「細菌性食中毒」の細菌を「誰でも素早く簡単」に識別できる日本独自の技術とは

 細菌性食中毒を含む微生物による食中毒は、全体の約70%から90%を占める。だが、食中毒を引き起こす細菌には多くの種類があり、原因細菌の検出と識別には時間と手間、コストがかかっていた。今回、大阪公立大学の研究グループが独自に開発した物質を使い、1時間以内と従来の検査時間(約48時間)を大幅に短縮し、誰でも簡単に検査・識別できるデバイス開発に道筋をつける研究論文を発表した。その研究者に詳しく話を聞いた。

9月は細菌性食中毒が最も多い

 すでに秋の気配が感じられるが、依然として高温多湿を好む細菌が食品などで増殖しやすい季節が続く。新型コロナウイルス感染症のパンデミックで、手指衛生やうがい、マスクなどの感染対策がなされ、活動自粛で飲食店が時短営業や休業したため、食中毒の発生件数は減少している。だが、家庭内やテイクアウトによる食中毒も起きており、食中毒事故の約20%が家庭内で発生している。

 食中毒の原因には、植物などの自然毒、寄生虫、化学物質、細菌、ウイルスなどがあるが、9月は細菌による食中毒事故の発生件数が実は最も多い月だ。細菌性の食中毒の主な原因菌には、カンピロバクターやサルモネラ菌などの食肉に付着する細菌、多種多様な食品にいるO157などの腸管出血性大腸菌といった細菌類がある。

梅雨の季節から秋の終わりまで、細菌性の食中毒が増える。特に9月は最も多い月でもある。農林水産省「食中毒は年間を通して発生しています」2022年5月12日のグラフに筆者が加筆した。
梅雨の季節から秋の終わりまで、細菌性の食中毒が増える。特に9月は最も多い月でもある。農林水産省「食中毒は年間を通して発生しています」2022年5月12日のグラフに筆者が加筆した。

 こうした細菌類が、スーパーや小売店などで提供販売される食品や食肉などに存在するかどうか、加工製造工場などでは出荷前に一定の検査が行われている。しかし、細菌の検査と識別には、食品から試料を収集してストマッカーという装置で前処理し、寒天培地などに接種して細菌を適温で培養し、培養した結果を判定するという時間と手間のかかる手順が必要となる。

 この手順が終わるまでには48時間程度かかるが、そのときにはすでに食品や食肉などは出荷されてしまっている。そのため、業界では、出荷前に検査・識別ができる迅速で簡単な技術が求められてきた。

細菌を検査・識別する新技術とは

 先日、大阪公立大学大学院工学研究科物質化学生命系専攻の椎木弘教授らの研究グループが、金、銀、銅のナノ粒子とポリマー粒子からなる複合体が、それぞれ白、赤、青の散乱光を示すことを利用した細菌の検査・識別技術を開発し、その成果を論文で発表した(※1)。この技術を使えば、O26やO157などの腸管出血性大腸菌や黄色ブドウ球菌といった細菌性食中毒を引き起こす細菌を1時間以内という迅速かつ同時に識別することができるという。今回の研究について、同研究グループの椎木教授に話をうかがった。

──有機分子で金属ナノ粒子をコーティングするというのは、どのような技術なのでしょうか。

椎木「私たちが用いた反応溶液系では、金属イオンが還元されて金属ナノ粒子が形成される一方、有機分子のモノマーは金属イオンにより酸化されて重合します。この現象を利用すれば、ポリマー粒子中に多数の金属ナノ粒子を含む金属ナノ構造体が形成されます。この方法は、私たちが金イオンについて2006年に発表したオリジナルの技術です(※2)。今回、銀や銅イオンに展開して各種金属ナノ構造体の作製に成功し、さらにそれらが特徴的な光学特性を示すことを見出したため、微生物検出に応用しました」

金属ナノ粒子とポリマー粒子の複合体を透過型電子顕微鏡で観察した様子(左)とその構造図。画像提供:椎木教授
金属ナノ粒子とポリマー粒子の複合体を透過型電子顕微鏡で観察した様子(左)とその構造図。画像提供:椎木教授

