北海道で発見された「マダニ」が媒介する「新種のウイルス」とは

 北海道大学などは2021年9月22日、マダニが媒介する新種のウイルスを発見したと発表した。「エゾウイルス(Yezo Virus、YEZV)」と名付けられたこのウイルスとは何なのだろうか。

病原微生物の分離・特定

 ドイツの医師で細菌学者、ロベルト・コッホ(Robert Koch、1843-1910)は、顕微鏡と寒天培地を利用した細菌培養技術によって結核菌、コレラ菌、炭疽菌などを発見し、「微生物学の父」とも呼ばれている。かつて微生物学には「コッホの原則(※1)」というセントラルドグマがあったが、現在では原則をそのまま当てはめることのできない事象や症例が発見され、コッホの原則は修正を余儀なくされている。

 例えば、新型コロナウイルスは、このウイルス特有の症状を必ずしもどの患者に対しても引き起こすわけではないし、微生物の中には培養できないものもある。とはいえ、コッホの原則は病原微生物を分離・特定するために重要なもので、提唱されて100年近くがたった今でも病気を引き起こす微生物を探索する研究者の念頭に入れられてきた(※2)。

 今回、北海道大学などが発見したウイルスもこうして分離・特定されたものの一つで、日本各地の野山や原っぱ、公園などで普通に見られる節足動物のマダニが媒介する。

 マダニによる感染症には、日本紅斑熱、ダニ媒介性脳炎、マダニ媒介SFTS(重症熱性血小板減少症候群、Sever fever with thrombocytopenia syndrome)、ボレリア症などがあるが、原因となる病原微生物にはは主に、リケッチア(日本紅斑熱、ツツガムシ病など)、スピロヘータ(ライム病)などの細菌、フレボウイルス(マダニ媒介SFTS)、フラビウイルス(ダニ媒介性脳炎など)、ナイロウイルス(クリミア・コンゴ出血熱)などのウイルスによるものがある。

 この中で要注意なのはマダニ媒介SFTSだ。国立感染症研究所によると、2019年にこの感染症の患者報告数が102人、少なくとも5人が死亡し、2020年は75人の患者報告があり、やはり5人が死亡しているという。

 また、日本紅斑熱は、日本紅斑熱リケッチアという病原体を持つマダニにかまれると感染する。潜伏期間は2〜8日。高熱や発疹が現れ、重症化して死に至ることもある。

 あるいは、リケッチアという細菌(オリエンティア・ツツガムシ)は、ツツガムシというダニの一種が媒介し、有名なツツガムシ病を発症させる。ツツガムシ病がツツガムシというダニの一種が原因とわかったのは1899年、ツツガムシからのリケッチアの分離・特定は1930年のことだ(※3)。

 ツツガムシの幼虫に刺されることで発症するツツガムシ病は、山形県や秋田県、新潟県などの北陸から東北地方で発生する風土病として知られていたが、戦後に別の種類の新型ツツガムシが現れ、北海道など一部を除いて全国で見られる病気になっている(※4)。

「エゾウイルス」はスリナウイルスの近縁

 人類の歴史はある意味で感染症との戦いの歴史でもあるが、この世の中にはまだまだ知られざる病原微生物がいる。ダニが媒介するウイルスも例外ではなく、分子生物学によるゲノム・シークエンスなどの技術の発達で最近になって分離・特定されるものも少なくない。スリナウイルス(Sulina Virus)もその一つだ。

 スリナウイルスは最近、ルーマニアのドナウ・デルタで発見され、分離・特定された新しいウイルスだ(※5)。スリナウイルスはオルソナイロウイルス(Orthonairo Virus)の一種で、オルソナイロウイルスは、東欧、バルカン半島、トルコ、アフリカのコンゴなどで発見されている。オルソナイロウイルスは、クリミア・コンゴ出血熱を引き起こし、体液などによってヒト-ヒト感染も起き、日本で感染症法の第一類に指定されているウイルスだ(※6)。

