「Ploom TECH」に「脳の機能」の一部に悪影響を与える危険性が?:Is there a danger that “Ploom TECH” will have an adverse effect on some of the “brain functions”?
加熱式タバコの喫煙者が増えているが、その健康への悪影響に関する研究は少ない。2019年に国内の研究者が発表した論文によれば、JT(日本たばこ産業)の加熱式タバコ、Ploom TECHのタバコ葉を調べたところ、一部の脳の機能に悪影響を及ぼすことが示唆されるという結果を得たという。論文の筆頭筆者に話を聞いたので研究内容を紹介する。
脳を変えるタバコ
加熱式タバコを含むタバコ製品に含まれるニコチンは、口の中に入った時点で急速に吸収され始め、肺から血液中へ入り、全身の臓器へ行き渡り、脳へは10秒という速度で到達する(※1)。
脳内に入ったニコチンは、ニコチン性アセチルコリン受容体にくっつき、ドーパミンなどの報酬系脳内物質を出す。これによって中毒性の依存症になるわけだ。
タバコを吸うことで、大脳皮質にあるこの受容体は3~4倍にまで増える。タバコは喫煙者の脳内でニコチン性アセチルコリン受容体を著しく増やし、そのことで脳の報酬系の回路を増やし、中毒性の依存症を加速させるというわけだ。
禁煙後、1ヶ月経たないとこの肥大した受容体は元には戻らず、6~12週間でようやくタバコを吸わない人と同じレベルに戻る(※2)。人間の脳には可塑性があり、また何かの影響で変異が起きても可逆的に元に戻ることがある。ニコチン自体は体内で代謝されて排出されるが、脳にできたこの回路は3ヶ月経たないと元に戻らない。
このように、タバコを吸うことで脳に変化が起きる。カナダのマギル大学の研究者によれば、タバコを吸うことで認知症が起きやすくなり、タバコを吸わない人に比べ、脳の大脳皮質が0.07~0.17ミリほども薄くなるという(※3)。
Ploom TECHに関する新研究
上記の研究は紙巻きタバコによる脳への影響だが、Ploom TECHなどの加熱式タバコではどうだろうか。
単純に考えれば、加熱式タバコには紙巻きタバコとほぼ同じ量のニコチンが含まれている。だから、ニコチン性アセチルコリン受容体を介した脳への作用も同じ影響になりそうだ。
だが、国内の若手研究者が2019年に発表した論文(博士論文)によると、血液脳関門(Blood-Brain Barrier、BBB)に関する限り、ニコチンの影響はみとめられない代わり、Ploom TECHのタバコ葉に含まれる何らかの物質が血液脳関門の機能の減衰を引き起こしていることが示唆されたという。
血液脳関門というのは、脳への物質の流入を制御する毛細血管のことだ。身体の各組織には血液によって酸素や栄養素などが運ばれるが、血液に含まれるこうした物質は血管の壁(内皮細胞)から組織へ移行する。
しかし、やたらな物質が入り込むと、大事な脳に悪影響を及ぼしかねない。なので、脳の毛細血管の壁には血液脳関門というバリア機能があり、血液中の物質を多様な運び屋(トランスポーター)によって選択的に脳へ運び入れている。
前述した研究者というのは、2019年に福岡大学薬学部大学院を修了した薬学博士、木村郁哉氏だ。
Ploom TECHとは、JTが製造販売している加熱式タバコのシステムで、現在、Ploom TECH(低温加熱型)、Ploom TECH+(低温加熱型)、Ploom S(高温加熱型)の3種類がある。それぞれ異なったタバコ・カプセルとスティックを使用して喫煙する。
木村氏の博士論文のタイトルは「脳神経血管機構ネットワークに対する喫煙の有害作用」で、その一部は英文雑誌に投稿されている(※4)。博士論文の中で英文論文以外の部分、それがPloom TECHのタバコ葉(タバコ・カプセル)から抽出した液体の血液脳関門のバリア機能への影響評価となる。
Ploom TECHを実験対象に選んだ理由
論文の実験で使用したPloom TECHは、バッテリー部分、カートリッジ部分、タバコ・カプセルで構成される加熱式タバコだ。カートリッジには揮発性リキッド(グリセリン、プロピレングリコールなど)が入っている。
バッテリー部分からの熱で加熱されたリキッドが蒸気になり、タバコ・カプセルの中に詰められたタバコ葉をリキッドの蒸気が通過することでタバコ葉のニコチンなどを吸い込む。
木村氏に、論文のPloom TECHについての内容をメールのやり取りで聞いた。
──加熱式タバコにはIQOS(フィリップモリス・インターナショナル)やglo(ブリティッシュ・アメリカン・タバコ)などがありますが、その中からPloom TECHを選んだのはどのような理由からでしょうか。
