甲子園でタバコを吸った「喫煙者」は、なぜ「ここで吸うな」と言われてもわからなかったのか

 母校の高校野球の応援に行った甲子園で喫煙していた熊本県議会の議員が問題になっている。喫煙者の多くはルールを守っているようだが、一部の喫煙者にとってルールなど無きに等しいものだったりする。なぜ彼らは禁じられている場所でタバコを吸ってしまうのだろうか。

タバコのニコチンには強い依存性がある

 タバコ製品に含まれるニコチンは、強い依存性のある薬物だ。タバコを吸うと口の中に入った時点からニコチンが急速に吸収され、全身の臓器へ行き渡り、脳へは10秒という速度で到達する(※1)。

 米国の疫学調査によれば、アルコール、大麻、コカイン、ニコチンの中でニコチンが、最も依存性が強かった(※2)。これまでの研究によれば、ニコチンは脳の大脳辺縁系にあるドーパミンの報酬メカニズムに作用して依存性を高めると考えられている(※3)。

 だが、タバコ会社はニコチンには強い依存性はないと主張する。また、受動喫煙の害について、JT(日本たばこ産業)は受動喫煙防止を定めた改正健康増進法が施行された今でも公式に認めていない。

 禁煙をしたことのある喫煙者なら、即座にこういったタバコ会社の主張が欺瞞にあふれたものとわかるだろう。なぜなら、ニコチン切れによる精神や身体への影響は、落ち着きを失ったり不安になったり注意力が散漫になったり、非常に苦しいものだからだ。

 これまでの研究によれば、ニコチン切れの苦しさが強いほどニコチン依存度が強い(※4)。また、せっかく禁煙してもニコチン依存度が強いほど喫煙を再開してしまうことがわかっている(※5)。

衝動的な行動が増えたり不安になったり

 吸い殻のポイ捨て問題も喫煙所の受動喫煙問題も同じだが、喫煙者の中にはルールを守らず、周囲に迷惑をかける者がいる。喫煙やポイ捨てを注意されただけで逆上し、注意した相手を殴ったり首を絞めたりする行動との関係も無視できない。

 彼らはルールを守っている喫煙者にとっても迷惑な存在だが、タバコに含まれるニコチンなどの有害物質が、喫煙者の脳へ作用し、認知機能などに悪影響をおよぼしたり、衝動的な言動に走らせてしまうなどが起きるようだ。

 これまでニコチンは、否定的な感情より肯定的な感情を呼び起こし、怒りや恐れ、恥などを抑える作用があると考えられてきた(※6)。

 だが、思春期や青年期の脳が高度に発達する時期にニコチンが供給されると、報酬系などをつかさどるドーパミン受容体に影響をおよぼし、情動反応などの成熟度を変化させ、その結果、学習能力の成長を阻害したり、社会的な不適合などを引き起こす恐れのあることがわかっている(※7)。

 喫煙は衝動的な行動の増加や注意力の低下に関係し、うつや不安など、成人になってからの脳の機能に影響をおよぼすようだ。こうしたニコチンによる影響は、女性より男性で強く出てくるとされ、ニコチンが紙巻きタバコと同じくらい入っている加熱式タバコなどの新型タバコにも同じような作用があるという(※8)。

 最近の米国の高校生のリスク行動調査による研究では、喫煙本数が増えてニコチン摂取量が多くなるほど、悲しみや絶望を感じたり自殺未遂をするリスクが高くなる傾向があったという(※9)。この報告をした研究者は、喫煙が身体の健康のみならず、精神的な健康にも悪影響をおよぼし、特に青少年期のヘビースモーカーに対して禁煙サポートなどの支援が必要と強調している。

脳を乗っ取られてしまう恐怖

 一方、タバコによって、喫煙者の脳に変化が起きているという研究も多い。

 ニコチンは脳内でニコチン性のアセチルコリン受容体にくっつき、ドーパミンなどの報酬系脳内物質を出す。これによって中毒性の依存症になるわけだが、タバコを吸うことで大脳皮質にあるこの受容体は3〜4倍にまで増える。禁煙後、1ヶ月経たないとこの肥大した受容体は元には戻らず、6〜12週間でようやくタバコを吸わない人と同じレベルに戻る(※10)。

 また、タバコを吸うことで認知機能が低下し(※11)、脳内のネットワークの結合が弱くなり(※12)、タバコを吸わない人に比べ、喫煙者の大脳皮質は0.07〜0.17ミリほども薄くなるという研究もある(※13)。さらに、最近の研究によれば、ニコチン依存度によって視床や右頭頂葉など、脳の内部にも変化が起きているという(※14)。

