新型コロナ感染症:「行動制限」全国へ~人は「社会的つながり」がないと死んでしまう:COVID-19:People will die if they don’t have “social connections”.
新型コロナウイルス(SARS-CoV-2)感染症(COVID-19、以下、新型コロナ感染症)の流行が止まらない。自粛で自宅待機が増えているが、気になるのは人との接触が減ることによる精神・身体的な健康への悪影響だ。どんな悪影響が考えられるのだろう(この記事は2020/04/16時点の情報に基づいて書いています)。
閉塞状態による精神と身体の不健康
世界中の人が、新型コロナ感染症の感染リスクにさらされ、孤立・隔離された生活を強いられ、自粛することで短調な毎日を送っている。
政府は緊急事態宣言を全国の自治体に広げ、人の活動を極力8割減らすことで感染拡大を防ぐように要請している。大人も子どもも自粛し、自宅に閉じこもらざるを得なくなる人が増え、心理的な圧迫を感じることも多い。
生活パターンが普段とは全く異なり、家族と接する時間が増えるのと逆にその他の社会的交友関係が減り、刺激の少ない単調な毎日にイライラが募る。外出できない不満が少しずつ蓄積し、次第に生活のリズムもおかしくなり始める。そんな人も少なくないのではないだろうか。
人間がこうした閉塞状態に長くいると、健康などへの悪影響など様々な弊害が起きてくる。例えば、東日本大震災後の福島では、避難所生活をおくっていた人や放射能被曝を恐れて外出を控えた子どもや高齢者に、精神・身体的な不健康状態が起きている(※1)。
こうした隔離閉鎖環境におけるストレス研究には、極地や炭鉱事故などの特殊環境から宇宙開発での宇宙飛行士に関するものがあるが(※2)、これまでは主に心血管系、内分泌系、免疫系、筋骨格系、体温調節、運動機能低下、概日リズム、睡眠、月経周期の変調といった身体的な影響に関するものも多い(※3)。
一方、最近では火星探査という長期的なミッションが現実的になったこともあり、隔絶空間に置かれた人間の心理や行動に関する研究も増えてきた(※4)。それによれば、全体としては健康な状態を保ちつつ、知性と倫理性を兼ね備え、過酷な訓練を積んだ宇宙飛行士も長期間、閉塞空間にいると時として心理的にネガティブな状態や抑うつ状態になったりするという。
ロゼト効果とは何か
人間にとって社会的なつながりのない孤独な状態は心身ともに危険と言われる(※5)。
例えば、社会的なサポートを受けているか、配偶者がいるか、一人暮らしで食事も一人が多いか、地域のコミュニティに参加しているかといった要素を規準にし、総数約31万人が参加した世界各国の148論文を比較したメタ・アナリシス研究(※6)によると、社会的な結びつきがより強い人は生存率が約50%も増加したという。
社会的な結びつきが強い人はタバコを止めるのに匹敵するほど死亡率を低くする効果があるなど、社会的な結びつきと健康や寿命などとの関係が否定されたものは148論文の中にほとんどなかった。この論文の研究グループによれば、母数を大きくして精査すれば、この要因はさらに大きくなる可能性があるという。
また、東北大学大学院歯学研究科の相田潤准教授ら日英共同研究グループによる研究(※7)によれば、日本人の男性では友人とのつながりを増やし、タバコを止めること、日本人の女性でも友人とのつながりを増やし、痩せ過ぎに注意することで寿命を伸ばすことができるという。これは、65歳以上の日本人1万3176人とイングランドの英国人5551人を9.4年間、追跡したデータの分析による研究で、人間同士のつながりがいかに健康にとって重要かわかる。
社会的な結びつき(ソーシャル・キャピタル)が健康に与える影響のメカニズムはまだよくわかっていないが、ストレスや情動反応、愛情、友情、交友などによって脳内のホルモンとそれによる代謝系、免疫系になんらかの影響が出るためではないかと考えられている(※8)。
社会的な結びつきの研究で有名なのは、米国ペンシルベニア州にあるイタリア系移民が中心のロゼト(Roseto)という小さな町についての調査研究だ(※9)。
心筋梗塞による死亡率を1955年から10年間で比べてみたところ、この町は周辺の町より異常に死亡率が低かった。55歳から64歳という心筋梗塞のリスクが高くなる年齢層の男性で、ロゼト住民では心臓発作がほとんどみられず、65歳以上の死亡率が全米平均が約2%のところロゼトの男性は約1%だったという。
イタリア系移民の多い町だから、食生活もコレステロール値の高いものが多く、喫煙率も飲酒率も高かった。また、ロゼトの男性の多くは、煤煙まみれになりやすい採石場で働いていたため、労働環境は必ずしも良くはない。
なぜロゼトの男性の心筋梗塞リスクが低いのか、いろいろ考えられた結果、社会的な結びつきや絆の強さによる影響と推測される。同じイタリアのある地域から集団で米国へ移民し、結びつきの強い共同体として長くともに町を形成してきたからで、これをロゼト効果(Roseto effect)という。
まずは自分の健康を保つ
人間の経済活動のほとんどは、他者とのつながりがなければ不可能だ。社会的なつながりがなくなると精神・身体の健康に大きな悪影響が生じる。
新型コロナ感染症の弊害は様々なところに出てくるが、人類にとって最も厄介なのは、この社会的なつながりを希薄にせざるを得なくなることだろう。これは特に子どもや高齢者にとって深刻な問題となる。
テレワーク、VRやAR、遠隔授業、遠隔診療、SNS……。こうしたIT技術を利用した方法にも限界がある。人間はやはり生身の触れ合い、近しい親しいなつながりが必要だからだ。
こうした状況でも、一緒に暮らす親子や夫婦などの家族とは日常的に接し続けている人も多いだろう。仕事や学校に行けなくなり、こうした身近な人間関係を再構築することが必要になるかもしれない。そして、こんな時こそ、DVや児童虐待への行政や支援団体による助けが必要となる。
子どもは環境に影響されやすい。保護者は、彼らが恐怖や不安を感じているサインを見逃さず、適切な態度で接することに心掛けたい。
また、子どもの日常的なリズムを崩さず、通常通りのサイクルで過ごさせることも大切だろう。テレビ会議やSNSなどで、家の中にいても友人同士の社会的な交流を途絶えさせない工夫も必要だ。
新型コロナ感染症では高齢者が重篤化するケースが多く報告され、高齢者も不安や恐怖を抱えている。特に単身の高齢者は孤独になりやすく、情報が遮断され、不確実で誤った情報を受け入れる危険性も高い。
