ウイルスの貯水池「コウモリ」の生息域が変わるとどうなるか
新型コロナのような人獣共通感染症の新たな発生やパンデミックは、どう防いだらいいのだろうか。最近の関係する論文によれば、コウモリの生息域の変化が重要だという。
コウモリはウイルスの貯水池
新型コロナウイルス(SARS-CoV-2)は、センザンコウに感染したウイルスがヒトへ感染するようになったという説もあるが、もともとはコウモリ由来と考えられている(※1)。一般的に新型コロナのような人獣共通感染症は、異なる種類のウイルスを持つ動物が密接に接触してウイルスの変異が起き、ウイルスが多様化するうちにヒトへの感染力を持って出現することが多い。
新型コロナウイルスも、コウモリと接触したセンザンコウがウイルスの中間宿主になったり、コウモリのウイルスが直接、ヒトへの感染力を持ったりしたようだ。新型コロナウイルスの遺伝子の分子解析によれば、2019年10月から12月の間にヒトへの感染力を持ったと推定され(※2)、中国の武漢で感染が確認されたのは2019年12月だった。
武漢の市場では、センザンコウやコウモリをはじめ、多くの動物が売買されていたという。異種間のウイルス伝播が新型ウイルス出現のトリガーの一つになるとすれば、武漢の市場のような環境はその温床になりかねない。
新型コロナウイルスに限らず、鳥インフルエンザウイルス、エボラ出血熱ウイルス、エイズウイルス(ヒト免疫不全ウイルス、HIV-1、HIV-2)、狂犬病ウイルス、ラッサ(熱)ウイルスなど、野生生物からヒトに感染する人獣共通感染症は、グローバルな経済発展による自然破壊と人間の生産活動、温暖化などの環境変化によって多く発生するようになったと考えられている。
コロナウイルスでいえば、2002年に27カ国で蔓延し、死亡者774人を出したSARS(重症急性呼吸器症候群)は、キクガシラコウモリの一種(Rhinolophus sinicus)のSARSウイルスが共通祖先で中間宿主であるジャコウネコ(ハクビシン)からヒトに感染した(※3)。また、2012年の発生から死亡者640人を出したMERS(中東呼吸器症候群)のウイルスも自然宿主はコウモリで、その後、ヒトコブラクダからヒトに感染したとされている(※4)。
人獣共通感染症はヒトの感染症の60%以上を占める。世界で毎年約10億人が病気になり、数百万人が死ぬ病気だ。ウイルスの宿主に関する研究が進んだことで、特にコウモリが新たに出現する人獣共通感染症ウイルスにとっての理想的な「貯水池(Reservoir)」と考えられるようになった(※5)。ウイルスの貯水池からヒトへ感染しやすくなっているというわけだ。
コウモリを知ることでわかること
人獣共通感染症を拡大し、ウイルスを広く波及拡散させ、感染者を増やしてパンデミックを起こすことについては、ウイルスの貯水池であるコウモリの役割がとても大きい。
コウモリの種類は多種多様で、哺乳類の種類の約20%がコウモリとされ、その種類は900種を超える。生息範囲も広く、飛ぶことで長距離を移動し、集団で暮らす種類も多い。また、湿気が高く日の当たらない場所に好んで生息するという生態により、ウイルスなどの病原体に対しての独自の免疫システムや病気への高い耐性などを持つと考えられている(※6)。
多くの種のコウモリの認知やセンシング、コミュニケーション手段は、エコーロケーション(反響定位)だ。口から発する超音波の跳ね返りを感知することで、正確に飛行したり位置を認知したり餌を捉えたりし、お互いに交信し合ったりする。その際、飛び散る唾液などを介してウイルスの感染を広げやすくなる。
こうしたことからコウモリの集団の中でウイルスが変異を繰り返したり多様化したりし、そこからヒトへの感染力を持ったウイルスが生まれ、それを広げる危険性があるというわけだ。
また、コウモリは哺乳類の進化の中では比較的プリミティブな生物で、多くの哺乳類が持つ遺伝的特質の原型を持つ。コウモリの古い形質の遺伝子で保存されてきたウイルスは、変異すると他の哺乳類へ感染する能力を持ちやすいと考えられている。
さらに、多くの種類のコウモリは冬眠するが、ウイルスもコウモリとともに越冬し、長い期間、生きながらえることができる。また、コウモリ自体の寿命も長く、30年以上も生きる種もいる。
こうしたことを考えれば、コウモリの持つ特性を知ることで、ヒトの免疫や病気治療、アンチエイジングなどに役立てることができるかもしれない。なぜなら、コウモリとヒトの免疫関連遺伝子は、ネズミなどの齧歯類より近いことがわかっているからだ(※7)。
コウモリのような生物は他にもいる。我々ヒトだ。集団が密集して暮らし、長距離を移動し、口から唾を飛ばしながらコミュニケーションする。コウモリからヒトへ、ヒトから他の生物へ、ウイルスの連鎖が広がっているのかもしれない。
土地利用や気候変動でクラスターが
一方、コウモリからヒトへの人獣共通感染症の感染と拡大(Spillover)が、どのようなメカニズムで起きるのかはまだよくわかっていない(※8)。
コウモリから他の哺乳類を経て、ヒトに感染するウイルスにヘンドラウイルスがある。ヘンドラウイルス感染症も人獣共通感染症の一つだ。
最近、オーストラリアのニューサウスウェールズ大学などの研究グループが、ヒトの土地利用やエルニーニョ現象などの気候変動、食糧不足などによってコウモリの生息域が原生林から農場や住宅地の近くへ移動し、その結果、ヘンドラウイルスの拡大が起きるのではないかという調査結果を発表した(※9)。
ヘンドラウイルスは比較的、最近になってオーストラリアで見つかったウイルスだ(※10)。自然宿主であるオオコウモリから主にウマに感染し、中間宿主であるウマの体液などに接触することにより、ヒトに感染すると考えられている。ヒトが感染すると、まれに重篤な呼吸器感染症を引き起こすことがある。
同研究グループは、オーストラリア南東部のヘンドラウイルスによるオオコウモリからウマへのウイルスの移動(クラスター)の場所と発生状況、土地利用の変化、気候変動、オオコウモリの餌となる樹木の開花状況、オオコウモリの生息域の増減を1996年から2020年のデータを使って調べた。すると、オオコウモリの集団移動に、大きな変化が起きていたことがわかったという。