 断っておくが、この記事は喫煙者を糾弾したり差別したりするものではない。喫煙者はむしろ国のタバコ政策やタバコ会社によって、ニコチン依存症にさせられた被害者だ。

 もちろん違法行為は許されるものではないが、問題になっている熊本県議も強度のニコチン依存症で、野球の応援中もニコチン切れで苦しくなってしまったのだろう。

 また、熊本県という地域の環境も大きいのではないだろうか。熊本県は、都道府県別の喫煙率で男性は7位、女性も11位で上位であり、葉タバコの作付面積と生産高も熊本県は全国一位だ。

 そのためか、自民党のタバコ議員連盟の前の会長は熊本県選出の前衆議院議員の野田毅氏だったし、2018年に亡くなった熊本県選出の園田博之氏は大変なチェーンスモーカーだった。この熊本県議はタバコ農家など、地元産業の声を背景に当選してきたのかもしれない。

 いずれにせよ「知らないうちに吸っていた」と言っているように、タバコを吸うと脳に変化が起き、感情がニコチンにコントロールされてしまう。だから注意されても吸い続けたのかもしれない。

 脳がニコチンに乗っ取られてしまうタバコの怖さを知れば、今すぐにでも禁煙したほうがいいだろう。


※1:Janne Hukkanen, et al., “Metabolism and Disposition Kinetics of Nicotine.” Pharmacological Reviews, Vol.57(1), 79-115, 2005

※2:Catalina Lopez-Quintero, et al., “Probability and predictors of transition from first use to dependence on nicotine, alcohol, cannabis, and cocaine: Results of the National Epidemiologic Survey on Alcohol and Related Conditions (NESARC)” Drug and Alcohol Dependence, Vol.115(1-2), 120-130, 1, May, 2011

※3:Yann Chye, et al., “Subcortical surface morphometry in substance dependence: An ENIGMA addiction working group study” Addiction Biology, Vol.25, Issue6, e12830, 2020

※4:Todd F. Heatherton, et al., “The Fagerström Test for Nicotine Dependence: a revision of the Fagerström Tolerance Questionnaire” The British Journal of Addiction, Vol.86, Issue9, 1119-1127, 1991

※5:E S. Han, et al., “Characteristics and smoking cessation outcomes of patients returning for repeat tobacco dependence treatment” The International Journal of Clinical Practice, Vol.60, Issue9, 1068-1074, 2006

※6:Sharon M. Boles, Karen Miotto, “Substance abuse and violence: A review of the literature” Aggression and Violent Behavior, Vol.8, Issue2, 155-174, 2003

※7-1:Jennifer B. Dwyer, et al., “The dynamic effects of nicotine on the developing brain” Pharmacology & Therapeutics, Vol.122, Issue2, 125-139, 2009

※7-2:Trevor Archer, “Effects of Exogenous Agents on Brain Developments: Stress, Abuse and Therapeutic Compounds” CNS Neuroscience & Therapeutics, Vol.17, Issue5, 470-489, 2011

※8:Frances M. Leslie, “Unique, long-term effects of nicotine on adolescent brain” Pharmacology Biochemistry and Behavior, Vol.197, 2020

※9:Meenakshi Dasage, et al., “Self-reported history of intensity of smoking is associated with risk factors for suicide among high school students” PLOS ONE, doi.org/10.1371/journal.pone.0251099, May, 13, 2021

※10-1:David C. Perry, et al., “Increased Nicotinic Receptors in Brains from Smokers: Membrane Binding and Autoradiography Studies.” Journal of Pharmacology and Experimental Therapeutics, Vol.289, Issue3, 1999

※10-2:Kelly P. Cosgrove, et al., “β2-Nicotinic Acetylcholine Receptor Availability During Acute and Prolonged Abstinence From Tobacco Smoking.” JAMA, Vol.66(6), 666-676, 2009

※11-1:Simone Kuhn, et al., “Reduced Thickness of Medial Orbitofrontal Cortex in Smokers.” Biological Psychiatry, Vol.68, Issue11, 1061-1065, 2010

※11-2:Zeqiang Linli, et al., “Association between smoking and accelerated brain ageing” Progress in Neuro-Psychopharmacology and Biological Psychiatry, Vol.113, 110471, 8, March, 2022

※12:Sarah W. Yip, et al., “Effects of Smoking Status and State on Intrinsic Connectivity” Biological Psychiatry: Cognitive Neuroscience and Neuroimaging, Vol.7, Issue9, 895-904, 2022

※13:S Karama, et al., “Cigarette smoking and thinning of the brain’s cortex.” Molecular Psychiatry, vol.20, 778-785, 2015

※14:Hongfeng Liu, et al., “Brain Magnetic Resonance Imaging Features of Nicotine-Dependent Individuals and Its Correlation with Polymorphisms of Dopamine D Receptor Gene” Contrast Media & Molecular Imaging, Vol.2022, 2296776, 24, August, 2022