 今回、北海道大学などが発見したウイルスはスリナウイルスの近縁で、2020年1月28日に国立感染症研究所の「病原微生物検出情報(月報、Infectious Agents Surveillance Report、IASR)」で報告されたものだ。これをまとめた論文が2021年9月20日に公開され、今回のリリースになった(※7)。

 この論文によれば、オルソナイロウイルスは日本のダニから発見されていたが、このウイルスによる病気の発症はこれまで報告されてこなかったという。

 北海道内で2019年5月中旬と2020年7月中旬に報告された2人の患者(男性)がマダニの咬傷が原因と考えられる発熱と倦怠感などをうったえ、札幌市内の病院を受診した。

 研究グループは、この2人(その後、退院もしくは発症の解消)から血液と尿の提出をしてもらい、遺伝子分離と培養、マウスへの接種、RT-PCR、抗体と酵素を使った免疫学的測定(ELISA)などによって病原微生物の特定をした。

 その結果、2人はマダニに噛まれたことで未知のオルソナイロウイルスに感染したことがわかったという。研究グループは今回、発見したウイルスを「エゾウイルス(Yezo Virus、YEZV)」と名付けた。

「エゾウイルス」の粒子の電子顕微鏡写真。北海道大学などのリリースより。
「エゾウイルス」の粒子の電子顕微鏡写真。北海道大学などのリリースより。

地球温暖化などで増える人獣共通感染症

 また、北海道立衛生研究所が保有する、これまでマダニに噛まれて発熱などの症状が出た患者248人の検体を調べたところ、同じウイルスの反応が5検体から発見されたとし、前述した2人を合わせ、2014年から2020年までの間に道内で少なくとも7人の感染者が発生していたことがわかったという。

 さらに、エゾシカ、アライグマ、エゾタヌキといった道内の野生哺乳類でエゾウイルスの保有状態を調べたところ、エゾシカで0.8%、アライグマで1.6%の個体からこのウイルスに対する抗体陽性が見つかり、エゾタヌキでは見つからなかった。同じように道内のマダニでエゾウイルスの遺伝子の保有率を調べたところ、3種のマダニ類で1.3%から3.7%の遺伝子陽性があったという。

 研究グループによれば、エゾウイルスに近いスリナウイルスの病原性はまだよくわかっていないが、スリナウイルスの次に近い同じオルソナイロウイルスの仲間である「タムディウイルス(Tamdy Virus)」は、中国でヒトに急性熱性疾患を引き起こす報告がされているという(※8)。

 マダニによって媒介される新しいウイルスの発見が最近になって世界のあちこちから報告されるようになっているが、ダニという生物についてはまだわからないことが多い。ダニは、ヒトやネズミ、ウサギなどのに藪の中から飛び移ってくる。ダニの研究にはこうした宿主が必要なので、ダニを生かし続けておくのが難しく、研究にはかなり困難が伴うからだ。

 ダニから媒介される感染症は、ヒトだけではなくほかの宿主の野生生物も病気にさせるが、気候変動による野生生物の増減とダニによる感染症の相関関係により、これらが相互に影響し合う(※9)。そして、気候変動の影響により、世界的にダニ自体も活発化し、これまでよりも種類や数を増やし、分布エリアを広げているのだ。

 マダニの生活環で宿主となるのはネズミやウサギ、シカ、タヌキなどだ。気候変動により、これらの生物の活動範囲が広がり、ヒトの居住圏と重複したりするようになっている。

 英国でのダニ媒介感染症の増加は、気候変動の影響ではないかという意見もある。温暖化などにより、標高の高い場所でも宿主が存在できるようになり、それにつれてダニも高所で活動できるようになっていること、また温暖化などにより、ダニの宿主が多様化していることも影響しているようだ(※10)。

 では、ダニの咬傷を防ぐにはどうすればいいのだろうか。

 国立感染症研究所のHP「マダニ対策、今できること」によれば、ダニに刺されないためには、野山や畑、藪などへ入る際、虫除けスプレーなどを使い、肌を露出しないことが大切となる。