木村「Ploom TECHであれば、タバコ葉成分の抽出が擬似的に再現可能と考えたのが理由です。IQOSではタバコ葉から成分を抽出するのに300℃という高温で加熱する必要があるのに対し、Ploom TECHは約30℃と低温で抽出するデバイスであるため、特殊な装置を必要とせず、検討に用いることができるのではと考え、Ploom TECHを選びました。また、Ploom TECHでは水、グリセリン、プロピレングリコールからなるエアロゾルにより、成分を抽出するというデバイスであることから、各溶媒にて抽出することで液体として抽出物を得ることができ、細胞実験に用いるのが容易だったという理由もあります」
──論文では、血液脳関門の機能に対し、ニコチンの影響がみられないという結論になっていますが、これはどういうことを意味しますか。
木村「実験の結果より、ニコチンは脳血管内皮細胞による障壁能という点においては影響を与えないことが示唆されます。しかし、脳血管内皮細胞周囲には神経細胞をはじめ様々な細胞が存在し、相互にネットワークを形成することで脳機能を維持しています。そのため、脳血管内皮細胞以外の細胞へのニコチンの影響や各細胞間ネットワークへのニコチンの影響については検討の必要があり、実際にPloom TECHを使用した際、脳血管内皮細胞に暴露するニコチンが血液脳関門に対して影響を与えないと言うことはできない、と考えています」
──喫煙によるニコチンのニコチン性アセチルコリン受容体への刺激は、細胞内へのカルシウム流入をうながし、それは血液脳関門の機能低下をもたらしますが、その一方でニコチンによる刺激が(アゴニストの複雑な作用があるものの)血液脳関門の機能増強をもたらし、結果的にプラスマイナスで影響がないということでしょうか。
木村「ご指摘の通り、ニコチンは脳血管内皮細胞に発現するニコチン性アセチルコリン受容体を刺激し、脳血管内皮細胞内にカルシウムの流入を生じさせます。そして実験結果より、α7ニコチン性アセチルコリン受容体の活性化は血液脳関門の機能を増強させる一方、ニコチンは他のニコチン性アセチルコリン受容体も同時に刺激するため、複雑な作用の結果プラスマイナスゼロとなり、ニコチンは脳血管内皮細胞による障壁能に対しては影響を与えないと考えています。ただ、脳血管内皮細胞とアストロサイト(神経と血管の間を取り持って伝達物質をやり取りする星状膠細胞)の共培養モデルやin vivo(生体内実験)においては、ニコチン処理により血液脳関門の機能が低下することを示唆する報告もあるため、拙論文から言えるのは、ニコチンは脳血管内皮細胞が形成する障壁能に対して直接的には影響しない、ということだと考えています」
Ploom TECHが安全かどうかの判断規準に
──ニコチンとの関係ですが、喫煙時に生じる虚血(局所的な貧血)によって血管機能の低下(血小板由来増殖因子のサブユニット同士の連絡=PDGF-BB/PDGFRβ signalingが減弱)は、ニコチンによる血管収縮作用と関係はないのでしょうか。
木村「関係があると考えていますが、このことを示すデータを持ち合わせておりません。今回検討に用いた虚血条件は5%=CO2/95%=N2と非常に厳しい条件であり、喫煙時を模したもう少しマイルドな低酸素条件のPDGF-BB/PDGFRβ signalingへの影響について検討が必要だと考えています」
──ニコチンによる血液脳関門の機能低下はみとめられなかったものの、Ploom TECHのタバコ・カプセル中のタバコ葉からの抽出物による血液脳関門の機能低下はみとめられたのは確かでしょうか。
木村「論文に用いたPloom TECHのタバコ葉抽出物の暴露量というのは通常のPloom TECHの喫煙においては想定しづらいほどの高濃度となります。そのため、今回得られた結果からはPloom TECHのタバコ葉中には血液脳関門を破綻させる物質が存在する、ということは言えますが、これはあくまでPloom TECHの喫煙が血液脳関門を破綻させる『可能性があることを提示した』ものであり、現状ではPloom TECHの喫煙=有害と言い切れるものではないと考えています」
──では、研究に用いたPloom TECHのタバコ葉抽出物の細胞曝露量は、どれくらいの高濃度になりますか。
木村「今回用いた曝露量が具体的に通常の何倍か、というのは検討したデータが無いため回答しかねます。通常Ploom TECHを使用する際は吸引時の一瞬だけエアロゾルがタバコ葉に触れ成分を抽出するのに対し、実験ではタバコ葉を各溶媒に2時間も浸漬させているため、曝露量が非常に高濃度だと予想はしているものの、実際の使用との比較はまだ検討できておりません」
──日常的にPloom TECHのタバコ・カプセルを仮に5個/日使用するなら1ヶ月で約150個になりますが、物質の影響は少しずつ蓄積、あるいは間欠的に何らかの影響を与えるということが予測されますか。
木村「ご指摘の通り、長期にわたりPloom TECHを使用することで血液脳関門の機能を低下させる物質が体内に徐々に蓄積し、影響が出る可能性はあると思います。拙論文の結果から得られる血液脳関門の機能低下を招く曝露量は、実際に血液脳関門の機能低下の原因物質を同定でき、さらにPloom TECH喫煙者の血液中におけるその原因物質の濃度測定まで可能、となった際にPloom TECHの使用が安全かどうかを判断する基準となるものと考えています。すなわち、原因となる物質の血中濃度を測定し、かつ実験において物質透過性が亢進した濃度と比較することができれば、Ploom TECHの使用の安全性または危険性の評価につながると考えています」
