ネコに「噛まれて死ぬこと」はあるのか
ネコやイヌを飼っている人は多い。イヌは飼い主をめったに噛まないが、ネコはよく飼い主を噛んだり引っ掻いたりする。人獣共通感染症の危険性があるため、ネコによる噛み傷、引っ掻き傷には要注意だ。
人獣共通感染症の危険性
ネコにひどく噛まれたことをネットで報告した後、急死した方が話題になっている。原因がネコによる噛み傷と断定はできないが、イヌやネコに噛まれたり引っ掻かれたりする事故は多い。
ネコによる人身事故での死亡例は、少なくとも行政(環境省)が把握している限りこの10年間、報告はない(※1)。だが、ネコに噛まれたり引っ掻かれたりした事故は報告されないだけで、かなりの数になると考えられている。
ペットや家畜と暮らし始めたり、野生動物と触れ合ったりすると、それまでかからなかった感染症にかかる危険性がある。それが人獣共通感染症だ。
ネコもヒトに感染する細菌やウイルスを持っていることがあるが、危険な感染症としては狂犬病(病原体は狂犬病ウイルス、ネコからも感染する)、パスツレラ症(パスツレラ・ムルトシダというグラム陰性菌)、カプノサイトファーガ・カニモルサス感染症(グラム陰性桿菌)、コリネバクテリウム・ウルセランス感染症(グラム陰性桿菌)、リステリア症(リステリア・モノサイトゲネスというグラム陰性桿菌)、サルモネラ症(サルモネラ菌というグラム陰性桿菌)、トキソプラズマ症(トキソプラズマ原虫という単細胞の微生物)、重症熱性血小板減少症候群(SFTSウイルス)、そして猫ひっかき病(バルトネラ・ヘンセレというグラム陰性桿菌)などがある。
死亡例もあるネコによる感染症
この中で怖いのはカプノサイトファーガ・カニモルサス感染症だ。この感染症は、イヌやネコに噛まれたり引っ掻かれたりして発症し、重症化すると敗血症になって死亡した例もある(感染した人が亡くなる致死率は約30%、※2)。
最後の猫ひっかき病は噛まれても感染するが、報告され始めた頃は原因病原体がわからなかった。1990年代になって、ようやくバルトネラ・ヘンセレというグラム陰性桿菌によるものと判明した感染症だ(※3)。
また、これら以外の細菌やウイルスにも要注意だ。黄色ブドウ球菌や緑膿菌といった普段は悪さをしない常在菌が、免疫力が下がっていると日和見感染症になって危険になる。人獣共通感染症と共通するのは、糖尿病、免疫不全、高齢といった免疫力の低い人の発症リスクが大きくなる点だ。
注射針のようなネコの歯と爪
イヌはめったに引っ掻かないが、噛まれるとその鋭く大きな歯と強い力で傷口も大きく重傷になるケースが多い。一方、ネコの場合、歯や爪は鋭いものの、それほど大きくないため、傷口も小さく出血も多くはないが、ちょうど皮下注射のようにネコの唾液や細菌などを傷の奥へ送り込む。
そのため、ネコに引っ掻かれたり噛まれたりし、傷口が小さいから出血も止まったしと油断していると危険だ。
ネコによる小さな傷口はふさがれやすく、ネコから感染する細菌の多くは嫌気性といって酸素を必要とせずに生息できるため、こうした細菌が傷の奥深くで増えやすい環境になる。
特に、ネコによる事故では手や手首、上腕など、薄く敏感な組織におおわれる部分に傷を負うことが多いので、ネコの歯や爪が深部に届き、感染症を重症化する危険性がある。
これからの季節は特に要注意
ネコなどによる感染症では、多くの患者が事故が起きて24時間から48時間以内に、患部が赤く腫れたり激しい痛みにおそわれ、化膿してくることも多い。傷を受けてからなるべく早く、遅くとも48時間以内に医療機関を受診し、消毒や抗生物質の投与などを受けると重症化しない可能性が高い。
こうした細菌やウイルスの多くは、ヒトも動物もまだ効果的なワクチンは開発されていないが、抗生物質などの一般的な抗菌薬での治療が行われれば、ほとんどが軽症で治る。
感染していてもイヌやネコなどに症状が、はっきりと出ない人獣共通感染症も多い。ただ、様子がおかしくなることもあるので、ペットを日常的によく観察することが重要だ。異常を感じたら獣医師の診断を受けるようにしたい。
ネコは気まぐれで、機嫌良さそうにしていても急に引っ掻いたり噛みついてくることがあるし、手荒に扱えば飼い主にも猛烈に反撃してくる。ペットに触れた後は手指衛生に気をつけ、ほかで負った自分の傷口などをペットに舐めさせたりしないようにしたい。
また、イヌやネコの爪は定期的によく切っておき、ノミの駆除や予防をこまめにしておくことが必要だ。よく手を舐めるネコの場合、口の中の細菌が爪に付着することもある。
ネコによる感染症には季節性があり、暑くなる頃から冬にかけて感染例が増える(※4)。これは感染を媒介するノミなどが増える季節からと考えられているので、外をよく出歩くネコの場合、ノミの駆除を入念にしたい。
また、完全室内飼いのネコも飼い主が外部から細菌やウイルスを持ち込む危険性があるし、家屋に侵入したゴキブリなどを捕獲したり口に入れたりしているかもしれないので要注意だ。
※1:環境省「動物愛護管理行政事務提要」
※2:鈴木道雄、「イヌ・ネコ咬傷・掻傷とCapnocytophaga canimorsus感染症」、モダンメディア、第56巻、第4号、2010
※3-1:Matthew J. Dolan, et al., “Syndrome of Rochalimaea henselae Adennitis Suggesting Cat Scratch Disease” Annals of Internal Medicine, Vol.118, No.5, 1, March, 1993
※3-2:Mary Jane dalton, et al., “Use of Bartonella Antigens for Serologic Diagnosis of Cat-scratch Disease at a National Referral Center” JAMA Internal Medicine, Vol.155(15), 1670-1676, 7, August, 1995
※4:Masato Tsukahara, “Cat scratch disease in Japan” Journal of Infection and Chemotherapy, Vol.8, Issue4, 321-325, 2002