タバコの「値上げ」は「喫煙率」をどれだけ下げるのか
たばこ税増税によるタバコの値上げが話題だが、今の税制で紙巻きタバコの場合、2021年10月の増税が最後となる。タバコの価格が上がると喫煙者が減るという研究があるが、今回の値上げでどれくらい喫煙率は下がるのだろうか。
加熱式タバコの価格は据え置き
日本たばこ産業株式会社(以下、JT)は2021年7月30日、「たばこ税増税等に伴うたばこの小売定価改定の認可申請について」というリリースを出した。これによると、2021年10月のたばこ税の増税に伴い、紙巻きタバコ127銘柄、葉巻タバコ18銘柄、パイプ・タバコ3銘柄、刻みタバコ3銘柄、かぎタバコ22銘柄の合計173銘柄の値上げ申請を財務大臣に行ったという。この中に加熱式タバコは入っておらず、葉巻タバコは軽量葉巻(リトルシガー)という廉価版だ。
プルームテック(Ploom TECH、JT)、アイコス(IQOS、フィリップモリス)、グロー(glo、ブリティッシュ・アメリカン・タバコ)といった加熱式タバコの増税もこの10月に行われるが、各社はすでに加熱式タバコの価格競争に入っており、加熱式タバコは2020年10月にすでに30円ほど値上げ済みだし、2022年10月に5回目(現税制で最終)の増税があるので、各社にらみ合いで価格据え置きにしたのだろう。
また、リトルシガーと呼ばれる葉巻タバコは、紙巻きタバコの値上げで離れる喫煙者をつなぎ止めるため、葉巻タバコの税率が低いことを利用して価格を安くした製品だ。
今回のJTの値上げ申請に対し、フィリップモリスなども追随すると考えられるが、これにより、JTが紙巻きタバコの主力としている「メビウス」(20本入り)は540円から580円へ、「セブンスター」(20本入り)と「ピース」(20本入り)は560円から600円へ、リトルシガーの葉巻タバコは税率を紙巻きタバコと同じにするという2020年の税改正により「キャメル」(20本入り)が400円から500円へ一気に100年の値上げとなる予定だ。
ちなみに、日本には「たばこ事業法」という法律があり、タバコの小売価格を変えようとすると財務大臣の認可が必要となる。
JTの値上げで興味深いのは、いわゆる「アメスピ(ナチュラル・アメリカン・スピリット)」と呼ばれる銘柄の値上げで、現行570円がメビウスやセブンスターと同じ40円値上げの610円とならず、600円にされている点だろう。「アメスピ」がJTから製造販売されているのを知らない喫煙者も多そうだが、この製品は低農薬やオーガニックをうたい、パッケージにネイティブ・アメリカンを配したもので、より安全な製品で安心したい喫煙者へ訴求し、文化的資源を利用するというタバコ会社の問題あるマーケティングの代表的産物だ。
価格弾力性が低いタバコ製品とタバコ会社の価格戦略
2018年度の税制改正では、2018年10月から2022年10月までの5カ年間で紙巻きタバコは3段階(2019年は消費増税の影響で据え置き)、加熱式タバコは5段階のスライド式増税が行われる。
一般的にタバコという製品の価格弾力性、つまり価格の増減で需要がどう変化するかという指標は低いとされる。多くの製品は、値上げされると需要が減るが、タバコの場合は喫煙者が価格の変化にそう敏感ではなく、値上げされても需要が大きく減ることはない。
これはタバコに含まれるニコチンという依存性薬物の作用により価格が上がってもなかなかタバコをやめられないからで、タバコ会社は喫煙者が持つタバコ製品の価格弾力性の低さを見越しつつ、税負担と値上げ幅を調整する。
タバコ会社も利益を出さなければならない。「メビウス」で40円という今回の値上げ幅となったが、喫煙者はこれくらい値上げしてもタバコをやめられないだろうというタバコ会社の目論見が見え隠れする値上げとなった。
また「アメスピ」を610円にしなかったことで、JTはタバコ製品の価格上限を600円に設定したことがわかる。段階的に進められてきた紙巻きタバコの増税はとりあえず今回が最終であり、JTとしてはしばらくの間は600円以上にしたくないのだろう。
