イルカが「フグ毒」で「ハイ」になるのは本当か

 ちょっと前、ネット上でフグで遊ぶイルカがフグ毒で「ハイ」になっているのではないかという動画が話題になった。フグ毒が幻覚作用を及ぼしているというわけだが、それは本当だろうか。

よくフグで遊ぶイルカの行動

 イルカの遊び好きとフグに毒があることはよく知られている。ネット上で話題になった動画は数年前に英国BBCのドキュメンタリー番組で放映されたもので、ウミガメ型ロボットにカメラを仕込んで海洋生物の生態を記録するシリーズだ。

 この動画では、オスやメスの若いイルカの集団がフグをつついてふくらませ、口にくわえて泳ぎ回り、海面からフグを空中へ放り投げて遊び、その後、確かにあたかも幻覚剤で「はしゃい」だり、酩酊状態になったかのような様子をみせている。

 ドキュメンタリーのナレーションは「イルカたちはフグ毒でハイな状態になっていた」と言っているが、この動画を紹介したいくつかのニュースサイトの内容によると、イルカがフグが放出する毒素(テトロドトキシン)によって脳へ何らかの影響を受けていることについて、研究者の間でも意見が分かれているようだ。この動画を撮影した制作者によれば、イルカがフグで遊んでトランス状態になる様子を観察したのは複数回あるという。

 この動画が撮影されたのと同じ大西洋のアゾレス諸島のイルカでは、ふくらんだフグで遊ぶイルカが研究者によって過去に観察されている(※1)。このレポートによれば、イルカの群れが4尾のフグで遊び、遊び終わるとイルカたちは海面近くに身体を浮かべ、静かに横たわっていたという。そして、こうした静かになる行動は「ロギング(Logging)」と呼ばれるそうだ。

 フグを使った行動はアゾレス諸島のイルカに特徴的なものではない。イルカがフグをなんらかの特別な存在として認知しているのは、他の観察研究でも報告されていて、オーストラリア、ブリスベンに近い島でイルカによるヒトへの「ギフト(贈り物)行動」を記録した研究(※2)によれば、フグを捕まえてきた子イルカが研究者にそれを持ってくる行動を繰り返したという。

フグの毒は皮膚からも出る

 一方、日本の厚生労働省によれば、国内でフグによる食中毒の発生は多い年で40件(2008年)、ここ数年は十数件から20件(2020年)の間を推移している。1〜3人ほどが亡くなっている年もあり、事件や死者のほとんどは家庭で発生しているようだ。

 フグの毒はテトロドトキシン(Tetrodotoxin、TTX)という無味無臭の神経毒で、生物の神経系を麻痺させ、呼吸困難におちいらせる。20種以上のフグにテトロドトキシンが含まれ(※3)、フグ以外も魚類ではツムギハゼ、貝類ではボウシュウボラやバイ貝など、タコではヒョウモンダコ、またイモリ、カエル、カニ、ウミウシ、ヒトデ、ヒラムシ、ヒモムシ、バクテリアにも含まれる種類がいる。

 テトロドトキシンは、フグ自身が作り出すのではない。孵化したばかりのフグの稚魚の毒性は低く、その後に餌としてテトロドトキシンを作り出すバクテリア(フグ毒産生細菌)を摂取し、フグの体内にバクテリアが作り出したテトロドトキシンが蓄積されると考えられている(※4)。

 フグ自身が毒で死なないのは、テトロドトキシンを神経系に作用しにくくさせるタンパク質を作り出す遺伝子があり、フグは血液中のテトロドトキシンを不活性化できると考えられている(※5)。また、フグは積極的にテトロドトキシンを含んだバクテリアを探し、体内へ摂取するようだ(※6)。

 テトロドトキシンは水溶性で熱に対して安定し、むしろ加熱されると毒性を増加させるようだ(※7)。そして、今のところ有効な解毒剤はない(※8)。

 テトロドトキシンは肝臓や卵巣などの内臓に含まれるが、種類によっては皮や筋肉にも含まれる。また、その毒性はフグの種類や部位、棲息する海域によっても違い、さらに個体差もあるとされる。

 テトロドトキシンの毒性は、マウスユニット(MU)という生物毒の影響を見積もる単位で測る。1MUは体重20gマウスに対する30分の致死量で、テトロドトキシンは10MU/g(2.2μg)以下では食べても健康への悪影響はないとされるが、ヒトの致死量は約1万MU(約2ミリグラム)と言われる。