 全てのダニが病原微生物を持っているとは限らないが、刺されたと感じたり刺し口があったりして発熱や発疹などの症状が出たら、早期に医療機関などを受診して適切な治療を受けたほうがいい。

 野山などへ入った後、自宅へ戻る前に衣服をよく払い落とし、付着したダニを持ち込まないようにする。帰宅後は衣服をすぐに洗濯し、自身もシャワーなどを浴びることが重要だ。

 マダニは肌寒くなる初冬の頃まで活動する。農作業やレジャーなどで野山や畑、草むらなどへ入る際には十分に気をつけたい。

北海道大学などのリリースで参考図として掲載されたいろいろな種類のマダニ類。
北海道大学などのリリースで参考図として掲載されたいろいろな種類のマダニ類。

 北海道大学などによる今回の発表では、発見されたウイルスを便宜上「エゾウイルス」と名付けたが、同じウイルスは本州でも発見されていて北海道だけに特有の感染症ではないと警告を発している。幸いまだエゾウイルスによる重症者や死者は報告されていないが、マダニは多くの感染症の病原微生物を媒介する。

 マダニによる感染症では、発熱や倦怠感など、新型コロナとも重なる症状が出ることも多い。咬傷による症状を疑ったら医療機関への受診や相談をためらわず、手遅れにならないように気をつけたい。


※1:病原微生物は健康な生物にはみられない、病原微生物は病気の個体(有機体)から分離され、培養されなければならない、分離・培養された病原微生物を健康な生物に導入すると病気を引き起こす、導入された微生物は再分離でき、別の生物に導入されると同じ病気を引き起こさなければならない。

※2-1:David I. Shapiro-Ilan, et al., “Definitions of pathogenicity and virulence in invertebrate pathology” Journal of Invertebrate Pathology, Vol.88, Issue1, 1-7, 2005

※2-2:Arturo Casadevall, Liise-anne Pirofski, “Host-Pathogen Interactions: Predefining the Basic Concepts of Virulence and Pathology” Infection and Immunity, Vol.67, No.8, 2020

※3-1:K Tanaka, “Ueber meine japanische Kedani-Krankheit” Cent fur Bakteriol Parasiten und Infekt, Vol.42, 329, 1906

※3-2:Naosuke Hayashi, “Etiology of Tstutsugamushi Disease” The Journal of Parasitology, Vol.7, No.2, 1920

※3-3:M. Nagayo, et al., “On the virus of Tsutsugamushi disease and its demonstration by a new method” the Japanese Journal of Experimental Medicine, Vol.20, 556–566, 1930

※4:小川基彦ら、「わが国のツツガムシ病の発生状況─臨床所見─」、感染症誌、75:359-364、2001

※5:Alexandru Tomazatos, et al., “Discovery and genetic characterization of a novel orthnairovirus in Ixodes ricinus ticks from Danube Delta” Infection, Genetics and Evolution, Vol.88, January, 1, 2021

※6:WHO, “Crimean-Congo haemorrhagic fever” January, 31, 2013

※7:Fumihiro Kodama, et al., “A novel nairovirus associated with acute febrile illness in Hokkaido, Japan” nature COMMUNICATIONS, Vol.12, 5539, September, 20, 2021

※8:Jun Ma, et al., “Identification of a new orthonairovirus associated with human febrile illness in China” nature medicine, Vol.27, 434-439, February, 18, 2021

※9:Titcomb G, Allan BF, Ainsworth T, Henson L, Hedlund T, Pringle RM, Palmer TM, Njoroge L, Campana MG, Fleischer RC, Mantas JN, Young HS, “Interacting effects of wildlife loss and climate on ticks and tick-borne disease.” Proceedings of The Royal Society B, Biological Science, 13;284(1862). pii: 20170475. doi: 10.1098/rspb.2017.0475. 2017

※10:Lucy Gilbert, “Altitudinal patterns of tick and host abundance: a potential role for climate change in regulating tick-borne diseases?” Oecologia, Vol.162, Issue1, 217-225, 2010