なぜ「メンソール・タバコ」が規制されなければならないのか

 メンソール・タバコが米国で吸えなくなるかもしれない。2021年4月29日、FDAはメントール・タバコと香り付けした葉巻の禁止に動いたのだ。「スッとする」メンソールが添加されたタバコは日本でも種類が多いが、なぜ規制されるのだろうか。

米国で強まるタバコ製品への添加物規制

 2020年7月、米国のFDA(食品医薬品局)は電子タバコで菓子製品に似せたパッケージを作った企業へ警告書を発行した。若年層向けの確信犯とみなし、誤解を招くようなパッケージを取り締まったのだ。

 FDAなどの米国の公衆衛生当局は、以前からタバコ対策に積極的に取り組んできた。オバマ政権下ではニコチン総量規制へ動いたり、若年層への電子タバコの蔓延に危機感を抱いて様々な対策を講じたりしている。

 味付けタバコについても同じだ。FDAは2018年10月、食品に添加される香料7種について使用禁止の措置をとった。合法的にタバコに添加されているメンソールは他の香料に門戸を広げる口実にもなっているが、これはメンソール規制の地ならし的な措置と言える。

 欧米ではニコチンが添加された電子タバコ(E-Cigarette)が若い世代の間で広がっているが、これはニコチン入りリキッド(液体)を電気的に加熱して発生させた蒸気(Vaper)を吸う。このリキッドに様々な香料を加えることで訴求効果を高めているが、米国には7700種類以上のリキッドが販売されている(※1)。

 米国で販売されているニコチンを含まない電子タバコのリキッドを分析した研究(※2)によれば、蒸気に含まれる香料が酸化ストレスで活性酸素(Reactive Oxygen Species、ROS)を作り出し、その結果として炎症反応を引き起こして体細胞を損傷させる危険性があるようだ。これは容量が増えるほど細胞の損傷度が大きくなり、香料の種類が多くなると同様に細胞を傷つけるリスクが高くなったという。

 こうした中、2021年4月29日、FDAはメントール・タバコと香り付けした葉巻の禁止に動いた。これによって、米国で紙巻きタバコに使える香り付け添加物は全くなくなることになる。

なぜタバコ会社はメンソールにこだわるのか

 タバコにメンソールなどの香料を添加してきた歴史は長い。

 メンソール・タバコは、1933年にブラウン・アンド・ウィリアムソンというタバコ会社がクール(Kool、現在はインペリアル・ブランド、米国内以外ではブリティッシュ・アメリカン・タバコのブランド)という製品を発売してから一般に広まった。以降、キャメル(Camel)やセーラム(Salem)などでメンソールを添加した製品が現れた。現在では、メンソールを入れたフィルター内のカプセルをいちいち潰して吸う仕組みのものまであり、同じ製品は加熱式タバコのスティックでも採用されている。

 ハッカやミントなどに含まれるメンソールは、冷たい感覚(冷感)を引き起こす。トウガラシに含まれるカプサイシン(Capsaicin)が暖かさを感じさせるように、ヒトやマウスを含む哺乳類は第2染色体にTRPM8という寒さを感知する遺伝子を持っていて(※3)、メンソールはTRPM8遺伝子に作用し、あたかも冷たさを感知したかのように錯覚させるという(※4)。「スッとする」あれだ。

 メンソール・タバコの規制については、すでにカナダのオンタリオ州が2017年1月、その販売を禁止している。その際、タバコ会社はフィルターに入れていたメンソール入りのカプセルを別売りにするなどして規制を逃れようとした(※5)。

 なぜタバコ会社は、これほどまでメンソールにこだわるのだろうか

 フィリップモリスなどのタバコ会社は、なるべく若いうちにタバコを吸わせ、ニコチン依存にし、禁煙させずに喫煙者を増やすにはどうすればいいのかを長年、研究してきた。

 こうした研究によって、タバコにメンソールを加えれば、吸いやすくなってニコチン本来の刺激をやわらげることのみならず、メンソールとニコチンが相乗効果をあらわし、ニコチン濃度を低くしてもニコチンの依存機能を維持できることをよく知るようになった(※6)。