紙巻きタバコに限っていえば、販売数量はこの20年、ずっと下がり続けてきた。だが、たばこ税の税収はそう大きく変化していない。これは増税による影響と同時に、加熱式タバコの税収が増えているからだ。財務省によれば、紙巻きタバコ以外の製造タバコの割合は、2013年の0.1%が2019年には21.5%に急増している。
値上げで喫煙率は下がるのか
では、価格弾力性が低いタバコの値上げによって、喫煙率はどう変化するのだろうか。
日本も加盟する「タバコ規制枠組み条約(FCTC)」では、改正健康増進法のようなタバコ規制とともに、タバコ増税はタバコ消費を減らすための有力な方法とされている(※1)。一方、値上げによって喫煙者はより価格の低いタバコ製品に切り替え、価格弾力性も大きく変化せず、日本のような段階的な増税と少額の値上げはタバコ消費の減少効果を緩和するとも考えられている(※2)。
日本におけるタバコ増税の目的は、国民の健康や生命のために喫煙率を下げること、そしてタバコによる税収を安定的に確保することになる。国の政策として、前者は厚生労働省、後者は財務省という省庁が綱引きをした結果、財布を握っている財務省が主導する形で税制が決められてきた。
国民の健康増進のためを考えるなら一気に値上げし、欧米各国なみの1000円台にすればいい。だが、そんな増税をすれば喫煙者の多くがタバコをやめてしまい、税収が見込めなくなる。ちなみに、国の政策である「健康日本21(二次)」で全体の喫煙率を2022年までに12%へ下げるのが目的になっているが、現状は18%前後、若年層の喫煙率は大きく下がってきているが中年男女の喫煙率は横ばいのままだ。
紙巻きタバコの販売数量が大きく減る一方、税収の増減をみると加熱式タバコの喫煙者が増えていることの影響がうかがえる。喫煙者の中には、紙巻きタバコから加熱式タバコへ切り替えることで「禁煙」したと思いこむ人も少なくない(※3)。
社会的に喫煙に対する風当たりが強くなり、受動喫煙防止を目的にした改正健康増進法などもあって禁煙する人が増え、喫煙率を下げる一方、加熱式タバコの登場により新たに喫煙を始めたり、紙巻きタバコとの併用をしたり、いったん禁煙しても再び喫煙を始めるような人も出てくるだろう。
低かった葉巻タバコの税率が紙巻きタバコと同じ税率に引き上げられた理由は、タバコが値上げされても禁煙できない喫煙者が価格の安い葉巻タバコへシフトすることを防ぐためだ。加熱式タバコについても同様の税制をしなければ、喫煙率の減少は頭打ちになりかねない。
以上をまとめると、JTがタバコを値上げしたのは段階的な増税によるものだが、加熱式タバコの価格は据え置き、税率が上がったとはいえ、葉巻タバコは紙巻きタバコよりも100円安い。紙巻きタバコの販売数量は減ってきているが、一方で加熱式タバコの喫煙者が増え、増税と加熱式タバコへのシフトで税収は横ばい状態のままだ。
今回の値上げが喫煙率の減少につながるかといえば、タバコ製品の価格弾力性の低さに加え、加熱式タバコの登場による影響で大きな変化はないだろう。国が本当に国民の健康や生命を考え、将来の医療費の増大、喫煙率の減少をはかるなら、タバコ製品の価格弾力性の低さから仮に1箱1000円にしても税収はそう下がらないと予測され、加熱式タバコを含めたタバコの価格は一気に上げたほうがいいということになる。
※2-1:伊藤ゆり、中村和正、「たばこ税・価格の引き上げによるたばこ販売実績への影響」、日本公衆衛生雑誌、第60巻、第9号、2013
※2-2:Ce Shang, et al., “Association between tax structure and cigarette consumption: findings from the International Tobacco Control Policy Evaluation (ITC) Project” Tobacco Control, Vol.28, s31-s36, 2019
※3:中村正和ら、「加熱式たばこ製品の使用実態、健康影響、たばこ規制への影響とそれを踏まえた政策提言」、日本公衆衛生雑誌、第67巻、第1号、2020