 では、イルカは果たしてフグのテトロドトキシンにより、脳へ何らかの作用を受け、あたかも幻覚剤でハイな状態になるのだろうか。

 フグがテトロドトキシンを体内へ蓄積するのは、捕食者に対して身を守ることを目的にし、皮膚の粘膜からテトロドトキシンを放出し自分を「食べたらまずいもの」とアピールすると考えられている(※9)。また、フグのメスは、卵巣を経て生まれてくる子フグにテトロドトキシンを受け渡し、子フグが捕食者から逃れるための手段にしているようだ(※10)。

 さらに、テトロドトキシンには寄生虫(カイアシ=動物性プランクトン)を引き寄せる機能もあり、寄生虫はフグの皮膚粘膜からテトロドトキシンを接種し、体内に蓄積していることもわかっている(※11)。こうした寄生虫は、テトロドトキシンを宿主の目印にしているのかもしれない。

テトロドトキシンは脳へ作用できない

 このように、フグは皮の粘膜からテトロドトキシンを出しているようだ。だが、フグの皮は食べられる種類と食べられない種類があり、トラフグの仲間のクサフグ(Takifugu alboplumbeus)やヒガンフグ(Takifugu pardalis)は、別名ナゴヤフグ(あたったら終わり=尾張)といわれるように皮膚からも強い毒素を放出する(※12)。

 イルカがフグを遊び道具にする過程で、フグの皮膚からテトロドトキシンが放出される可能性は高い。そして、イルカがハイになったりトランス状態になるためには、イルカの脳へテトロドトキシンが作用しなければならないだろう。

 イルカの脳には、我々ヒトと同じように血液脳関門(Blood-Brain Barrier、BBB)や血液脳脊髄液関門(Blood-Cerebrospinal Fluid Barrier、BCSFB)がある。こうしたバリア機能の役割は、脳や網膜へ必要な物質以外の異物が簡単に入らないようにし、脳の毛細血管は酸素やグルコースなどの脳に必要な物質は通すが、血管の細胞が密着している隙間よりも大きな分子の物質は通さない。

 酒を飲むとアルコール(エタノール)が消化器官を経て肝臓から身体の中に吸収されるが、アルコールは分子量が小さく水溶性でも脂溶性でもあるので、脂溶性の物質を透過させやすい血液脳関門から脳へ入ってしまう。こうして血液脳関門を通過したアルコールが脳の機能へ影響を与え、酔っ払ってしまうというわけだ。

 また、タバコを吸うとニコチンが肺から吸収され、血液から素早く脳へ到達し、ニコチン性アセチルコリン受容体という脳内の報酬系を刺激する。だが、ニコチンがどうやって血液脳関門を通ることができるのか、そのメカニズムはよくわかっていない。おそらくニコチンの持つイオンの性質(カチオン、陽イオン)が作用しているのではないかと考えられている(※13)。

 では、テトロドトキシンはどうだろうか。

 テトロドトキシンには、前述したように寄生虫を引き寄せる機能はあるようだ。テトロドトキシンには、辛い痛みを和らげるアヘンに代わる鎮痛作用の可能性はあるが(※14)、今のところ幻覚作用があるかどうかはまだわかっていない。

 テトロドトキシンは分子量が多く、血液脳関門を通過できないと考えられている(※15)。また、テトロドトキシンは逆に幻覚剤の機能を遮断し、幻覚作用を阻害する役割を持っているようだ(※16)。

 以上をまとめると、イルカは遊び好きでふくらんだフグで遊んだり、ヒトへの贈り物として持ってくることがよくある。フグ毒のテトロドトキシンは皮膚の粘膜からも放出され、捕食者へのメッセージとなるが、テトロドトキシンはイルカの脳へ作用することはなさそうだ。

 ネット上で話題になった動画は、以前の観察研究からもわかる通り、若いイルカの群れが単にフグで遊び、遊び疲れた後によくみられる姿勢で静かに休んでいたということになる。

 だが、テトロドトキシンの作用については、鎮痛剤としての役割も含め、まだわかっていないことも多い。テトロドトキシンが、イルカの行動に何らかの影響を与えた可能性も否定しきれないだろう。


※1:Lisa Steiner, “Rough-toothed dolphin, Steno Bredanensis: A New Species Record for the Azores, with some notes on behaviour” Arquipelago, Life and Marine Sciences, 125-127, 1995

