新型コロナ感染症:WHOはなぜ「無症状の感染者は感染させにくい」と発言したのか:COVID-19:Why did the WHO say that asymptomatic patients are less likely to be infected?
新型コロナウイルス(SARS-CoV-2)感染症(COVID-19、以下、新型コロナ感染症)の感染メカニズムが少しずつわかってきたが、症状が軽かったり無症状だったりする感染者から感染するかどうかで議論に混乱が生じている。これまでに出た論文から、この問題の真偽について考える(この記事は2020/06/11時点の情報に基づいて書いています)。
感染対策を否定する発言
WHO(世界保健機関)が6月8日のメディア・ブリーフィングで「無症状の人が他の人へ感染せるのはとても珍しい」と述べた。
するとこの発言に対し、世界中の専門家から異議が唱えられた。WHOは対応に追われたが、この発言は新型コロナ感染症の感染拡大対策を根底からくつがえすかもしれないからだ。
我々が発熱や長引く咳、倦怠感といった症状を起こしていなくても、外出を自粛してテレワークをし、いわゆる「3密」を避けたりソーシャル・ディスタンシングをとり、手指衛生やマスクの装着に神経質になっているのは、もしかしたら自分が感染してウイルスをもっているかもしれなかったり、同じような人に接触する危険性があるからに他ならない。
また、医療現場でも無症状(不顕性)感染者が患者さんとして来院することに注意し、医療関係者も自らがそうであるリスクを恐れながらウイルスに対峙してきた(※1)。
6月8日のWHOの発言は、こうしたことを否定する危険性がある。では、無症状の感染者からは感染するのだろうか。
実際、これまでの多くの症例研究や論文で、新型コロナ感染症の無症状(不顕性)の感染者がいることが報告されてきた。記憶が薄れている人も多いと思うが、そもそも2月6日に中国からチャーター機で帰国した日本人の中に無症状の感染者がいたことがわかっている。
また、こちらのほうは覚えている人が多いかもしれないが、クルーズ船ダイヤモンドプリンセス号の患者さんを調べた研究によれば、調査した104人の感染者のうち76人(73%)が無症状だったという。また、CT画像診断により、無症状の患者さんのうち41人(54%)が肺炎にかかっていたことがわかった(※2)。
クルーズ船といえば、3月中旬に南米アルゼンチンを出港した南極ツアーのクルーズ船では128人の新型コロナウイルス陽性の患者さんが確認されたが、そのうちの104人、81%が無症状だったという(※3)。この論文の著者らはPCR検査による有病率を過小評価するなと警告している。
枚挙に暇がない感染例
緊急事態宣言の解除後にクラスターが発生した北九州市によれば、2020年6月10日時点での検査陽性者が累計で223人、そのうち無症状が68人だ。これによると、約30%が無症状の感染者ということになる。
新型コロナ感染症では、都市封鎖や自宅待機のため、家族内でクラスターが発生するケースも多かった。こうした家族クラスターの中国やアジア各国での症例報告でも無症状の感染者がいたことがわかっている(※4)。
こうした無症状の新型コロナウイルスの感染者に関する論文は多い。これらを集めて比較したレビューも出ているくらいだ(※5)。
では、無症状の感染者は、他者へ感染させるのだろうか。
中国とアジア各国の臨床データを研究した論文(※4-2)では、感染者が他者へ感染させる感染力は、発症する2~3日から高まるとし、発症後7日以内に感染力が低下するとしている。発症前、つまり症状が出ていなくても感染力があるということだ。
また、中国重慶の無症状の患者さんを調べた研究によれば、その一部には他者へ感染させたことが確認されたという(※6)。この調査によれば、2020年1月から3月に入院した新型コロナウイルスの患者さんのうち23%が無症状で、そのうち9人が他者へ感染させたとしている。
WHOは保守的であるべきだが、こうして多くの症例報告や論文があるのにもかかわらず、なぜメディア・ブリーフィングで上記のような発言をしたのだろうか。
もちろん、無症状(不顕性)というカテゴリーを厳密に当てはめるのは難しい。基礎体温に個人差があるし、もともと喘息などの既往症をもっている人も多い。感染しても少し体調を崩した程度になってあまり気にとめない人もいれば、CT画像診断でなければ肺炎になっていたことがわからないケースもあるようだ。
だからこそ、安易に無症状の感染者から感染するリスクは低いと述べてはいけない。
PCR検査は過信できないし、現状、新型コロナウイルスに関する抗体検査はまだ不正確な段階であり、感染していても症状が軽かったり無症状であったりする過去感染を含む感染者を正確に見つけ出すことは難しい。
