1918年の「スペイン風邪」はどう「収束」したのか:新型コロナの波と比較する

 ようやく収束の兆しがみえてきた新型コロナだが、第6波の到来を危惧する声も大きい。感染症のパンデミックは流行と収束を周期的に繰り返すが、100年以上前に世界中で感染爆発を起こした「スペイン風邪」はどう収束したのだろうか。

3つの波が世界を襲った

 過去数十年間にヒトが経験したことがないHA型またはNA亜型のインフルエンザ・ウイルスがヒトの間で伝播して流行したとき、これを新型インフルエンザ・ウイルスと呼ぶとされる。

 直近では2017〜2018年の冬のシーズンの新型インフルエンザが流行し、米国では約8万人が亡くなった。このインフルエンザはH3N2型だったが、過去にはいろいろなタイプのウイルスがパンデミックを起こしてきた。1957〜1958年のアジア・インフルエンザはA/H2N2亜型、1968〜1969年の香港インフルエンザはA/H3N2亜型となっている。

 1918〜1919年にかけて世界中で猛威をふるったのが、いわゆる「スペイン風邪」のウイルスでこれはA/H1N1亜型だった。世界の死者数は約5000万人と推計され(※1)、この数字は500万人(2021/09/29)に迫る勢いの新型コロナの10倍以上だ。

 このときのインフルエンザ・パンデミックでは、20〜40歳代の死亡率が高く、年齢別の死亡率をグラフにすると「W」字型になること、急性で重症の肺炎、鼻からの出血、皮膚が青紫に変色する(チアノーゼ)といった特徴を持っていた(※2)。こうした症状は、新型コロナでもみられるサイトカインストーム(異常な炎症応答、免疫応答)だった可能性が示されている(※3)。

 世界的な1918年のインフルエンザ・パンデミックは、国や地域によって違いがあるが、感染流行で大きく3つの波が起きた(※4)。1918年6月の小波、10月から12月にかけての大波、1919年2月から3月にかけての中波だ。

1918年から1919年にかけて英国のインフルエンザと肺炎による死者数の推移。3つの波があることがわかる。Via:Jeffery K. Taubenberger, David M. Morens,
1918年から1919年にかけて英国のインフルエンザと肺炎による死者数の推移。3つの波があることがわかる。Via:Jeffery K. Taubenberger, David M. Morens, “1918 Influenza: the Mother of All Pandemics” Emerging Infectious Diseases, Vol.12(1), 15-22, 2006

 一方、日本の場合、このインフルエンザ・パンデミックは1920年まで続いたが、資料が少ないために正確にはわからないものの、1919年の終わり頃と1919年の年末から1920年のはじめに大きな2つの波があったことがわかっている(※5)。

1918年のインフルエンザ・パンデミックは日本では1920年のはじめにも波があった。(a)はインフルエンザ、(b)は肺炎とインフルエンザ、(c)は全ての死因による人口10万人あたりの死者数の推移。Via:S A. Richard, et al.,
1918年のインフルエンザ・パンデミックは日本では1920年のはじめにも波があった。(a)はインフルエンザ、(b)は肺炎とインフルエンザ、(c)は全ての死因による人口10万人あたりの死者数の推移。Via:S A. Richard, et al., “A comparative study of the 1918-1920 influenza pandemic in Japan, USA and UK: mortality impact and implications for pandemic planning” Epidemiology & Infection, Vol.137, No.8, 2009

ヘラルド波とは?

 ところで、1918年からのインフルエンザ・パンデミックでは、その初期の6月に感染流行の小波が起きているが、これを「ヘラルド(Herald、予兆、先駆け)」の波とも呼ぶ。デンマークや米国の研究グループによる調査研究によれば、比較的穏やかな初期の小波でこのインフルエンザに感染した人は、中和抗体を得たことにより、10月から12月にかけての大波による死亡を56%から89%、防いだことが推計されるという(※6)。

 同じようなことが新型コロナで起きているかどうかまだわかっていないが、グラフをみると2020年の春頃にヘラルド的な小波が起きていた可能性がある。1918年のインフルエンザ・パンデミックでは、この小波の兆候に気づかず、小康状態になったことで油断し、その後の大きなパンデミックになった可能性が指摘されているが、その後の推移をみれば、まさに同じことが新型コロナでも起きた。

世界と日本の新型コロナの死者数の推移。初期に「ヘラルド波」が起きている可能性がある。Via:Our World in Date
世界と日本の新型コロナの死者数の推移。初期に「ヘラルド波」が起きている可能性がある。Via:Our World in Date “Coronavirus Pandemic (COVID-19):人口100万人あたりの1日の死者数の推移