──今回の技術をわかりやすく説明していただくと、どのようになりますか。

椎木「光学顕微鏡での暗視野観察になります。試料の下の光源から光を当てますと、金属種によって金属ナノ構造体からの散乱光の色が識別できます。金属ナノ構造体に目的の菌種に特異的な抗体を結合させておくことで、それぞれの菌種を異なる色で検知することができます。構造体の細菌への結合能力は、抗体に依存します。その際、目的に菌種に応じた抗体が必要になりますが、現在は市販のものを用いています」

散乱光の色により同時識別された別々の細菌(O26、O157、黄色ブドウ球菌)。画像提供:椎木教授
散乱光の色により同時識別された別々の細菌(O26、O157、黄色ブドウ球菌)。画像提供:椎木教授

──今回の金属ナノ粒子は、金、銀、銅ということですが、ほかの金属の候補などはございますか。また、ポリマーを構成するモノマーにアニリンを使用されていますが、アニリンの有害性は問題ないのでしょうか。

椎木「金属種に関しては、現在も調査中です。また、モノマーについては、主にアニリンやアニリン誘導体を使用しております。その他のモノマーについても調査中です。アニリンは重合体として得られるので有害性は抑制されていると考えており、また今のところその有害性が微生物に与える影響は認められておりません。上記2点については、金属イオンの酸化剤、モノマーの還元剤としての性質(標準電極電位)によって、金属ナノ構造体の形態や性質が異なるため非常に重要です」

金、銀、銅のナノ粒子からなる各複合体の光散乱特性(上)。複合体による各種細菌の標識化の概念図(下、黄ブ菌は黄色ブドウ球菌)。画像提供:椎木教授
金、銀、銅のナノ粒子からなる各複合体の光散乱特性(上)。複合体による各種細菌の標識化の概念図(下、黄ブ菌は黄色ブドウ球菌)。画像提供:椎木教授

誰にでも素早く簡単に

──食品衛生での有害生物・ウイルスなどを検査・識別する現在の技術の難点には、どんなものがあるのでしょうか。

椎木「試料を培地で増やすために時間がかかりますし、光学顕微鏡でのグラム染色で菌種の特定が難しいといった点が問題になっています。また、蛍光色素を標識に用いるELISAという方法もありますが、蛍光寿命に課題がある一方、金属ナノ構造体は高強度で環境安定性が高い点で有用とされています」

──今回は解像度としてO157などの細菌までの識別ができたということですが、今後、波長を短くすることでウイルスの特定まで解像度を上げることが可能でしょうか。

椎木「金属ナノ構造体自体の大きさが100nm程度です。したがいまして、現在の仕様ではウイルスは困難です。金属ナノ構造体のサイズを小さくすることでウイルスへの対応が可能になると考えております」

──誰でも簡単に使える食品衛生管理のデバイスとして開発する上でのロードマップは、どのあたりまで来ていますか。

椎木「光学検出ではAIなどによる検出を想定し、大学発ベンチャーとしてのパートナーを探しているところです。現在、赤、青、白だけですが、上記で述べたように、金属種やモノマーの選定により色の種類を増やすことで、さらに多種を一括して識別するための開発を進めています」

迅速に誰でもどこでも使える細菌センサのデバイス・イメージ。画像:大阪府立大学(2019年10月28日)リリースより。
迅速に誰でもどこでも使える細菌センサのデバイス・イメージ。画像:大阪府立大学(2019年10月28日)リリースより。

 今回の技術は、日本発、椎木教授らの独自技術ということで期待が大きいと思う。今後、識別できる菌種を増やし、さらに解像度を上げてノロウイルスなどの識別を可能にし、取り扱いが容易なデバイスを開発できれば食品衛生の分野で広く貢献できるだろう。

 ただ、食中毒を予防するためには、食品や食器、手指などをよく洗い、包装するなどして食中毒の原因微生物を付けず、素早く調理して食べ、10度以下の冷蔵や冷凍で保存して原因微生物などを増やさないようにし、75度以上で加熱したり消毒して原因微生物を殺す、という「付けず・増やさず・殺す」の3原則が重要だ。9月は細菌性食中毒が一年で最も多い月でもあるので要注意だ。


※1:So Tanabe, et al., “Simultaneous Optical Detection of Multiple Bacterial Species Using Nanometer-Scaled Metal-Organic Hybrids” Analytical Chemistry, Vol.94, Issue31, 10984-10990, 25, July, 2022

※2:Hiroshi, Shiigi, et al., “One-step preparation of positively-charged gold nanoraspberry” Chemical Communication, 4288-4290, 21, August, 2006