理解力や認知力が衰えてきている場合も多く、文字や画像での情報共有が重要となる。社会的なつながりが途絶えないよう、高齢者のメンタルヘルスのケアも特に重要になってくるだろう。
今回の新型コロナ感染症では、いつ収束・終息するかわからないことも不安要因だ。長丁場になるという報道ばかりで気が滅入る。
やはり、身体的に健康状態を保つことが大切だろう。目指す数値の達成にこだわり過ぎる、いわゆる目標依存症に注意しつつ、外へ出て散歩やジョギングし、定期的に換気して空気を入れ換え、室内で筋トレなどに励むのもいい。
生活のリズムが乱れることで精神・身体的な健康状態が保てなくなることも多い。過度なアルコール摂取、栄養バランスのとれない不規則な食事には要注意だし、適切な就寝・睡眠時間はとても重要だ。
古人曰く「命あっての物種」と。コロナ禍が終息し、社会的なつながりが再開された時のためにも、自分の精神・身体の状態を健康に保っておきたい。
※1:草野つぎ、藤田京子、「東日本大震災の広域・複合災害による福島県民の健康問題に関する文献検討─2011年4月~2015年3月までに発表された論文に焦点を当てて─」、日本地域看護学会誌、第20巻、第3号、2017
※2-1:Lawrence A. Palinkas, et al., “Incidence of psychiatric disorders after extended residence in Antarctica.” International Journal of Circumpolar Health, Vol.63, Issue2, 2004
※2-2:N Kanas, et al., “Psychology and culture during long-duration space missions.” Acta Astronautics, Vol.64, Issue7-8, 659-677, 2009
※2-3:Carole Tafforin, “Time Effects, Cultural Influences, and Individual Differences in Crew Behavior During the Mars-500 Experiment.” Aviation, Space, and Environmental Medicine, Vol.84, No.10, 2013
※3:Lucrezia Zuccarelli, et al., “Human Physiology During Exposure to the Cave Environment: A Systematic Review With Implications for Aerospace Medicine.” Environmental, Aviation and Space Physiology, doi.org/10.3389/fphys.2019.00442, 2019
※4-1:A G. Vinokhodova, et al., “Psychological selection and optimization of interpersonal relationships in an experiment with 105-days isolation.” Human Physiology, Vol.38, 677-682, 2012
※4-2:Candice A. Alfano, et al., “Long-duration space exploration and emotional health: Recommendations for conceptualizing and evaluation risk.” Acta Astronautica, Vol.142, 589-299, 2018
※5-1:Lisa F. Berkman et al., “From social integration to health: Durkheim in the new millennium.” Social Science & Medicine, Vol.51, 843-857, 2000
※5-2:Sheldon Cohen, “Social Relationships and Health.” American Psychologist, 59(8), 676-684, 2004
※6:Julianne Holt-Lunstad, et al., “Social Relationships and Mortality Risk: A Meta-analytic Review.” PLOS ONE, doi.org/10.1371/journal.pmed.1000316, 2010
※7:Jun Aida, et al., “Social and Behavioural Determinants of the Difference in Survival among Older Adults in Japan and England.” Gerontology, DOI: 10.1159/000485797, 2018
※8-1:Caroline F. Zink, et al., “Human Neuroimaging of Oxytocin and Vasopressin in Social Cognition.” Hormones and Behavior, Vol.61(3), 400-409, 2012
※8-2:Camelia E. Hostinar, et al., “Psychobiological Mechanisms Underlying the Social Buffering of the HPA Axis: A Review of Animal Models and Human Studies across Development.” Psychological Bulletin, Vol.140(1), 2014
※9:Brenda Egolif, et al., “The Roseto Effect: A 50-Year Comparison of Mortality Rates.” American Journal of Public Health, Vol.82, No.8, 1992