あるのか「残留タバコ煙」による健康への害:サードハンドスモークの恐怖とは

 二次喫煙(Secondhand Smoke)、つまり受動喫煙による健康への害は広く知られるようになった。一方、残留したタバコ煙によるタバコ由来の化学物質が、喫煙者の頭髪、衣類、喫煙した室内、自動車内などに付着し、その化学物質や化学反応した物質などが汚染源になって他者の健康へ害を及ぼすのではないかという考え方がある。これに関し、研究によるエビデンスが少しずつ出されてきた。

サードハンドスモークとは

 客室内で加熱式タバコを含む喫煙行為を禁止しているのにもかかわらず、もし喫煙行為や吸い殻の発見、タバコ臭などが確認された場合、客室の清掃代や宿泊停止の損害費用などを請求する宿泊施設が増えている。ネット上で宿泊客の喫煙行為を糾弾した老舗旅館の女将が話題になったりもしている。

 室内に残ったタバコ臭はなかなか消えないし、タバコを吸わない人にとってとても不快なものだ。せっかくの旅行が、タバコ臭のせいでだいなしになった経験のある人も少なくないだろう。

 喫煙による残留化学物質を吸い込んだり触れたりすることを「三次喫煙」とか「サードハンドスモーク(Thirdhand Smoke)」という。

 この三次喫煙は、単に残っているタバコ臭が不快というだけでない。1990年代の終わりごろから研究され始め、健康への害が少しずつ明らかになり、タバコを吸わない人にとって切実な問題だということが次第にわかってきた(※1)。

心配な子どもへの害

 サードハンドスモークが特に問題になるのは、小さな子どものいる家庭内での喫煙だ。子どもの前ではタバコを吸わなくても、そのタバコ煙(加熱式タバコのエアロゾルを含む)がカーテンや壁、床などに付着し、室内で長く過ごす子どもの健康へサードハンドスモークの害が及ぶという懸念があるからだ(※2)。

 例えば、サードハンドスモークにさらされた部屋と、その部屋で長く過ごす子どもの細菌環境を調べた米国の研究によれば、サードハンドスモークのない部屋と子どもに比べ、コリネバクテリウム・ウルセランス感染症の原因菌やブドウ球菌などが多く見つかった。こうした傾向は、受動喫煙の害がある子どもと同様の結果だったといい、サードハンドスモークが受動喫煙と同じような影響を及ぼすことがわかる(※3)。

 一般住宅だけでなく、公共の場所でも換気が悪かったり狭い空間だったりした場合、サードハンドスモークによる化学物質が多く検出される。これは喫煙者が身にまとったタバコ由来の化学物質を持ち込むためと考えられている(※4)。

 これらの化学物質は、ニコチン、アセトアルデヒド、芳香性化合物、アクロレイン、ニトロソアミン類などのタバコ由来の成分が主だが、環境中で化学反応を起こすことも多く、これらタバコ由来の物質の有害性については、これまで十分に研究されてきた。

 一方、サードハンドスモークの定義の問題があったり、喫煙者の住居などからサンプルを得ることや比較対照群との区分けなどの難しさがあるなどし、サードハンドスモークの健康への害について、研究はなかなか進捗してこなかった。

がんの発症リスクが上がる

 だが、ここ数年、その発がん性などを中心にして、多くの研究成果が出されるようになってきている(※5)。

 英国とスペインの研究グループが、サードハンドスモークにさらされた部屋のハウスダストを調べたところ、若い年齢から長くサードハンドスモークにさらされるほど、がんの発症リスクが高くなることがわかった(※6)。また、サードハンドスモークに急速にさらされると、細胞ストレスに関係する遺伝子やミトコンドリアの活性化、細胞死などに影響があることがわかった(※7)。

 サードハンドスモークによる皮膚への曝露がどのように健康へ害を及ぼすのかを調べた米国の研究によると、サードハンドスモークは一酸化窒素と活性酸素を作り、血液中のタンパク質(プロテオーム)を変化させるなど、タバコを吸ったのと同じような有害な反応をおよぼすことがわかったという。こうした反応変化により、がん、アテローム性動脈硬化症などのタバコ関連疾患のリスクが上がる危険性がある(※8)。

 ヒトの遺伝的な多様性を再現した実験用マウス(Collaborative Cross Mice)を使い、サードハンドスモークの影響を調べた中国と米国の研究グループによる研究によると、サードハンドスモークにさらされたマウスで発がんに関する遺伝子の腫瘍感受性が高くなり、マウスの遺伝的な遺伝子の特性(汎がん、PanCancer)によってもサードハンドスモークによる発がんの感受性が異なることがわかった。同研究グループは、特に幼少期にサードハンドスモークにさらされると、がんの発症リスクが上がる危険性があると警告している(※9)。

 以上をまとめると、受動喫煙(二次喫煙)だけでなく、サードハンドスモーク(三次喫煙)による他者への健康被害、特に子どもへの害が次第に明らかになってきた。

 こうしたサードハンドスモーク、残留タバコ煙による害をなくすためには、喫煙者をその環境へ立ち入らせないことしかないだろう。


※1-1:野口美由貴ら、「サードハンドスモーク─もう一つの喫煙環境問題─」、Indoor Environment, Vol.21, No.1, 51-60, 2018

※1-2:Ana Diez-Izquierdo, et al., “Update on thirdhand smoke: A comprehensive systematic review” Environmental Research, Vol.167, 341-371, November, 2018

※2:G. Ferrante, et al., “Third-hand smoke exposure and health hazards in children” Archives for Chest Disease, Vol.79, No.1, 2013

※3:Scott T. Kelley, et al., “Altered microbiomes in thirdhand smoke-esposed children and their home environments” Pediatric Research, Vol.90, 1153-1160, 2, March, 2021

※4:Roger Sheu, et al., “Human transport of thirdhand tobacco smoke: A prominent source of hazardous air pollutants into indoor nonsmoking environments” ScienceAdvances, Vol.6, No.10, 4, March, 2020

※5:Bo Hang, et al., “Thirdhand smoke: Genotoxicity and carcinogenic potential” Chronic Diseases and Translational Medicine, Vol.6, Issue1, 27-34, March, 2020

※6:Noelia Ramirez, et al., “Exposure to nitrosamines in thirdhand tobacco smoke increases cancer risk in non-smokers” Environmental International, Vol.71, 139-147, October, 2014

※7:Giovanna L. Pozuelos, et al., “Experimental Acute Exposure to Thirdhand Smoke and Changes in the Human Nasal Epithelial Transcriptome” JAMA, New Open, Vol.2(6), E196362, 28, June, 2019

※8:Shane Sakamaki-Ching, et al., “Dermal thirdhand smoke exposure induces oxidative damage, initiates skin inflammatory markers, and adversely alters the human plasma proteome” eBioMedicine, Vol.84, October, 2022

※9:Hui Yang, et al., “Thirdhand tobacco smoke exposure increases the genetic background-dependent risk of pan-tumor development in Collaborative Cross mice” Environmental International, Vol.174, April, 2023