘争のためだと考えている。
キリンが進化してきた生態系はサバンナ化などによって他の草食動物と競合するような生息環境になったが、同研究グループは化石の歯のエナメル質を調べた結果、キリンの祖先はサバンナのような見晴らしのいい草原で高木の葉を食べていたと考えている。こうした環境への適応進化と激しい性選択の淘汰圧が相まって、キリンはどんどん首が長くなっていったのだという。
オスがメスを巡って頭や首をぶつけ合って闘争し、メスは長く太い首のオスを選び、その子孫に形質が受け継がれ、同時に環境変化によって首が長く背が高いことで競合と草を争うことを回避し、生存にも有利に働くようになる。こうしてキリンの首は長くなっていったのかもしれない。
※1-1:Alexandre Hassanin, et al., “Pattern and timing of diversification of Cetartiodactyla (Mammalia, Laurasiatheria), as revealed by a comprehensive analysis of mitochondrial genomesHistoire évolutive des Cetartiodactyla (Mammalia, Laurasiatheria) racontée par l’analyse des génomes mitochondriaux” Comptes Rendus Biologies, Vol.335, Issue1, 32-50, 2012
※1-2:Manuel Hernandez Fernandez, Elisabeth S. Vrba, “A complete estimate of the phylogeneticrelationships in Ruminantia: a datedspecies-level supertree of the extant ruminants” Biological Reviews, Vol.80, No.2, 269-302, 2005
※2-1:G Michell, J D. Skinner, “An allometric analysis of the giraffe cardiovascular system” Comparative Biochemistry and Physiology Part A: Molecular & Integrative Physiology, Vol.154, Issue4, 523-529, 2009
※2-2:Christian Aalkjær, Tobias Wang, “The Remarkable Cardiovascular System of Giraffes” Anual Review of Physiology, Vol.83, doi.org/10.1146/annurev-physiol-031620-094629, 2020
※3:D S. Seigler, “Phytochemistry of Acacia – sensu lato” Biochemical Systematics and Ecology, Vol.31, Issue8, 845-873, 2003
※4:Javier Martinez, “Debate over origin of long necks in giraffes (Giraffa camelopardalis)” Eukaryon Vol.11, 2015
※5:David M. Wilkinson, Graeme D. Ruxton, “Understanding selection for long necks in different taxa” Biological Reviews, Vol.87, No.3, 616-630, 2012
※6:David M. Williams, “Giraffe Stature and Neck Elongation: Vigilance as an Evolutionary Mechanism” biology, Vol.5(3), doi.org/10.3390/biology5030035, 2016
※7:R E. Simmons, R Altwegg, “Necks-for-sex or competing browers? A critique of ideas on the evolution of giraffe” Journal of Zoology, Vol.282, Issue1, 6-12, 2010
※8:Robert E. Simmons, Lue Scheepers, “Winning by a Neck: Sexual Selection in the Evolution of Giraffe” The American Naturalist, Vol.148, No.5, 1996
※9:Elissa Z. Cameron, Johan T. du Toit, “Social influences on vigilance behaviour in giraffes, Giraffa camelopardalis Author links open overlay pane” Animal Behaviour, Vol.69, Issue6, 1337-1344, 2005
※10:Daniel DeMiguel, et al., “Key innovations in ruminant evolution: a paleontological perspective” Integrative Zoology, Vol.9, Issue4, 412-433, 2014
※11:Fred B. Bercovitch, Francois Deacon, “Gazing at a giraffe gyroscope: where are we going?” African Journal of Ecology, Vol.53, Issue2, 135-146, 2015
※12:Shi-Qi Wang, et al., “Sexual selection promotes giraffoid head-neck evolution and ecological adaptation” Science, Vol.376, Issue6597, 3, June, 2022