 メンソールがタバコの苦さやまずさを緩和することで「なんであんなものを吸っているのか」という喫煙者の罪悪感も緩和する。タバコを初めて吸う若年層や女性は、そうしたメンソールの効果によってより手を出しやすく、ニコチン依存になりやすくなるというわけだ(※7)。

 このように、メンソール・タバコの喫煙者は禁煙しにくくなる(※8)。それはメンソールが血中のニコチン濃度を上げ、中毒作用を強めるからだ(※9)。そして、こうした生理反応は女性でより強いこともわかっている(※10)。

メンソールの機能とは

 メンソール・タバコの喫煙者は、そうでない喫煙者に比べ、脳卒中のリスクが高くなることが知られている。米国で2001〜2008年にかけて得られたデータの中から喫煙者5028人(女性2289人)を抽出し、メンソール・タバコの喫煙者1286人(25.6%)とそうでない喫煙者を比べた研究によれば、メンソール・タバコの喫煙者のほうが脳卒中のリスクが高かったという(※11)。

 前述したように、メンソールには喫煙への罪悪感を低減させる効果があるが、それはメンソール・タバコの喫煙者は禁煙しにくいという側面にもつながっている。米国の調査によればメンソール・タバコの若年層の喫煙者で、うつ病などの精神疾患にかかることも多い(※12)。禁煙には自己効力感も必要となるが、メンソールは何か脳にそうした作用をおよぼすのかもしれない。

 タバコ会社はニコチン依存症、つまり常習的な喫煙者を増やすためならなんでもやる。血中ニコチン濃度を高めるメンソールと同様の作用があるアンモニアをタバコに加えてきたという歴史もあるのだ(※13)。

 繰り返すが、タバコ製品に添加された香料の毒性については、肺などに害を及ぼし、酸化ストレスの原因になり、DNAにダメージを与えて炎症を起こすなどの悪影響がある。こうした香料の危険性は、加熱式タバコでも同じだ(※14)。

 以上をまとめると、米国FDAは紙巻きタバコの最後の添加香料であるメンソールの禁止に動いたが、タバコ会社はこの規制に抵抗してきた。それはメンソールを入れたタバコは吸いやすく禁煙しにくいからだ。タバコ会社が嫌がる規制には、高い効果があるということだろう。

 タバコ製品に添加されるメンソールなどの香料には有害性があり、米国では民主党政権になってタバコ規制を厳しくするようになっている。特に米国では黒人でメンソール・タバコの喫煙率が高い。社会的な弱者に対し、健康格差を広げないための措置ともいえる。

 一方、日本ではタバコ製品への添加物はほとんど野放し状態で、日本の政府は、国民の健康や生命にはあまり関心がないようだ。

 紙巻きタバコや加熱式タバコのスティックには、メンソールや他の香料が添加され、チョコレート味やココナッツ味、ストロベリー味、マンゴー味など多種多様なラインナップをそろえている。

 喫煙は新型コロナの感染や重症化のリスクだが、どんな香料が入っているかわからない、呼吸器を痛めつけるタバコはすぐにやめたほうがいい。


※1:Shu-Hong Zhu, et al., “Four hundred and sixty brands of e-cigarettes and counting: implications for product regulation.” Tobacco Control, Vol.23, doi.org/10.1136/tobaccocontrol-2014-051670, 2014

※2:Thivanka Muthumalage, et al., “Inflammatory and Oxidative Responses Induced by Exposure to Commonly Used e-Cigarette Flavoring Chemicals and Flavored e-Liquids without Nicotine.” frontiers, doi.org/10.3389/fphys.2017.01130, 2018

※3:Diana M. Bautista, et al., “The menthol receptor TRPM8 is the principal detector of environmental cold.” nature, Vol.448, 204-208, 2007

※4:R Eccles, “Menthol and Related Cooling Compounds.” Journal of Pharmacy and Pharmacology, Vol.46, Issue8, 618-630, 1994

※5:Robert Schwartz, et al., “Tobacco industry tactics in preparing for menthol ban.” Tobacco Control, Vol.27, Issue5, doi.org/10.1136/tobaccocontrol-2017-053910, 2018

