賃貸マンションなどで増える「禁煙物件」、なのに侵入してくるタバコ煙の被害とは

 受動喫煙による健康への害が広く知られ、喫煙率も下がる中、マンションやアパートなどの賃貸物件で、敷地内、居室内の禁煙をうたうものが増えている。こうした禁煙マンションなどの実態を探ってみた。

他者からのタバコの害は明らか

 2020年4月1日に全面施行された改正健康増進法は、主に受動喫煙の被害を防ぐことを目的としている。喫煙者からのタバコ煙は、加熱式タバコを含め、有害なのは明らかだ。

 喫煙者は自らが発したタバコ煙が他者にどのような影響をおよぼすのか、あまり自覚していないようだが、ニコチンを含む多種多様な化学物質を含んだタバコ煙は、ごくわずかな隙間からでも漂い出ていき、空間を超え、ステルス的に拡散する。そんなタバコ煙にひどく苦しみ、重篤な病気になる人もいるのだ。

 タバコの煙に悩む非喫煙者や家族は多い。そのため最近、賃貸マンションやアパートなどの集合住宅で、敷地内を全面禁煙にする物件も増えている。

 ベランダやバルコニーでは禁煙という物件もあるが、そうなると喫煙者は自分の部屋の中で吸うことになる。また、タバコを吸わないパートナーや子どもがいる場合、換気扇の下でタバコを吸うことも多いが、換気扇からのタバコ煙が共用部へ出てくるようになる。

増えている完全禁煙の物件ニーズ

 禁煙物件を探している人はタバコの煙や臭いに敏感で、たとえベランダ禁煙だとしても完全にタバコ煙から逃れられるわけではない。そのため、居室を含めた敷地内が完全禁煙の物件にニーズがあるというわけだ。

 都内で2物件の敷地内全面禁煙の賃貸マンションを扱っている東京都住宅供給公社に話を聞くと、募集戸数24戸の物件には272件(11.3倍)の申し込みがあり、募集戸数41戸の物件には238件(5.8倍)の申し込みがあったそうだ。いずれも高倍率で、禁煙物件を探している入居者が多いことがうかがえ、同公社によれば今後も既存住宅の建て替え時などで禁煙物件を増やしていく予定だという。

 同公社の2物件では、賃貸契約書の特記事項として「乙(入居者※筆者注)は、本物件の使用に当たり本物件及び○○(物件名)○号棟の敷地、階段、共用廊下、バルコニー等の共用部分において喫煙(加熱式タバコ及び電子タバコ等を含む)を行ってはならず、また、乙の関係者に対し行わせてはならない。甲(同公社※筆者注)は、乙が本特記事項に違反したとき、本契約書における契約の解除規定を適用することができる」という記載があるが、タバコを吸わないという誓約書などは取り交わしていない。

 また、喫煙者が自分の居室などの専用部で喫煙をしても吸っていないと否定することがあるが、このような入居者に対してはどのような方策を持っているのか聞いたところ「事実関係を確認しえないプライベート空間での喫煙について、確認がとりづらいことから方策を立てにくい状況です。なお、喫煙している状況、対象者等は確認しえないものの、明らかにタバコの臭いがする等の状況が確認された場合は、喫煙を禁止する旨を記載したポスターを掲示する等の対応を図ることとしています」との回答だった。

 全国の賃貸住宅情報サイトの中から完全禁煙マンションに厳選して紹介しているサイト「禁煙マンション.com」の管理人、礒田貴光さんに話を聞くと、完全禁煙の物件は増加傾向にあり、禁煙の条件で検索した際に「室内のみ禁煙」という物件より「完全禁煙」の物件がヒットする率が高くなったことを実感しているという。

 また、新型コロナのパンデミックで在宅の人が増えたこともあり、入居者からはパンデミック以降「自分の地方に完全禁煙マンションがあるか」や「現在マンションに住んでいてタバコで悩んでいる」といった相談の問い合わせが複数あったそうだ。礒田さんは「喫煙者・非喫煙者の両者ともが在宅している時間が多くなったことで以前よりもタバコの存在に気づきやすくなっているのかもしれません」という。

