あなたが「タバコを吸う」と、なぜ誰かが「飢える」のか

 毎年、5月31日は「世界ノータバコデー(世界禁煙デー)」だ。2023年のテーマは「Grow food, not tobacco」だった。「タバコではなく、食べ物を育てよう」という意味だが、なぜタバコと食料が関係あるのだろうか。

SDGsはタバコ対策

 国連がSDGs(持続可能な開発目標)を採択して7年が経つ。2030年が達成目標とした年だから、ちょうど折り返しに差し掛かった。

 だが、SDGsの目標達成にはほど遠く、SDGsの寄与を掲げる企業の中には単に「やってる感」のためだけ、さらに悪質な企業はマネー・ロンダリングのような、いわゆる「グリーン・ウォッシュ」に利用していたりする。その最たる企業群がタバコ産業のタバコ会社だ。

 SDGsの根本利権を策定した人たちは、各国でタバコ規制を進めてきた人たちと重なる。つまり、SDGsのそもそもの成り立ちはタバコ規制を含む、差別や貧困、不健康、低栄養、経済格差、環境破壊などをなくし、一人も取り残さない対策強化を目的にしたというわけだ。

 その証拠に「あらゆる年齢のすべての人々の健康的な生活を確保し、福祉を促進する」としたSDGsの目標3では、特に別項(3.a)をもうけてタバコ規制の強化を強調している。この目標3.aでは「たばこ規制枠組み条約」(FCTC)という、日本も締約国に入っている国際条約の実施を適宜強化するとなっている。

 FCTCを批准する国は180カ国を超え、各国の人口を合わせると世界人口の約90%になっている。一方、SDGsについては、政府・自治体、企業、教育機関でのレクチャーや研修会などが多く行われているが、タバコ規制の強化を述べている目標3.aについて語られることは少ない。

 ところで、昨年、2022年の世界禁煙デーのテーマは「Tobacco: Threat to our environment」(タバコ、私たちの環境への脅威)だった。タバコ栽培は毎年、多くの農地(東京都とほぼ同じ20万ヘクタール)と水(日本の全生活用水の1/4の220億トン)を必要とし、葉タバコを乾燥させるために毎年6億本以上の木々を世界中で切り倒し、8400万トンのCO2を排出している。

 もうこれだけでタバコという製品はまさに反SDGsだが、それだけでなくタバコによって全世界で年間約800万人が亡くなっている。SDGsの理念の根幹が、タバコ対策にあるということがよくわかるだろう。

タバコ産業による桎梏

 では、世界禁煙デーの今年のテーマ「タバコではなく、食べ物を育てよう」というのは、いったいどういう意味なのだろうか。

 現在、タバコは世界の125カ国以上で、食料ではなく換金作物として栽培されている。その全作付面積は推定で400万ヘクタール(日本の田畑の延べ作付面積とほぼ同じ)で、前述したように大量の水と森林伐採が必要だ。

 そのため、特に発展途上国(中低所得国)では肥沃な土地が食料生産に利用されず、タバコ農家がタバコから栄養価の高い食料作物へ転作しようとしてもタバコ産業の妨害にあう。タバコ産業は、こうした貧しい国々でタバコの種や必要な農具、乾燥設備などをタバコ農家に借金させて提供し、換金作物であるタバコ栽培から抜け出せないようにしているからだ。

 タバコ農家は、葉タバコから毎日50本のタバコを吸うのと同じ量のニコチンを浴び、葉タバコの乾燥作業では大量のタバコ煙を吸い込むなどし、大きな健康被害が出ている。また、タバコ栽培の過酷な労働のため、他の経済活動ができず、栽培労働を子どもが手伝うために教育の機会が喪失するなどの問題が起きている。

タバコ農家は、葉タバコから毎日50本のタバコを吸うのと同じ量のニコチンを浴びている。WHO世界禁煙デーのポスターより
タバコ農家は、葉タバコから毎日50本のタバコを吸うのと同じ量のニコチンを浴びている。WHO世界禁煙デーのポスターより

 つまり、タバコ産業は、世界の持続可能な食料供給を妨害し、貧困、飢餓、児童労働、不健康などを特に発展途上国で作り出している存在だ。

途上国へ飢餓を移転するタバコ産業

 一方、日本を含む先進国でのタバコ栽培は縮小傾向にある。日本の場合、高齢化、後継者不足、重労働、タバコ需要の減少による将来不安、そしてJT(日本たばこ産業)による廃作推奨によって、タバコ栽培農家と作付(耕作)面積は激減している。JTはタバコ農家に廃作協力金として10アール当たり36万円を支払っているが、これは農家がタバコを10アール栽培し、毎年JTに買い取ってもらう金額とほぼ同じという。

日本のタバコ栽培の農家戸数と作付面積の推移。2011年の急減は東日本大震災によるもの。2021年からの急減はJTの廃作推奨による。全国たばこ耕作組合中央会の資料よりグラフ作成筆者
日本のタバコ栽培の農家戸数と作付面積の推移。2011年の急減は東日本大震災によるもの。2021年からの急減はJTの廃作推奨による。全国たばこ耕作組合中央会の資料よりグラフ作成筆者

 このグラフのように、日本のタバコ栽培農家や作付面積は激減し、2021年の農家戸数は4122戸だ。一方、JTの資料によれば2021年に、バングラデシュ、ブラジル、エチオピア、マラウイなど世界各国の5万5000戸以上のタバコ農家から葉タバコを調達し、国内と海外のタバコ農家戸数の比は1対10となる。

 では、なぜJTは廃作を推奨しているのだろうか。それは、たばこ事業法という日本だけにしかない法律のせいで、JTは国内のタバコ農家から葉タバコを調達しなければならないからだ。国内農家からJTが買い取る葉タバコの価格は、葉タバコの種類によっても異なるが平均で1kg当たり約1924円で、発展途上国の葉タバコ価格よりずっと高い。

 先進国の喫煙率はどんどん下がっているが、中国や発展途上国ではそう下がっていないし、経済発展すればその国の喫煙率はむしろ上がる。そのため、JTをはじめとしたタバコ産業は、先進国から発展途上国の市場へシフトし始めているし、JTはロシア市場からなかなか撤退できない。

 また、発展途上国産の葉タバコは、以前よりずっと質が高くなっている。JTとしては高価格の国内産葉タバコより低価格で調達できる発展途上国の葉タバコにシフトしたいのだろう。そのため、廃作推奨をしているというわけだ。

 こうした動きを、今年の世界禁煙デーのテーマ「あなたがタバコを吸うと私が飢える」と照らし合わせてみると、グローバルノースとグローバルサウスの間の矛盾、つまり南北問題が浮かび上がってくる。

 タバコ産業が発展途上国でタバコ栽培を進めることで、先進国から貧困、飢餓、不健康などが発展途上国へ移転することになる。つまり、日本の誰かがタバコを吸えば、それは発展途上国の人の貧困、飢餓、不健康につながるというわけだ。

 当然だが、グローバル化というのは、国境を越えたビジネスの成功や拡大だけをいうのではない。SDGsを考える上で重要なことの一つは、先進国の誰かの行為が発展途上国の誰かに悪影響を及ぼすかもしれないという想像力だ。タバコ問題も例外ではない。