※6:Valerie B. Yerger, “Menthol’s potential effects on nicotine dependence: a tobacco industry perspective” Tobacco Control, Vol.20, Issue Suuppl2, doi.org/10.1136/tc.2010.041970, 2010

※7-1:R J. Wickham, ”How Menthol Alters Tobacco-Smoking Behavior: A Biological Perspective” Yale Journal of Biology and Medicien, Vol.88(3),279-287,2015

※7-2:Jonathan M. Samet, et al., “Flavoured tobacco products and the public’s health: lessons from the TPSAC menthol report.” Tobacco Control, Vol.25, doi.org/10.1136/tobaccocontrol-2016-053208, 2016

※8:Philip H. Smith, et al., “Use of Mentholated Cigarettes and Likelihood of Smoking Cessation in the United States: A Meta-Analysis” NICOTINE & TOBACCO RESEARCH, Vol.22, Issue3, 307-316, 2020

※9-1:Cristine D. Delnevo, et al., “Smoking-Cessation Prevalence Among U.S. Smokers of Menthol Versus Non-Menthol Cigarettes.” American Journal of Preventive Medicine, Vol.41, Issue4, 357-365, 2011

※9-2:Michael A. Ha, et al., “Menthol Attenuates Respiratory Irritation and Elevates Blood Cotinine in Cigarette Smoke Exposed Mice.” PLOS ONE, doi.org/10.1371/journal.pone.0117128, 2015

※10:Judith Rosenbloom, et al., “A cross-sectional study on tobacco use and dependence among women: Does menthol matter?” BMC Bobacco Induced Diseases, doi.org/10.1186/1617-9625-10-19, 2012

※11-1:Nicholas T. Vozoris, et al., “Mentholated Cigarettes and Cardiovascular and Pulmonary Diseases: A Population-Based Study.” JAMA Internal Medicine, Vol.172(7), 590-593, 2012

※11-2:脳卒中リスク:全体のオッズ比(OR)2.25:95%CI:1.33-3.78、女性のオッズ比3.28:95%CI:1.74-6.19、非アフリカ系米国人のオッズ比3.48:95%CI:1.70-7.13、変数調整後の脳卒中リスク:全体のオッズ比(OR)2.19:95%CI:1.05-4.58、女性のオッズ比3.54:95%CI:1.60-7.84、非アフリカ系米国人のオッズ比3.02:95%CI:1.24-7.34

※12:Amy M. Cohn, et al., “Menthol tobacco use is correlated with mental health symptoms in a national sample of young adults: implications for future health risks and policy recommendations” Tobacco Induced Diseases, Vol.14, 2016

※13-1:Geoffrey Ferris Wayne, et al., “Tobacco Industry Manipulation of Nicotine Dosing.” Nicotine Psychopharmacology,

Handbook of Experimental Pharmacology 192, 2009

※13-2:Terrell Stevenson, et al., “The SECRET and SOUL of Marlboro: Phillip Morris and the Origins, Spread, and Denial of Nicotine Freebasing.” American Jouranl of Public Health, Vol.98, No.7, 1184-1194, 2008

※14-1:Kanae Bekki, et al., “Comparison of Chemicals in Mainstream Smoke in Heat-not-burn Tobacco and Combustion Cigarettes.” Journal of UOEH, Vol.39, Issue3, 2017

※14-2:Xiangyu Li, et al., “Chemical Analysis and Simulated Pyrolysis of Tobacco Heating System 2.2 Compared to Conventional Cigarettes.” NICOTINE & TOBACCO RESEARCH, doi.org/10.1093/ntr/nty005, 2018

※14-3:Gurjot Kaur, et al., “Mechanisms of toxicity and biomarkers of flavoring and flavor enhancing chemicals in emerging tobacco and non-tobacco products.” Toxicology, Letters, Vol.288, 143-155, 2018

※14-4:Jessica L. Fetteman, et al., “Flavorings in Tobacco Products Induce Endothelial Cell Dysfunction” Arteriosclerosis, Thrombosis, and Vascular Biology, Vol.38, Issue7, 1607-1615, 2018