 1918年のインフルエンザ・パンデミックでは、新型コロナと違い、高齢者より若い世代の死亡率が高かったが、これは高齢者がパンデミック以前に世界で流行した同じH1型インフルエンザに感染していたことによる中和抗体が作用したと考えられている。実際、それまでこの型のインフルエンザに感染していなかった集団では高齢者の死亡率も高かった。

 インフルエンザでは、感染することによって不活性ワクチンより質の高い中和抗体が作られることがわかっているが(※7)、新型コロナでも同じことが起きる可能性がある。ただ、新型コロナの場合、初期の株に感染してできる中和抗体が、後に出現する変異株に対しても有効かどうかは未解明だ(※8)。

 1918年から世界中で始まったインフルエンザ・パンデミックは、数千万人以上の人に感染し、猛威をふるった後、1920年の春までには収束した。これは多くの人が感染することで、このインフルエンザウイルスに対する中和抗体を得たことも影響したと考えられている(※9)。

 20世紀初頭、まだ抗生物質が発見されていなかったし、ウイルス学も発達しておらず、医薬的な技術はインフルエンザ・ウイルスに対してほとんど無力だった。患者の隔離、手洗い、うがい、防毒、集会や移動の抑制などしか手立てがなく、流行を抑えることができなかった。

 当時、第一次世界大戦の真っ只中であり、コレラや結核といったインフルエンザ以外の他の感染症も脅威だった。そのため、いわゆる「スペイン風邪」は収束するとともに、人々の記憶から急速に忘れ去られていったようだ。

 1918年のインフルエンザ・ウイルスは1920年代に免疫を持ったヒトに対する感染を終えたが、ブタでは進化を続け、2009年にパンデミックを起こしたH1N1型との関係が示唆され、1957年のアジア・インフルエンザも2009年のインフルエンザもこのウイルスと同根とみなされている(※10)。「スペイン風邪」のウイルスの子孫は、100年経ってもまだ地球上に生き残っているのだ。

 いずれにせよ、新型コロナのようにパンデミックは繰り返され、いくつかの波が起きる。100年以上前のパンデミックを教訓にし、油断せず、第6波が起きないようにするべきだし、もし仮にこのまま収束しても新型コロナの体験を継承し続けていかなければならないだろう。


※1:Christopher JL. Murray, et al., “Estimation of potential global pandemic influenza mortality ON the basis of vital registry data from the 1918-20 pandemic: a quantitative analysis” THE LANCET, Vol.369, Issue9554, 2211-2218, 2007

※2:G. Dannis Shanks, “Insights from unusual aspects of the 1918 influenza pandemic.” Travel Medicine, doi.org/10.1016/j.tmaid.2015.05.001, 2015

※3-1:Darwyn Kobasa, et al., “Aberrant innate immune response in lethal infection of macaque with the 1918 influenza virus” nature, Vol.445, 319-323, 2007

※3-2:David M. Morens, et al., “Predominant Role of Bacterial Pneumonia as a Cause of Death in Pandemic Influenza:’Implications for Pandemic Influenza Preparedness” The Journal of Infectious Diseases, Vol.198(7), 962-970, 2008

※4:Jeffery K. Taubenberger, David M. Morens, “1918 Influenza: the Mother of All Pandemics” Emerging Infectious Diseases, Vol.12(1), 15-22, 2006

※5:S A. Richard, et al., “A comparative study of the 1918-1920 influenza pandemic in Japan, USA and UK: mortality impact and implications for pandemic planning” Epidemiology & Infection, Vol.137, No.8, 2009

※6:Lone Simonsen, et al., “A review of the 1918 herald pandemic wave: importance for contemporary pandemic response strategies” Annals of Epidemiology, Vol.28, Issue5, 281-288, 2018

※7:Kosuke Miyauchi et al., “Influenza virus infection expands the breadth of antibody responses through IL-4 signalling in B cells”, Nature Communications, Vol.12, 3789, June, 18, 2021

※8:Jake Dunning, et al., “Seasonal and pandemic influenza: 100 years of progress, still much to learn” MucosalImmunology, Vol.13, 566-573, 2020

※9:Rafi Ahmed, et al., “Protective immunity and susceptibility to infectious diseases: lessons from the 1918 influenza pandemic” nature immunology, Vol.8, No.11, 2007

※10:Mark Honigsbaum, “Spanish influenza redux: revisiting the mother of all pandemics.” THE LANCET, Vol.391, Issue10139, 2492-2495, 2018