「加熱式タバコ」でも「受動喫煙の害」ってあるの?

 加熱式タバコの喫煙者が増えているが、喫煙者自身に対してはもちろん、加熱式タバコによる受動喫煙の害、つまり他者への害についてはよく知られていないのが現状だ。では、加熱式タバコによる受動喫煙の害はあるのだろうか。最近、日本の研究グループによる調査研究が、加熱式タバコと健康被害の関係を明らかにした。

受動喫煙による死者数は年間約1万5000人

 2020年4月1日から改正健康増進法が全面施行された。この改正法では、主に受動喫煙の害を防ぐ観点から不特定多数が集まる公的機関、学校、病院、飲食店などでの屋内完全禁煙を定めている。

 この改正法の根拠になっているのは、タバコによる受動喫煙の健康被害の大きさだ。日本だけで受動喫煙の年間死者数は、約1万5000人と推計されている(※1)。

 これまで、受動喫煙の害について、多くの科学的な論文が出されている。例えば、国立がん研究センターは「受動喫煙による日本人の肺がんリスク約1.3倍〜肺がんリスク評価『ほぼ確実』から『確実』へ」(2016年8月31日)というプレスリリースを出していて、この発表は論文(※2)にもなっている。

 この論文では、複数の関連研究を網羅的に抽出し、その中から信頼性の高いものを比較評価し、関連研究においてその結果がどれくらい一致しているかを吟味する体系的レビューとメタ解析という手法により、受動喫煙と肺がんの発症リスクの関係を調べた。体系的レビューとメタ解析は、学術研究を質的に評価するエビデンス・ベースド・メディシン(Evidence-Based Medicine、EBM、根拠に基づいた医学、※3)で信頼度でトップに位置し、最も正確性が高く根拠が正しいとされる手法だ。

 国立がん研究センターがこの手法で分析した結果、受動喫煙による肺がんの相対リスク(Relative Risk、RR)とオッズ比(Odds Ratio)は1.28倍となり、受動喫煙と肺がんとの間に統計学的に優位な関連が認められたという。

 他にも、受動喫煙と関連疾患リスクとの関係を明らかにした体系的レビューとメタ解析の研究は多い(※4)。EBMピラミッドの最上位である体系的レビューとメタ解析でこれだけ多くの根拠が出ている以上、受動喫煙による肺がんなどの関連疾患リスクの関係は明らかだ。

加熱式タバコによる受動喫煙の害とは

 では、加熱式タバコによる受動喫煙の害はどうなのだろうか。

 欧米では電子タバコの受動喫煙の害に関する研究が多いが、加熱式タバコと受動喫煙の害についての研究はまだほとんどない。そこで日本の慶應義塾大学医学部などの研究グループが非喫煙者を対象にした調査研究を行い、最近、英国の医学雑誌にその結果を発表した(※5)。

 同研究グループは、加熱式タバコからの副流煙(エアロゾル)を吸い込んだ非喫煙者と呼吸器症状の間にどのような関連があるのか、インターネットを使ったアンケート調査を実施した。

 研究期間は2021年2月8日から2月26日、対象者は15歳から80歳までの非喫煙者(1万8839人、55.7%が女性)。非喫煙の定義は「喫煙歴が全くない」「過去に数回喫煙したことがあるが今は喫煙していない」「過去に習慣的に喫煙していたが今は喫煙していない」だった。

 加熱式タバコの受動喫煙の質問は「過去12カ月の間にあなたの近くで誰かが吸った加熱式タバコの蒸気やミスト(副流煙・エアロゾル)を吸い込んだことがあるか」とし、アウトカム(結果の指標として設定した事象)である呼吸器症状(自己申告)は、喘息の発作(喘息のような症状)、長く続く咳とした。

 そして、加熱式タバコの受動喫煙と呼吸器症状の間にあって関係に影響すると想定される調査対象者の要素(年齢、性別、教育程度、収入、婚姻、世帯人数など)を統計的手法により重み付け(調査結果の割合と現実の割合の差を調整)して統計的に分析した。

