新型コロナを「収束」させるための「切り札」とは:What is the “Ace in the Hole” to “converge” COVID-19?

 新型コロナは、我々が生きている世界を大きく変えた。その中であまり注目されていないのが社会経済的な格差の問題だ。新型コロナは健康格差を浮き彫りにしたが、健康格差の背後には社会経済的な格差がある。我々はこの問題にどう向き合っていけばいいのだろうか。

新型コロナがあぶり出したもの

 新型コロナは社会の変化をより加速させたという。デジタル化が進んだともいうが、それはデジタル化によって雇用や人間関係など社会経済的に置き去りにされる人が増えたということでもある。

 新型コロナは、まず我々の健康や生命を脅かしている。社会的距離の確保や3密の回避のため、人間関係の疎外と断絶が生まれた。経済活動が停滞し、社会経済的な格差が拡大し、一方で実態経済を反映しない株式市場が活況を呈している。

 新型コロナにより、これまで見過ごされ、あえて触れられてこなかった経済や教育、健康の格差が表面化・顕在化した。実はこうした格差こそ、最も我々にとって重要で解決に急を要する問題であり、新型コロナを収束させるための切り札となる可能性がある。

 古今東西の歴史を見れば、格差を放置したり格差の拡大を是認する社会や組織は、やがていびつに歪んできしみ始め、内部から腐っていったり戦争を引き起こして破滅してきた。格差の拡大は社会の結束や一体性を損なう。また、不公正や不公平は社会を不安定にし、その結果として持続的な経済成長を阻害するという指摘もある。

 国会や社会にとって富の再配分と格差是正の問題解決は必要不可欠なはずだが、新型コロナによって表面化・顕在化するまで、この問題は長く放置されてきた。金融や市場経済システムは不完全のままで、各国の金融政策や中央銀行の施策はこの問題を全く解決できていない。これは世界各国に共通する問題だ(※1)。

 日本でも2020年に若い女性の自殺者が増えたことが話題になっているが、社会的・経済的な弱者、人種的に差別されている人に対し、新型コロナは不合理で深刻な影響を及ぼし続けている。この数十年の間、構造的に形成された持続的な格差のため、こうした社会階層の人、特に高齢者に新型コロナは大きな脅威としてのしかかっている(※2)。

 社会経済的に脆弱な人の多くは、エッセンシャルワーカーという社会に不可欠な職業についてもいる。エッセンシャルワーカーとは、医療や福祉、農業、小売販売、通信、公共交通機関など、社会を支える仕事をしている人のことだが、こうした業種業態の人は都市からの移住もテレワークもできず、他者と直接、触れ合ったり対面したりせざるを得ないことが多いことで、相対的に新型コロナの感染リスクが高くなる(※3)。

格差の解決なくして収束なし

 若年層や高齢者、女性を含む非正規労働者といった社会経済的な弱者は、感染すると雇用を失う危険性があり、積極的に検査を受けないことが考えられる(※4)。質の高い医療にアクセスできる環境にない人が多く、健康や栄養面、教育などで不利な状態に放置され続けている。そのため、生活習慣病にかかるなどして、既往症による新型コロナの重症化や死亡リスクも高い(※5)。

 こうした現実を客観的にみると、社会経済的な格差を放置しておけば感染症のパンデミックを抑え込むこともできないということがわかる。なぜなら、社会経済的な格差は健康格差を生むが、健康格差による弱者は感染リスクが高く、潜在的にウイルスを保持し続け、社会インフラの重要な仕事に就いていることもあって感染を拡大させる危険があるからだ(※6)。

 同時に、こうした人は社会インフラを支える存在であることから、パンデミックが手のつけられない状態になれば、食料や物資の配給はもちろんエネルギーも通信も杜絶してしまうだろう。

 我々が新型コロナの収束へ向かおうとするとき、格差問題の解決なくしてそれは不可能だ。社会全体が結束し、相互の理解と信頼を取り戻すことなしに新型コロナを収束させることはできない(※7)。

 新型コロナのような新興の人獣共通感染症が世界に広がる原因は、グローバリゼーションと市場原理に基づく金融資本主義によるものが大きいと考えられている。

 つまり、ごく一部の富裕層が主導するグローバリゼーションと市場原理に基づく金融資本主義が新型の感染症パンデミックを引き起こし、同時に格差をも生む(※8)。世代を超えた持続的な社会経済的格差は教育格差にもつながり、ごく一部の富裕層とそれ以外の階層を固定化させるようになっている。

 健康格差の問題を考えるためには、まず我々一人ひとりの健康や生命を尊重する社会にしなければならないだろう。新型コロナは健康格差にも関係するが、格差をより少なくすることで格差の連鎖を止め、社会経済的な弱者に対する施策がより必要になる。

 もちろん、感染者やエッセンシャルワーカーといった職業への差別やその助長をけっして許してはならないし、不合理で不完全な市場の原理に振り回されて世界が直面する現実に目を背けてはならないだろう。

 命あっての物種という言葉があるが、人々が健康でなければ健全な社会にはならないし、新型コロナに太刀打ちできない。健康や生命は経済よりも重要なのだ。

※1-1:Jakob de Haan, Jan-Egbert Sturm, “Finance and income inequality: A review and new evidence” European Journal of Political Economy, Vol.50, 171-195, 2017

※1-2:Andrea Colciago, “Central Bank Policies and Income and Wealth Inequality: A Survey” Journal of Economic Surveys, Vol.33, Issue4, 1199-1231, 2019

※2-1:Shehzad Ali, et al., “COVID-19 and inequality: are we all in this together?” Canadian Journal of Public Health, Vol.111, 415-416, 23, June, 2020

※2-2:Katerina Standish, “A coming wave: sucide and gender after COVID-19” Journal of Gender Studies, doi.org/10.1080/09589236.2020.1796608, 20, July, 2020

※3:Milena Almagro, et al., “Racial Disparities in Frontline Workers and Housing Crowding during COVID-19: Evidence from Geolocation Date” Opportunity & Inclusive Growth Institute, Institute Working Paper No.37, September, 2020

※4:Stephanie Schmitt-Grohe, et al., “COVID-19: Testing Inequality in New York City” Columbia University, 18, April, 2020

※5:Hirokazu Tanaka, et al., “Widening Socialeconomic Inequalities in Smoking in Japan, 2001-2016” Journal of Epidemiology, doi.org/10.2188/jea.JE20200025, 27, June, 2020

※6:Feheem Ahmed, et al., “Why inequality could spread COVID-19” THE LANCET, Public Health, Vol.5, Issue5, 1, May, 2020

※7:Frank J. Elgar, et al., “The trouble with trust: Time-series analysis of social capital, income inequality, and COVID-19 deaths in 84 countries” Social Science & Medicine, Vol.263, 113365, 16, September, 2020

※8:Shashank Kumar, Ruben Gaztambide-Dernandez, “Are we all in this together? COVID-19, imperialism, and the politics of belonging” Curriculum Inquiry, Vol.50, Issue3, 18, November, 2020