オオコウモリの集団は通常、花の蜜を求めて原生林の中で移動する。だが、エルニーニョ現象が起きた後の冬に干ばつになって開花がする樹木が少なくなると、オオコウモリの集団が分散し、原生林から農場や住宅地の近くへ集まり、ウマの牧場などでオオコウモリがウマへヘンドラウイルスを感染させるクラスターの発生数が増えるようになった。
一方、干ばつでも原生林のどこかで花が多く咲く場所があると、そちらへオオコウモリの集団が移動し、ヘンドラウイルスの拡散が防がれたことが観察された。同研究グループは、こうしたデータ分析により、ヘンドラウイルスのクラスター発生の危険性を最大2年先まで予測できるようになったという。
問題なのは土地利用の拡大によってオオコウモリの餌となる樹木が減り、干ばつ時に開花できる場所ができるほどの原生林のポテンシャルがなくなってしまうことだ。オオコウモリによるヘンドラウイルスの拡散と感染拡大を防ぐためには、ウマからオオコウモリを引き離すことが重要で、そのためには原生林の保全や餌となる樹木の植林などが必要になるだろう。
以上をまとめると、コウモリはウイルスの貯水池としての特徴を持っているが、コウモリの生息域は自然破壊で狭められ、劣悪な環境で暮らさざるを得なくなり、本来の生息地を変えざるを得ない状況になっている。新型コロナウイルスが変異し、コウモリからヒトに感染するようになったように、これからも新たな人獣共通感染症が出現し、人類の脅威になるかもしれない。
※1-1:Tommy Tsan-Yuk Lam, et al., “Identifying SARS-CoV-2 related coronavirus in Malayan pangolins.” nature, doi.org/10.1038/s41586-020-2169-0, March, 26, 2020
※1-2:Devika Singh, Soojin V. Yi, “On the origin and evolution of SARS-CoV-2” Experimental & Molecular Medicine, 53, 537-547, 16, April, 2021
※2:Lucy van Dorp, et al., “Emergence of genomic diversity and recurrent mutations in SARS-CoV-2” Infection, Genetic and Evolution, Vol.83, 104351, September, 2020
※3:Susannna K. P. Lau, et al., “Severe acute respiratory syndrome coronavirus-like virus in Chinese horseshoe bats.” PNAS, Vol.102(39), 14040-14045, 2005
※4:Jie Cui, et al., “Origin and evolution of pathogenic coronaviruses.” nature reviews microbiology, Vol.17, 181-192, 2019
※5-1:Charles H. Calisher, et al., “Bats: Important Reservoir Hosts of Emerging Viruses.” Clinical Microbiology Review, DOI: 10.1128/CMR.00017-06, 2006
※5-2:Zhengli Shi, “Bat and virus.” Protein Cell, Vol.1(2), 109-114, 2010
※5-3:Jie Cui, et al., “Origin and evolution of pathogenic coronaviruses.” nature reviews microbiology, Vol.17, 181-192, 2019
※6:Aaron T. Irving, et al., “Lessons from the host defences of bats, a unique viral reservoir” nature, Vol.589, 363-370, 20, January, 2021
※7:Akshamal M. Gamage, et al., “Immunophenotyping monocytes, macrophages and granulocytes in the Pteropodid bat Eonycteris spelaea” scientific reports, 10, Article number: 309, 15, January, 2020
※8:Tamika J. Lunn, et al., “Counterintuitive scaling between population abundance and local density: Implications for modelling transmission of infectious diseases in bat populations” Journal of Animal Ecology, Vol.91, Issue5, 916-932, 15, November, 2021
※9:Peggy Eby, et al., “Pathogen spillover driven by rapid changes in bat ecology” nature, doi.org/10.1038/s41586-022-05506-2, 16, November, 2022
※10:Keith Murray, et al., “A Morbillivirus that Caused Fatal Fisease in Horses and Humans” Scinece, VOl.268, Issue5207, 94-97, 7, April, 1995