タバコにまつわる「迷信」を打破する:Breaking dawn the “Superstitions” about Tobacco

 タバコが持久力をアップさせるという論文(※1)が2010年に出た。受動喫煙を含むタバコ煙の暴露が心肺機能にダメージを与えるという論証は枚挙に暇がないほどあるが(※2)、なぜか時折こうした研究がなされる。放置しておけないと最近、タバコが持久力をアップさせるというこの「迷信」を打破する論文が出された。

タバコの有害物質は環境基準の数百倍

 タバコに関する「迷信」は多い。代表的な事例は「喫煙がアルツハイマー病の予防になる」というもの(※3)だが、大規模な疫学調査などによりこの「迷信」も完璧に否定されている(※4)。

 前述したタバコが持久力をアップさせるという論文は、カナダの医学雑誌『Canadian Medical Association Journal』にカルガリー大学の研究者が出したものだ。元になったのは2009年に出たデンマークの医師らによる論文(※5)のようだが、この論文の筆者は血中ヘモグロビン濃度がタバコを吸うごとに持続的に増えるとしている。

 カルガリー大学の研究者は、喫煙によってヘモグロビン濃度が上がり、肺活量が増え、体重が減少するのでアスリートが薬物検査をかわしつつ身体機能を増強させる新たなツールになるのではないかと大真面目にいっている。さらに、アスリートは持久力が上がるこの方法を採用すべきと推奨さえしているわけだ。

 こうした「迷信」を放置しておくと、またぞろタバコ信奉者がタバコの害を否定するためにネットなどで引用し、吹聴しまくるので危険極まる。これらの論文は、医学系サイトを検索してみるとほぼ無視されていることがわかるが、今回、米国のカリフォルニア州にあるパシフィック大学の研究者らが反証する論文(※6)を出した。

 この反証論文の研究者は、15~98歳の幅広い年齢層を対象に594人の喫煙者と1626人のタバコを吸わない人を比較し、年齢や性別、肥満度、喫煙度、糖尿病やCOPD(慢性閉塞性肺疾患)などの病歴などの変数を加味し、血中ヘモグロビン濃度と動脈血酸素飽和度を調べた。その結果、これら交絡(一種のバイアス)因子によって調整した喫煙と血中ヘモグロビン濃度の関係に有意な差は出ず、むしろ動脈血酸素飽和度は0.4%減っていた。

 研究者は、血中ヘモグロビン濃度は年齢や性別によって強く影響を受けるという。単純に喫煙者とタバコを吸わない人を比べた場合、血中ヘモグロビン濃度が喫煙者のほうで高くなる傾向がみえたが、年齢や性別などの交絡因子を排除すると喫煙は血中ヘモグロビン濃度を低くも高くもせず(帰無仮説の成立)、動脈血酸素飽和度をやや下げるようだ。

 タバコ煙には、有害物質が数百も入っていることがわかっている。この有害レベルは環境省が決めた大気汚染の基準を軽く超え、PM2.5でいっても立方メートルあたり数百μグラムになり、環境省基準1日平均値35μグラムの数百倍だ。

 加熱式タバコにも紙巻きタバコと同じ程度含まれているニコチンには血管収縮作用があり、心血管疾患を引き起こす危険性を高める(※7)。今回の反証論文にもあるが、タバコが持久力をアップするというのが完全な「迷信」だということがわかるだろう。


※1:Kenneth A. Myers, “Cigarette smoking: an underused tool in high-performance endurance training.” Canadian Medical Association Journal, Vol.182(18), E867-E869, 2010

※2-0:Raj Padwal, et al., “Cardiovascular risk factors and their effects on the decision to treat hypertension: evidence based review.” BMJ, Vol.322(7292), 977-980, 2001

※2-1:Charalambos Vlachopoulos, et al., “Prediction of Cardiovascular Events and All-Cause Mortality With Arterial Stiffness: A Systematic Review and Meta-Analysis.” Journal of American College of Cardiology, Vol.55, No.13, 2010

※2-2:Barbara Messner, et al., “Smoking and Cardiovascular Disease: Mechanisms of Endothelial Dysfunction and Early Atherogenesis.” Arteriosclerosis, Therombosis, and Vascular Biology, Vol.34, Issue3, 2014

※2-3:Joaquin Barnoya, et al., “Cardiovascular Effects of Secondhand Smoke: Nearly as Large as Smoking.” Circulation, Vol.111, Issue20, 2005

※3:Laura Fratiglioni, et al., “Smoking and Parkinson’s and Alzheimer’s disease: review of the epidemiological studies.” Behavioural Brain Research, Vol.113, 117-120, 2000

※4-0:C Reitz, et al., “Relation between smoking and risk of dementia and Alzheimer disease The Rotterdam Study.” Neurology, Vol.69(10), 2007

※4-1:Kaarin J. Anstey, et al., “Smoking as a Risk Factor for Dementia and Cognitive Decline: A Meta-Analysis of Prospective Studies.” American Journal of Epidemiology, Vol.166, Issue4, 367-378, 2007

※5:Nils Milman, et al., “Blood haemoglobin concentrations are higher in smokers and heavy alcohol consumers than in non-smokers and abstainers- should we adjust the reference range?” Annals of Hematology, Vol.88, 687, 2009

※6:Naylor L. Grace, et al., “Overturning the Hypothesis that Cigarettes Can Enhance Hematocrit and Improve Aerobic Capacity.” Medicine & Science in Sports & Exercise, Vol.50, Issue5S, 81, 2018

※7:「加熱式タバコも『心臓と血管』に悪影響を与える」Yahoo!ニュース:2018/06/05