 その結果、調査対象の非喫煙者のうち、過去1年間に加熱式タバコによる受動喫煙を経験した人のうち、喘息の発作(喘息のような症状)を経験した人は9.8%(加熱式タバコによる受動喫煙を経験しなかった人では4.5%)、長く続く咳を経験した人は16.7%(加熱式タバコによる受動喫煙を経験しなかった人では9.6%)だった。

 そして、重み付け後の有病割合比(Prevalence Ratio、PR)として分析すると、加熱式タバコによる受動喫煙により喘息の発作(喘息のような症状)は1.49(1.49倍)、長く続く咳は1.44(1.44倍)となった。

 同研究グループによれば、加熱式タバコからの受動喫煙を経験した頻度が増えるほど喘息などの呼吸器症状を経験した人の割合も増えたという。この調査研究について、論文の筆頭筆者である慶應義塾大学医学部衛生学公衆衛生学教室(前・福島県立医科大学)の吉岡貴史氏に話を聞いた。

──受動喫煙の害を述べている参加者と、加熱式タバコの喫煙者の関係(配偶者、親子、近隣居住者など)はどのようになっていたのでしょうか。

吉岡「今回の研究では、加熱式タバコのエアロゾルの曝露(吸い込む)をアンケートでの回答から拾っている関係で特定不可能です。そのため『不特定の誰かのエアロゾルの受動喫煙』という回答になります。これについては今後、細かく検証していく必要があると思います」

──紙巻きタバコからの受動喫煙の害による2つの呼吸器症状(喘息、持続性の咳)と比較した場合、加熱式タバコによる受動喫煙の害はどのような評価になりますか。

吉岡「今回、統計モデルで紙巻きタバコの受動喫煙も変数として観察しましたが、有意な関連は観察できませんでした。おそらく、加熱式タバコの曝露情報が過去1年の情報なのに対し、紙巻きタバコの曝露情報は過去1ヶ月の情報であること、つまり時系列の齟齬が大きな原因なのかなと考えています。またそのほかにも、研究対象者の問題があるかもしれません。今回の研究対象者は現在の非喫煙者で、中には一度も喫煙経験がない人の他に過去喫煙者も含まれています。統計モデルで調整してはいますが、紙巻きタバコの受動喫煙よりも影響が強い可能性がある過去の喫煙状況の影響が残っている可能性があります。実際、過去にタバコ製品を使用しているかどうかは、喘息や持続性の咳の有病に統計的有意に関連していました」

──今後、研究を重ねていけば、紙巻きタバコと同じような健康への害が明らかになるのでしょうか。

吉岡「そうですね。たとえば、過去に全くタバコ製品を吸ったことのない非喫煙者に限定すると、より紙巻きタバコの受動喫煙と加熱式タバコの受動喫煙の影響が明確になるかもしれません。ただ、今回はタバコ政策にとって重要な集団である現在の非喫煙者(過去の喫煙状況に関わらず)に限定しました。また、私見としては、従来の紙巻きタバコのほうが加熱式タバコと同等あるいはそれ以上に喘息や持続性の咳に寄与していると考えます。現在、縦断的な研究を計画していますので、上記の課題を克服できるような研究を行ってまいります」

加熱式タバコからも有害物質が

 以上をまとめると、加熱式タバコによる受動喫煙を受けた非喫煙者は、受けていない非喫煙者と比較して、統計的有意に喘息や長く続く咳といった症状を起こす割合が大きかった。

 原因と結果のような因果関係がわかったことにはならないが、加熱式タバコであっても受動喫煙によって非喫煙者が咳などの呼吸器症状を引き起こす危険性があると言える。今後、さらに研究を進めていけば、紙巻きタバコの受動喫煙と呼吸器症状のような因果関係がわかるだろう。

 タバコ会社が有害性を低減したと主張している加熱式タバコだが、これまで、アイコスの副流煙(エアロゾル)からニコチン、メントール、グリセリン、アセトアルデヒド(発がん物質)、ジアセチル(呼吸器疾患を引き起こす物質)、アクロレイン(強い毒性を持つ物質)、グリシドール(発がん性物質)、アセトン(呼吸器に害を及ぼす物質)、2-ブタノン(劇物指定物質)など33種類の物質が特定されたという研究が出されている(※6)。

