なぜ「アジサイ」を食べてはいけないのか
十数年前、アジサイの葉を食べたことによる食中毒事例がいくつか起きた。その後これまで同様の事例は起きていないが、アジサイの葉には嘔吐作用のある物質が含まれているという。もし仮に料理の添え物にアジサイがあったら食べてはいけないが、アジサイに含まれる何がいったい作用しているのだろうか。
アジサイへの注意喚起とは
アジサイに毒がある、というのは広く知られているようだが、これは2008年から2011年にかけて各地でアジサイによるものと考えられる食中毒が起きたからだ。2008年6月には茨城県の飲食店でアジサイの葉を食べた客8人が、また大阪府の居酒屋でアジサイの葉を食べた男性客が、そして2011年7月には秋田県の飲食店でアジサイの葉を食べた客5人が、それぞれ吐き気や発熱、めまいといった食中毒症状を起こした。
これらの事例では、料理に添えられたアジサイの葉を食べてしまい、その後、食中毒症状をうったえたのだが、実際、アジサイの葉は少し厚くて固いがオオバに似ていて刺し身のツマのように料理と一緒に出てくれば食べられるものと間違えやすい。ただ、食中毒といっても上記の事例での症状は、それほど重くなかったようだ。
2008年、食品安全委員会や厚生労働省は、自治体や保健所に対し、相次いでアジサイによる食中毒について情報提供を行った。そして、飲食店や消費者にアジサイの葉や花などを食品と一緒に提供せず、食べたりしないように注意喚起をし、販売者などには食用や料理の飾り用としての販売もしないよう指導することになった。
当初、アジサイ毒については、ビワ、アンズ、ウメ、モモなどのバラ科の植物の未熟な果実や種子に含まれる天然のシアン化合物(青酸配糖体)と同じ成分なのではないかと考えられていたが、厚生労働省はアジサイに青酸配糖体が含まれているという知見は十分ではないとして訂正する通達を出している。また、厚生労働省の「自然毒のリスクプロファイル:高等植物:アジサイ」では、アジサイの毒性成分は未だ明らかではないと述べている。
食中毒が起きてから、アジサイの毒性についてはいくつかの研究が出された。だが、青酸配糖体についての分析結果やアジサイに含まれる有害物質の成分量から人体に対する毒性の評価は分かれている(※1)。
厚生労働省の食品監視安全課に確認したところ、同省の見解としては、2008年に出されたアジサイを食べないように、料理と一緒に出さないようにという通達のまま、変わっていないという。また最近、アジサイの食中毒が起きていないのは、同省の注意喚起とそれによる自治体や保健所などの指導が奏功したと考えているようだ。
特有のアルカロイドが原因か
では、アジサイのどんな成分が、食中毒症状を引き起こすのだろう。国立衛生試験所(現・国立医薬品食品衛生研究所)で生薬部長などを務め、食べ物と薬を区別する食薬区分表の作成に携わってきた佐竹元吉さんにアジサイの毒性について話をうかがった。
──アジサイには青酸配糖体が含まれているのでしょうか。
佐竹「これは米国で家畜のウシがアジサイを食べて食中毒症状を起こし、その報告に青酸配糖体が含まれていたとされていたことからの誤解です。その後、この誤解が広まり、アジサイ属の学名『Hydrangea』と青酸の英語『Hydrocyanic acid』が似ていることもあって、アジサイの青酸配糖体が中毒症状を起こすと長く信じられてきたのでしょう。この誤解を訂正した1963年の研究(※2)でアジサイ毒として単離された『Hydrangin』という物質の化学式に窒素が含まれず、シアン化合物の『CN-』にはなりえないことがわかっているのです」
──では、アジサイを食べて食中毒を起こす物質はどんなものが考えられますか。
佐竹「お釈迦様の生誕を祝う花祭り(灌仏会)という行事があり、アマチャを仏像にかけたり飲んだりしますが、2010年に神奈川県で起きた濃く煮出し過ぎたアマチャによる集団食中毒の事例があります。多くのアマチャは、ユキノシタ科アジサイ属アマチャという植物の葉や枝先を揉んで乾燥させて作ります。分類学的にアマチャは野生のアジサイの変種で、甘みの強い系統をアマチャとして栽培しているわけです。アジサイとアマチャが含む共通する成分として、フェブリフジン(Febrifugine)があり、フェブリフジンは抗マラリア作用を持っているのですが苦味と嘔吐作用もあります。おそらく、青酸配糖体ではなく、アジサイのフェブリフジンが食中毒症状を引き起こしているのだと考えられます」
植物には食べられないためにアルカロイドという毒性が備わっていることが多い。アジサイの毒性もアルカロイドの一種だが、ある物質は毒にも薬にもなり、中国のジョウザンアジサイは漢方薬として使われてきた。アジサイがきれいな季節だが、アジサイの場合は食べずに眺めているほうがいいだろう。
※1-1:Seikou Nakamura, et al., “The absolute stereostructures of cyanogenic glycosides, hydracyanosides A, B, and C, from the leaves and stems of Hydrangea macrophylla” Tetrahedron Letters, Vol.50, Issue32, 4639-4642, 2009
※1-2:Wang Zhibin, et al., “New cyanoglycosides, hydracyanosides D, E, and F, from the leaves of Hydrangea macrophylla” Heterocycles, Vol.81(4), 909-916, 2010
※1-3:Chun-Juan Yang, et al., “Two New Cyanogenic Glucosides from the Leaves of Hydrangea macrophylla” molecules, Vol.17(5), 5396-5403, 2012
※1-4:正路直己、笠原義正、「アジサイ属植物による食中毒の原因究明」、山形県衛生研究所報、第46号、2013
※2:K H. Palmer, “The Structure of Hydrangin” Canadian Journal of Chemistry, Vol.41, 1963