※2:Bonnie J. Holmes, David T. Neil, ““Gift Giving” by Wild Bottle- nose Dolphins (Tursiops sp.) to Humans at a Wild Dolphin Provisioning Program, Tangalooma, Australia” Anthrozoos, Vol.25, Issue4, 2012

※3:Tamao Noguchi, et al., “TTX accumulation in pufferfish.” Comparative Biochemistry and Physiology Part D: Genomics and Proteomics, Vol.1, Issue1, 145-152, 2006

※4:Tamao Noguchi, Osamu Arakawa, “Tetrodotoxin- Distribution and Accumulation in Aquatic Organisms, and Cases of Human Intoxication.” Marine Drugs, Vol.6(2), 220-242, 2008

※5-1:Tuck Wah Soong, Byrappa Venkatesh, “Adaptive evolution of tetrodotoxin resistance in animals” Trends in Genetics, Vol.22, Issue11, 621-626, 2006

※5-2:Jun-Ho Jang, et al., “LC/MS Analysis of Tetrodotoxin and Its Deoxy Analogs in the Marine Puffer Fish Fugu niphobles from the Southern Coast of Korea, and in the Brackishwater Puffer Fishes Tetraodon nigroviridis and Tetraodon biocellatus from Southeast Asia.” Marine Drugs, Vol.8, 1049-1058, 2010

※6:Kogen Okita, et al., “Puffer smells tetrodotoxin” Ichithyological Research, Vol.60, Issue4, 386-389, 2013

※7:Kyosuke Tsuda, et al., “Tetrodotoxin. VII. On the Structures of Tetrodotoxin and its Derivatives.” Chemical and Pharmaceutical Bulletin, Vol.12, No.11, 1357-1374, 1964

※8:Mongi Saoudi, et al., “Tetrodotoxin: a potent marine toxin.” Toxin Reviews, Vol.29(2), 60-70, 2010

※9-1:Behky L. Williams, “Behavioral and Chemical Ecology of Marine Organisms with Respect to Tetrodotoxin” marine drugs, Vol.8(3), 381-398, 2010

※9-2:Miriam Reverter, et al., “Biological and Ecological Roles of External Fish Mucus: A Review” fishes, Vol.3(4), 41, 2018

※10:Shiro Itoi, et al., “Larval pufferfish protected maternal tetrodotoxin” Toxicon, Vol.78, 35-40, 2014

※11:Katsutoshi Ito, et al., “Detection of tetrodotoxin (TTX) from two copepods infecting the grass puffer Takifugu niphobles: TTX attracting the Parasites?” Toxicon, Vol.48, 620-626, 2006

※12:Masaaki Kodama, et al., “Tetrodotoxin secreting glands in the skin of puffer fishes” Toxicon, Vol.24, Issue8, 819-829, 1986

※13-1:Yuma Tega, et al., “Functional expression of nicotine influx transporter in A549 human alveolar epithelial cells.” Drug Metabolism and Pharmacokinetics, Vol.31, Issue1, 99-101, 2016

※13-2:Shin-ichi Akanuma, et al., “Role of cationic drug-sensitive transport systems at the blood-cerebrospinal fluid barrier in para-tyramine elimination from rat brain.” BMC, Fluids and Barriers of the CNS, Vol.15:1, 2017

※14-1:Vicki Brower, “New paths to pain relief” nature biotechnology, Vol.18, 387-391, 2000

※14-2:Rafael Ganzalez-Cano, et al., “Effects of Tetrodotoxin in Mouse Models of Visceral Pain” marine drugs, Vol.15(6), 188, 2017

※15-1:Imelda Omana-Zapata, et al., “Tetrodotoxin inhibits neuropathic ectopic activity in neuromas, dorsal root ganglia and dorsal horn neurons” Pain, Vol.72, 41-49, 1997

※15-2:Daria I. Melnikova, et al., “Addressing the of Tetrodotoxin Targeting” marine drugs, Vol.16, 352, 2018

※16-1:Gerard J. Marek, et al., “A major role for thalamocortical afferents in serotonergic hallucinogen receptor function in the rat neocortex” Neuroscience, Vol.105, Issue2, 379-392, 2001

※16-2:Gerard J. Marek, “Interactions of Hallucinogens with the Glutamatergic System: Permissive Network Effects Mediated Through Cortical Layer V Pyramidal Neurons” Behavioral Neurobiology of Psychedelic Drugs, doi.org/10.1007/7854_2017_480, 2017