 また、新型タバコの煙にさらされた人の尿を調べたところ、紙巻きタバコによる受動喫煙と同様にニコチンの代謝物であるコチニン、健康影響のバイオマーカー物質としてタバコ特異的ニトロソアミン代謝物(NNK代謝物)である4-(methylnitrosamino)-1-(3-pyridyl)-1- butanol(NNAL)などが検出されたという研究もある(※7)。

 さらに、大阪大学などの研究グループによる調査報告によれば、新型タバコからの呼出煙(喫煙者が吐き出した呼気に含まれるタバコの煙)や副流煙(エアロゾル)にさらされた人に、喉の痛み、咳、喘息の発作、頭痛、胸の痛み、気分が悪くなるなどの自覚症状があったという(※8)。これらは従来の紙巻きタバコによる受動喫煙の害と同様の症状だ。

 改正健康増進法で、加熱式タバコは紙巻きタバコとは違った規制内容になっている。また、加熱式タバコなら他人に害を及ぼさないと思い込んでいる喫煙者も多い。

 だが今回、加熱式タバコの受動喫煙により喘息などの呼吸器疾患症状が出るのではないか、という調査研究が出されたように、実際、加熱式タバコの副流煙を吸い込んで喘息の発作に苦しむ人もいる。加熱式タバコを含むタバコ製品を吸う際には、このことをよく理解しておくべきだろう。

 そして、政治や行政は、加熱式タバコもまた健康へ害を及ぼすタバコ製品だという認識を新たにし、紙巻きタバコと同様の規制に改めるべきなのではないだろうか。


※1:片野田耕太ら、「たばこ対策の健康影響および経済影響の包括的評価に関する研究」厚生労働科学研究費補助金循環器疾患・糖尿病等生活習慣病対策総合研究事業、平成27(2015)年度報告書

※2:Megumi Hori, et al., “Secondhand smoke exposure and risk of lung cancer in Japan: a systematic review and meta-analysis of epidemiologic studies.” Japan Journal of Clinical Oncology, Vol.46, Issue10, 2016

※3:David L. Sackett, et al., “Evidence based medicine: what it is and what it isn’t.” BMJ, Vol.312, 1996

※4-1:Hsien-Ho Lin, et al., “Tobacco Smoke, Indoor Air Pollution and Tuberculosis: A Systematic Review and Meta-Analysis.” PLOS MEDICINE, doi.org/10.1371/journal.pmed.0040020, 2007

※4-2:Hannah Burke, et al., “Prenatal and Passive Smoke Exposure and Incidence of Asthma and Wheeze: Systematic Review and Meta-analysis.” PEDIATRICS, Vol.129(4), 735-744, 2012

※4-3:Shiyi Cao, et al., “The Health Effects of Passive Smoking: An Overview of Systematic Reviews Based on Observational Epidemiological Evidence” PLOS ONE, doi.org/10.1371/journal.pone.0139907, 6, October, 2015

※4-4:Yihui Du, et al., “Lung cancer occurrence attributable to passive smoking among never smokers in China: a systematic review and meta-analysis” Translational Lung Cancer Research, Vol.9(2), 204-217, April, 2020

※4-5:池田正憲ら、「受動喫煙と小児アレルギー疾患に関するシステマティックレビュー」、日本小児アレルギー学会誌、第35巻、第2号、2021

※5:Takashi Yoshioka, et al., “Association between exposure to secondhand aerosol from heated tobacco products and respiratory symptoms among current non-smokers in Japan: a cross-sectional study” BMJ Open, Vol.13, Issue3, 7, March, 2023

※6:Lucia Cancelada, et al., “Heated Tobacco Products: Volatile Emissions and Their Predicted Impact on Indoor Air Quality.” Environmental Science & Technology, Vol.53, 7866-7876, 2019

※7:Yuya Kawasaki, et al., “Urinary biomarkers for secondhand smoke and heated tobacco products exposure” Journal of Clinical Biochemistry and Nutrition, Vol.69, No.1, 37-43, 2021

※8:Yuki Imura, Takahiro Tabuchi, ”Exposure to Secondhand Heated-Tobacco-Product Aerosol May Cause Similar Incidence of Asthma Attack and Chest Pain to Secondhand Cigarette Exposure: The JASTIS 2019 Study” Environmental Research and Public Health, Vol.18(4), 11, February, 2021