 同サイトから完全禁煙マンションに入居したユーザーからは「子どもが生まれたので受動喫煙の心配がなく、安心して暮らすことができてよかった」(30代、女性)や「以前、住んでいたマンションの隣室からのタバコ煙に悩まされていたが、完全禁煙マンションに入居後は快適な毎日を送っている」(30代、女性)といった声が寄せられているそうだ。

完全禁煙の入居条件を守らない喫煙者

 礒田さんに、完全禁煙という入居条件に合意したのにもかかわらず、専用部分で密かに(認めず)喫煙をし、他の専用部分にタバコ煙が侵入するようなケースがあったかどうか聞いたところ、これまでそうしたケースはないが、都内の好立地な物件などの場合、過去に喫煙者が契約し、入居条件に合意したにもかかわらず入居後に喫煙をしてしまうというケースはあったようだという。

 では、もし仮に上記のようなケースがあった場合、他の入居者からのクレームについてどのような対処法があるのか聞いたところ、もちろん書面や口頭での注意を実施する必要があるが、喫煙者が応じてくれないというケースもあり得る。

 その場合、最終的には計測器などで確実に喫煙しているという証拠を採取するなどして裁判などの手段を使うことも考えなければならないだろう。そもそも、喫煙に関するクレームが発生しないように体制を整えておくことが重要と考えており、入居時の誓約として喫煙が発覚した場合には即刻退去ならびに室内の壁紙をはじめ換気扇やキッチンのレンジフードなど、全ての備品の弁償を要求することになるだろうという。

 実際、完全禁煙のマンションという条件で入居したものの、他の入居者からのタバコ煙に悩まされ、退去をよぎなくされた事例も起きている。都内の30代女性、Sさんは化学物質過敏症の患者さんで、以前から加熱式タバコ(アイコスやグロー)の臭いに悩まされ、ようやく完全禁煙のアパート(4戸)K物件を探して入居したという。

 だが、入居後すぐに加熱式タバコによる症状が出ておかしいと感じ、空気測定器を使って調べたところ、階下からタバコ煙が侵入してくることを知ったそうだ。この完全禁煙アパートの管理運営は、全国で分譲や賃貸などを広く扱っている大手デベロッパーのA社が行っているが、Sさんが苦情を述べたところ、エントランスに「当建物は禁煙物件です」という張り紙を出しただけで、誠実な対応をしてもらえなかったという。

喫煙入居者からの悲惨な被害の実態

 その後、喫煙者とおぼしき階下の住人が、喫煙したことを認めて退去したが、しばらくして逆にA社からSさんに退去を求める訴訟が起こされたそうだ。Sさんが裁判に他の入居者の喫煙の証拠を出したが、判決はSさんへの退去を命じるものになり、Sさんは仕方なくK物件から出て行かざるを得なくなった。

 Sさんは、司法も大手のA社の肩を持つばかりで、完全禁煙の物件でも非喫煙者は法的に守られなかった、と憤る。A社に事実関係を確認したところ、完全禁煙の物件でも他の入居者のプライバシーを尊重するため、やむなくSさんに対して訴訟を起こしたのだという。A社としては、こうしたケースもあって完全禁煙の物件はトラブルのもとになりかねず、今後はオーナーからの強い要望がない限り、完全禁煙の物件を積極的に扱うことはないだろうとの回答だった。

 ちなみに、K物件を退去したSさんは、次の完全禁煙物件を探して入居したが、そこでも他の喫煙入居者からのタバコ煙に悩まされ、ホテルなどを転々とする生活を送っているそうだ。Sさんは、自分と同じように苦しんでいる人はかなり多いのではという。

 多くの人は、戸建て住宅や集合住宅といった個人の生活空間で多くの時間を過ごしている。これは非喫煙者も喫煙者も同じだが、一般の生活空間である個人の住宅、あるいは自家用車内などの受動喫煙の害に関する法律は日本にはまだない。