「空飛ぶクルマ」の環境負荷と実用可能性を探る:Exploring the Environmental Impact and Practicality of Flying Cars

 地上の交通渋滞を避け、空中を目的地までストレスなく移動できるクルマは、これまでSFや空想の世界の産物だった。しかし、宅配便など荷物の無人空中移送はすでに実用化段階にあり、次は有人の空飛ぶクルマに期待がかかる。そんな中、空中と地上のクルマの環境負荷などを比較した論文が出た。

世界中で加速する空飛ぶクルマ技術

 日本では現在、航空管制空域を飛行する航空機とヘリコプター、そして低空域の無人ドローンしか認可されていない。だが、2018年8月に経済産業省と国土交通省が主体となり「空の移動革命に向けた官民協議会」が作られ、俄然、現実味を帯びてきている。

 この分野で世界の競争は激しい。2018年秋には宅配便大手のヤマト・ホールディングスが、ヘリコプターやオスプレイで有名な米国ベル社と電動垂直離着陸機(eVTOL)による空中物流でタッグを組むと発表した。これは一種のドローンで無人機だが、2019年1月には米国ボーイング社が子会社オーロラ・フライト・サイエンシズによる有人eVTOL機による初飛行に成功し、ベル社もテキストロン社と共同開発した有人の空飛ぶクルマのデモを発表している。

ボーイングの子会社オーロラ・フライト・サイエンシズのPAV(Passenger Air Vehicle)の初飛行の様子。同社ホームページ(2019/05/07アクセス)より

 宇宙空間同様、空飛ぶクルマは起業家魂をくすぐるようだ。例えばGoogleの創業者の一人であるラリー・ペイジはいくつかの空飛ぶクルマのベンチャーに出資しているし、ウーバーもこの分野へ進出、NASA由来のベンチャーであるジョビィ・アビエーション(Joby Aviation)やドイツのリリウム(Lilium)GmbHというベンチャーも多くの企業や起業家から出資金を集めた。

 中国のehang、ドイツのボロコプター(Volocopter)などの機も実際に人を乗せて空を飛ぶまでになっていて、この分野の開発速度は速い。フランスでは元テスラの技術者がエヴァ(Electric Vertical Aircraft、EVA)という有人eVTOL機を作り、日本でもJAXA(宇宙航空研究開発機構)がリフトファン式VTOLの小型モデル機(Hornisse type 2B)でホバリングの初飛行を実現させている。

JAXAが開発する垂直離着陸機の想像図。モデル機は電動だが、有人に備えてJAXAが開発したターボシャフトエンジンを搭載するという。JAXAホームページ(2019/05/07アクセス)より

 空飛ぶクルマの発想自体は、それほど新しいものではない。だが、特にバッテリー系の技術的進化を背景に無人のドローンが性能面や安全性で広く活用され始めた結果、有人の飛行体が現実味を帯びてきているというわけだ。

 国内では航空法などの許認可が厳しかったが、空の移動革命に向けた官民協議会の発足後、監督官庁である国土交通省が協力し、国内でもteTra、SkyDriveなどいくつかのベンチャーが立ち上がっている。

距離が長くなればアドバンテージが

 こうして勢いづく空飛ぶクルマ技術だが、先日、英国の科学雑誌『nature』のnature COMMUNICATIONS電子版に、地上を走る従来のクルマ(ガソリンエンジンの内燃機関と電気自動車)と電動の空飛ぶクルマ(eVTOL)とで温室効果ガス排出量などの環境負荷で持続可能性を比較する論文が出た(※1)。これは米国フォード社やミシガン大学の研究グループによるもので、地上に比べて移動が直線的で距離が短い空飛ぶクルマにどれだけアドバンテージがあるか調べたという。

 空飛ぶクルマの問題点については、ウーバーなどによる詳細なリポートがある(※2)。これによると安全性、パイロット訓練、メンテナンス、騒音、温室効果ガス排出量、渋滞の緩和といったメリット・デメリットがあり、特に空飛ぶクルマ自体のコスト、パイロットの雇用コスト、消耗品であるバッテリー・コストに大きな負荷がかかるようだ。

 今回の研究グループによれば、空飛ぶクルマは離陸時、ホバリング時、着陸時にバッテリーを消費するためエネルギー効率は悪く、巡航速度に達して移動中のエネルギー効率は良くなるという。つまり、巡航飛行時間が長くなればなるほど、地上を走るクルマより高効率でアドバンテージが高くなる。

 逆にいえば、短距離移動でアドバンテージは低くなるわけで、実際、約35kmを境に一人乗りで比べた場合、内燃機関のクルマのほうがエネルギー使用量が少なくなることがわかった。これは長距離移動の多い米国内で空飛ぶクルマにメリットがあることになる。

 ただ、今回の比較評価では、地上を走る内燃機関と電気自動車には1.54人が乗り、空飛ぶクルマではパイロットと乗客3人の4人が乗って100km移動することを想定している。空飛ぶクルマの温室効果ガス排出量などの環境負荷は、内燃機関より52%、電気自動車より6%少なかったが、乗員数の違いを考慮しなければならないだろう。

 日本の場合はどうだろうか。道路が曲がりくねって地上で移動距離が長くなる山間部などでの利用に利点があると考えられるかもしれない。

 また、使用電力では発電システムなどの上流での環境負荷も算定基準に入れているが、再生可能エネルギーによる発電が増えれば増えるほど、空飛ぶクルマのアドバンテージが上がるという。研究グループは、製造コストやバッテリー性能などの未知数の要素が多くまだ断言はできないものの、空飛ぶクルマの持続可能性は高いと結論づけている。

 では、空飛ぶクルマは近い将来に実用化するのだろうか。問題は、バッテリー容量などの技術面以外では、法規制に絡んだ姿勢制御と操縦の安定性、安全性になるだろう。

 実際に空を飛ぶためには、長期間の訓練と高度な技術が必要だ。空飛ぶクルマの操縦者は一般人になるが、パイロット試験に合格する人間はそう多くない。

 そのため各社はAIを活用した自動化技術でこの問題を解決しようとしているが、地上の自動運転もまだまだ前途多難で空中移動に応用し、空路を整備するまでにはかなりの時間がかかりそうだ。当面は、海上など人のいない場所で、少人数のパイロットによる実証実験が続くことになるだろう。


※1:Akshat Kasliwal, et al., “Role of flying cars in sustainable mobility.” nature COMMUNICATIONS, doi.org/10.1038/s41467-019-09426-0, 2019

※2:UBER, “Fast-Forwarding to a Future of On-Demand Urban Air Transportation.” 2016(2019/05/07アクセス)