血液脳関門の機能低下による影響
──では、血液脳関門の機能低下を誘導するPloom TECHのタバコ葉に含まれる原因物質は何か予想できるものはありますか。
木村「候補として絞れている物質はまだありません。ただ、今回用いた各溶媒によるタバコ葉抽出物中には、紙巻きタバコ煙による有害作用の原因として挙げられているアクロレイン(Acrolein)、ホルムアルデヒド(Formaldehyde)、アセナフテン(Acenaphthene)、ベンズアルデヒド(Benzaldehyde)がほとんど含有されていなかったことから、これら以外の物質が原因と考えられます」
──最後に、血液脳関門の機能が低下することでどんな影響が出てくると考えられますか。
木村「血液脳関門の機能が低下することで、血漿タンパク質や免疫担当細胞が脳実質へと漏出し、アルツハイマー病や多発性硬化症といった様々な神経変性疾患の発症・進展につながると考えています。また、通常は血液脳関門により脳実質への移行が制限される薬物が、血液脳関門の機能低下により脳実質へと移行することで中枢性副作用が発現する可能性が推察できます」
加熱式タバコに新たな研究が
加熱式タバコのIQOSについては世界的なシェアの大きさにより研究も多く、健康への悪影響が少しずつ明らかになってきた(※5)。
だが、これまでPloom TECHに関する研究ではJTの研究者が行ったものが多く、これらの研究では紙巻きタバコに比べて有害物質は少ないという結果が出ている(※6)。
第三者による研究はまだ多くないが、日本で販売されている3種類の加熱式タバコを比較した第三者による研究(※7)によれば、グリセロールとプロピレングリコールを合わせると紙巻きタバコに比べてPloom TECHの主流煙が最も多くの物質を含んでいたという。ちなみに、JTはグリセロールとプロピレングリコールの有害性を否定している。
また、JTの関連団体(喫煙科学研究財団)から研究資金を得て研究した第三者による論文(※8)によれば、Ploom TECHよりIQOSのほうが発がん性のあるタバコ特異的ニトロソアミンの量が多かったという(※9)。
今回、紹介した研究は、血液脳関門は脳へ有害物質が入り込むのを防いでいるが、Ploom TECHに含まれる何らかの物質がそのバリア機能に悪影響を及ぼす危険性があるというものだ。それは蒸気になったグリセリンやプロピレングリコールかもしれないし、未知の物質かもしれない。
4月1日からは改正健康増進法が全面施行され、喫煙できる場所も減っていくだろう。喫煙によって感染リスクや重篤化するリスクが高まるとされる新型コロナ感染症も恐ろしい。
この際、加熱式タバコもきっぱりやめてしまったほうがいいのではないだろうか。
※1:Janne Hukkanen, et al., “Metabolism and Disposition Kinetics of Nicotine.” Pharmacological Reviews, Vol.57(1), 79-115, 2005
※2-1:David C. Perry, et al., “Increased Nicotinic Receptors in Brains from Smokers: Membrane Binding and Autoradiography Studies.” Journal of Pharmacology and Experimental Therapeutics, Vol.289, Issue3, 1999
※2-2:Kelly P. Cosgrove, et al., “β2-Nicotinic Acetylcholine Receptor Availability During Acute and Prolonged Abstinence From Tobacco Smoking.” JAMA, Vol.66(6), 666-676, 2009
※3:S Karama, et al., “Cigarette smoking and thinning of the brain’s cortex.” Molecular Psychiatry, vol.20, 778-785, 2015
※4-1:Ikuya Kimura, et al., “Activation of the α7 nicotinic acetylcholine receptor upregulates blood-brain barrier function through increased claudin-5 and occludin expression in rat brain endothelial cells.” Neuroscience Letters, doi.org/10.1016/j.neulet.2018.11.022, 2018