また、感染していても感染力があるとは限らず、不顕性感染者にも感染力の強い人とそうでない人が混在していると考えられる。感染力の強弱にかかわらず、無症状の感染者を見つけ出すためには、数十万人から数百万人規模で感度の高い検査を行う必要があり、現実的ではない。
新型コロナウイルスは、鼻や喉などの上気道、気管から気管支、肺までの下気道に感染することが多いが(※7)、くしゃみや咳、鼻水などの症状が出ていなくても会話などでウイルスが外へ出ていくことがある(※8)。
無症状の感染者が感染制御のためのアキレス腱になると警告する研究者もいる(※9)。やはり、自らへの感染リスクを下げ、他者へ感染させないためには、手指衛生やマスクの着用、ソーシャル・ディスタンシングという方法を地道にやっていくことが必要だ。
※1:Thomas A. Treibel, et al., “COVID-19: PCR screening of asymptomatic health-care worker at London hospital.” THE LANCET, Vol.395, Issue10237, 1608-1610, May, 23, 2020
※2:Shohei Inui, et al., “Chest CT Findings in Cases from the Cruise Ship “Diamond Princess” with Coronavirus Disease 2019 (COVID-19).” Radiology: Cardiothoracic Imaging, Vol.2, No.2, March, 17, 2020
※3:Alvin J. Ing, et al., “COVID-19: in the footsteps of Ernest Shackleton.” BMJ Thorax, doi.org/10.1136/thoraxjnl-2020-215091, May, 18, 2020
※4-1:Xingfei Pan, et al., “Asymptomatic cases in a family cluster with SARS-CoV-2 infection.” THE LANCET Infectious Diseases, Vol.20, Issue4, 410-411, April, 1, 2020
※4-2:Xi He, et al., “Temporal dynamics in viral shedding and transmissibility of COVID-19.” nature medicine, Vol.26, 672-675, April, 15, 2020
※5:Daniel P. Oran, Eric J. Topol, “Prevalence of Asymptomatic SARS-CoV-2 Infection A Narrative Review.” Annals of Internal Medicine, doi.org/10.7326/M20-3012, June, 3, 2020
※6:Yubo Wng, et al., “Characterization of an asymptomatic cohort of SARS-COV-2 infected individuals outside of Wuhan, China.” Clinical Infectious Diseases, doi.org/10.1093/cid/ciaa629, May, 22, 2020
※7:Fengting Yu, et al., “Quantitative Detection and Viral Load Analysis of SARS-CoV-2 in Infected Patients.” Clinical Infectious Diseases, doi.org/10.1093/cid/ciaa345, March, 28, 2020
※8:Philip Anfinrud, et al., “Visualizing Speech-Generated Oral Fluid Droplets with Laser Light Scattering.” The NEW ENGLAND JOUNAL of MEDICINE, Vol.352, 2061-2063, DOI: 10.1056/NEJMc2007800, May, 21, 2020
※9:Monica Gandhi, et al., “Asymptomatic Transmission, the Achilles’ Heel of Current Strategies to Control Covid-19.” The NEW ENGLAND JOUNAL of MEDICINE, Vol.382, 2158-2160, doi.org/10.7326/M20-3012, May, 28, 2020