なぜ「歌舞伎」役者は他の伝統芸能者に比べて「短命」だったのか:Why were “kabuki” actors “short-lived” compared to other traditional Japanese performers?

 東京工業大学の研究グループが発表した最近の研究によると、歌舞伎役者の寿命は茶道、落語、長唄という他の伝統芸能演者に比べて短いことがわかったという。歌舞伎の役者は運動量が多い伝統芸能の演者だが、座りっぱなしが多いと想像される他の演者に比べてなぜ寿命が短いのか疑問も多い。

なぜ予想に反する結果が

 この論文は科学雑誌『nature』の「Humanities & Social Science Communications」に2020年5月18日に公開されたもので、東京工業大学の研究グループによるものだ(※1)。

 同研究グループは、1701年から2006年の間に生まれた日本の伝統芸能の演者706人のデータベースを作成し、亡くなった年齢を調べた。例えば、1701年生まれは「Sadatake」という人で53歳まで存命している。

 その後、その中から699人の男性の演者(参考として徳川将軍と天皇)それぞれの寿命と歌舞伎(150人:死亡120例)、茶道(82人:死亡59例)、落語(115人:死亡75例)、長唄(119人:死亡89例)という伝統芸能の4ジャンルとの関係をカプランマイヤー分析により比較してみたという。カプランマイヤー分析とは、ランダム化比較試験の評価などで使用される経時的な生存確率を知るための方法だ。

 その結果、予想に反し、歌舞伎の演者の寿命が他の4ジャンルの演者に比べて特に短いことがわかったという。

 これまで運動と健康に関する研究は多かったが、ダンサーなどの過激な運動を続ける職業の人の死亡率に関する研究は少なかった。この研究グループは、座りがちな伝統芸能である茶道、落語、長唄のほうが、日常的に身体を使った演技をする歌舞伎役者より短命と予想したがそうではなかったことになる。

 過去の研究から運動の習慣が激しいほど寿命が長くなることがわかっていて(※)、歩く速さや握力などの身体能力のレベルが高いほど死亡率が低いようだ(※)。一方、座りがちな生活習慣の人は生活習慣病や不健康さ、短い寿命と関係することもわかってきている(※)。

歌舞伎(黒線)、長唄(赤点線)、落語(緑点線)、茶道(紫点線)の経時的な年齢による死亡率のカプランマイヤー分析によるグラフ。Via:Naoyuki Hayashi, Kazuhiro Kezuka, “The influence of occupation on the longevity of Japanese traditional artists.” nature, Humanities & Social Science Communications, 2020

 定期的な激しい運動を長期間、行うサンプルとして寿命に関する300年以上のデータが残っている歌舞伎役者の存在は貴重だ。この研究グループによれば、歌舞伎役者は年に5回から27回の公演を行い、各回の演技は約1時間かかるという。また公演に備えた稽古も毎日のように繰り返されるという。

 歌舞伎の演目には、重量のある衣装をまといながらの激しい身体活動が要求されるものがある。上記の研究とは矛盾するが、こうした職業としての日常的な過激な運動が寿命を縮めた可能性も否定的しきれない。

 また、この研究グループは過度な身体活動に加え、歌舞伎役者が粧う白粉に含まれる鉛の影響(現在は使われていない)、遺伝的な影響、社会文化的な影響を考えているという。一方、データベースから選択されたのが男性のみだったこと、当時の食生活や衛生環境などの影響を考慮していないことなどの限界があると付け加えている。


※1:Naoyuki Hayashi, Kazuhiro Kezuka, “The influence of occupation on the longevity of Japanese traditional artists.” nature, Humanities & Social Science Communications, Vol.6: 98, doi.org/10.1057/s41599-020-0476-6, May, 18, 2020

※2-1:Oscar H. Franco, et al., “Effects of Physical Activity on Life Expectancy with Cardiovascular Disease.” JAMA Internal Medicine, Vol.165(20), 2355-2360, 2005

※2-2:Guenther Samitz, et al., “Domains of physical activity and all-cause mortality: systematic review and dose-response meta-analysis of cohort studies.” International Journal of Epidemiology, Vol.40, 1382-1400, 2011

※2-3:Scott A. Lear, et al., “The effect of physical activity on mortality and cardiovascular disease in 130,000 people from 17 high-income, middle-income, and low-income countries: the PURE study.” THE LANCET, Vol.390, Issue10113, 2643-2654, 2017

※3:Rachel Cooper, et al., “Objectively measured physical capability levels and mortality: systematic review and meta-analysis.” BMJ, Vol.341, c4467, 2010

※4-1:E G. Wilmot, et al., “Sedentary time in adults and the association with diabetes, cardiovascular disease and death: systematic review and meta-analysis.” Diabetologia, Vol.55, 2895-2905, 2012

※4-2:Aviroop Biswas, et al., “Sedentary Time and Its Association With Risk for Disease Incidence, Mortality, and Hospitalization in Adults: A Systematic Review and Meta-analysis.” Annals of Internal Medicine, Vol.162(2), 123, 2015