※4-2:Ikuya Kimura, et al., “Oligodendrocytes upregulate blood-brain barrier function through mechanisms other than the PDGF-BB/PDGFRα pathway in the barrier-tightening effect of oligodendrocyte progenitor cells.” Neuroscience Letters, doi.org/10.1016/j.neulet.2019.134594, 2019
※5-1:Pooneh Nabavizadeh, et al., “Vascular endothelial function ins impaired by aearosol from a single IQOS HeatStick to the same extent as by cigarette smoke.” Tobacco Control, Vol.27, Issue Suppl1, 2019
※5-2:Barbara Davis, et al., “Comparison of cytotoxicity of IQOS aerosols to smoke form Marlboro Red and 3R4F reference cigarettes.” Toxicology in Vitro, Vol.61, 2019
※6-1:Yasunori Takahashi, et al., “Chemical analysis and in vitro toxicological evaluation of aerosol from a novel tobacco vapor product: A comparison with cigarette smoke.” Regulatory Toxicology and Pharmacology, Vol.92, 94-103, 2018
※6-2:Dai Yuki, et al., “Assessment of the exposure to harmful and potentially harmful constituents in healthy Japanese smokers using a novel tobacco vapor product compared with conventional cigarettes and smoking abstinence.” Regulatory Toxicology and Pharmacology, Vol.96, 127-134, 2018
※7:Shigehisa Uchiyama, et al., “Simple Determination of Gaseous and Particulates Compounds Generated form Heated Tobacco Products.” Chemical Research in Toxicology, Vol.31, Issue7, 585-593, 2018
※8:Atsushi Ishizaki, Hiroyuki Kataoka, “A sensitive method for the determination of tobacco-specific nitrosamines in mainstream and sidestream smokes of combustion cigarettes and heated tobacco products by online in-tube solid-phase microextraction coupled with liquid chromatography-tandem mass spectrometry.” Analytics Chimica Acta, doi.org/10.1016/j.aca.2019.04.073, 2019
※9:NNK=4-(methylnitrosamino)- 1-(3-pyridyl)-1-butanoneはIQOS(Marlboro)0.42±0.01ngだがPloom TECH(MEVIUS)検出限界以下(ND)、NNN=N0-nitrosonornicotineはIQOS(Marlboro)0.55±0.03ngに比べてPloom TECH(MEVIUS)は0.16±0.01ng、ヒトに対する発がん性が疑われるNAT=N0- nitrosoanatabineはIQOS(Marlboro)0.38±0.07に比べてPloom TECH(MEVIUS)0.09±0.01、NAB=N0-nitrosoanabasineはIQOS(Marlboro)0.04±0.00に比べてPloom TECH(MEVIUS)検出限界以下(ND)