「肥満」を治す方法が見つかった? 研究者に聞く日本発の新たな研究成果

 コロナ禍もあって運動不足になりがちな人は多い。そうなると肥満が心配になるが、肥満を放っておくと高血圧、糖尿病、痛風、心血管疾患、がんといった病気の原因になりかねない。肥満を根本的に治療する方法はまだ確立されていないが、今回、新たに脂肪を燃焼させるメカニズムが発見され、これが肥満治療薬につながるのではないかという。このメカニズムを発見した研究者に詳しく話を聞いた。

コロナ禍で増える肥満

 2019(令和元)年の国民健康・栄養調査によれば、肥満者(BMI25以上)の割合は男性で33.0%、女性で22.3%だ。コロナ禍で2020年、2021年の同調査は行われていないが、外出自粛や在宅勤務などもあって運動不足になりがちになり、この割合がどう変化しているのか心配でもある(※1)。

 国際的に日本人の肥満の割合は低いが、欧米人と比べて日本人はインスリンの分泌能力が低く、肥満の程度にかかわらず糖尿病などにかかる患者が多い。また、正常体重でも内臓脂肪の蓄積によってお腹の周囲の長さ(へその高さの腹囲)が増えるメタボリックシンドロームの人が多いと考えられている。

 減量治療が必要な肥満は肥満症という病気とされているが、軽度の肥満でも内臓脂肪の異常な蓄積があれば肥満症と診断されることもある。また、肥満症に該当する可能性のある患者は20歳から39歳の男性で約367万人、女性で約77万人、40歳以上の男性で約1247万人、女性で約641万人いると推計され、日本人成人の0.2%から0.3%はBMI35以上の高度肥満と考えられている(※2)。

 肥満や肥満症は予防できるが、軽度の肥満でも早い時期に生活習慣の改善と減量などを始めたほうがいい。だが、肥満症の認知度はメタボリックシンドロームに比べて低く、治療が遅れれば知らない間にドミノ倒しのように高血圧や糖の代謝異常、心血管疾患、腎不全などが引き起こされる、いわゆる「メタボリックドミノ(※3)」の連鎖が起きる危険性がある。

肥満は病気なのか

 肥満や肥満症を早期に治療する方法はこれまで限定的だったが、今回、九州大学大学院医学研究院臨床検査医学の藤井雅一非常勤講師、病院検査部の瀬戸山大樹助教、康東天名誉教授らの研究チームは、マウスの褐色脂肪細胞のミトコンドリアを使った研究で、あるタンパク質に強力な抗肥満効果が存在することを示し、そのメカニズムについて解明した(※4)。同研究グループの藤井氏に今回の研究内容について話をうかがった。

──肥満は病気なのですか。

藤井「一般的に肥満は、身体に脂肪が蓄積している状態を意味するもので、その状態単独で何かしらの臓器障害・健康障害をきたしていることを示しているわけでなく、疾患を意味するものではありません。ただ、肥満の状態が持続するとメタボリックドミノのドミノ倒しが始まることとなります。このドミノ倒しでいろいろ有名な生活習慣病が出現してくると、これは健康障害を有すことになりますので、この場合は疾患を意味する『肥満症』という名称で呼ばれることとなります。裏を返せば、どんなに太っていてもドミノが倒れずにどの臓器も侵されなければ『肥満という状態』で病気扱いにならないことになりますが、一生そういう状態でいられる人というのは、まずいないのではないかと思います」

──どうしても太ってしまう病的な肥満という人もいます。

藤井「肥満はその原因によって大きく二つに区別されます。いろいろなホルモン分泌異常・遺伝子異常・視床下部の機能異常が存在しますと、食事管理に関係なく肥満になり、これを症候性(二次性)肥満といいます。一方、圧倒的多数の肥満は単純性(原発性)肥満といい、こちらは『食べ過ぎ・動かなさ過ぎ』といった生活習慣病の一貫となってきます」

──今回のご研究はどちらの肥満についてでしょうか。

藤井「今回の私たちの研究は、基本的に内分泌・遺伝子などの異常のない単純性(原発性)肥満に対しての効果を期待して行っています。症候性(二次性)肥満の場合は原因が異なりますので、また別の領域の研究となってくるでしょう。単純性(原発性)肥満の根本的な理由は食べ過ぎが主ですが、その根本を完全に叩けなくとも肥満を解決する方策を見いだすことが今回の検討目的となります」

──肥満の治療にはどのようなものがあり、どのような問題点があるのでしょうか。

藤井「まず、運動療法や食事療法があり、これらは一定の効果が期待できますが、御存じの通り最も簡単にとりかかることができますが、最も継続が困難なものとも思われます。また、胃を切除したりする外科的な手術も効果はありますが、肥満を完全に治療するものではありません。また、肥満治療のための飲み薬も提案されていますが、副作用があるものが多いようです」

脂肪を燃焼させる褐色脂肪細胞とは

──今回のご研究で使ったマウスの褐色脂肪細胞というのはどんなものなのでしょうか。

藤井「褐色脂肪細胞(Brown Adipocyte)は、熱産生に携わる機能を持っており、新生児の体温維持に作用して、その後は徐々に消失していき成人には存在しないと考えられてきました。しかし、2009年にその存在が成人にも確認され、以降、褐色脂肪細胞活性化の研究が盛んに行われるようになってきました。私たちも、脂肪を燃焼して熱を産生する褐色脂肪細胞の活性化メカニズムについての研究に取り組んできたのです」

──それはどんなメカニズムなのですか。

藤井「私たちの細胞にはミトコンドリアという器官があり、ミトコンドリアは細胞内でエネルギー変換をしたり熱生産などをしています。褐色脂肪細胞にもたくさんのミトコンドリアがあり、ミトコンドリアのDNA(mtDNA)は様々なタンパク質と相互作用をすることで様々な機能を持つことが知られています。私たちは今回、実験用マウスを使ってミトコンドリアのDNA(mtDNA)に機能を持たせるミトコンドリア転写因子A(TFAM)というタンパク質に注目しました」

──このミトコンドリア転写因子A(TFAM)が重要ということでしょうか。

藤井「そうです。このミトコンドリア転写因子A(TFAM)がたくさん現れた実験用マウスの褐色脂肪細胞からは、通常の実験用マウスの褐色脂肪細胞に比べて、細胞外小胞(エクソソーム)という物質が過剰に分泌することがわかりました。この細胞外小胞(エクソソーム)というのは、細胞から分泌される直径50ナノメートルから150ナノメートルの顆粒状の物質で、エクソソームには様々なタンパク質・脂質・ RNA が含まれ、別の細胞に運搬されることによって機能的な変化や生理的な変化を引き起こします」

──過剰に分泌された細胞外小胞(エクソソーム)が、脂肪を燃焼させたりエネルギー代謝に関係する褐色脂肪細胞に、何らかの影響を与えるということでしょうか。

藤井「下の図をご覧いただければわかると思いますが、ミトコンドリア転写因子A(TFAM)がたくさん現れた実験用マウスの褐色脂肪細胞では、ミトコンドリアの機能が高まり、細胞外小胞(エクソソーム)の分泌が促進されます。この細胞外小胞(エクソソーム)が、自分自身や周囲の細胞に取り込まれ、その結果として褐色脂肪細胞が活性化して熱を作り出していました。私たちは他の褐色脂肪細胞の研究とは異なり、このメカニズムを明らかにしたのです」

実験用マウスの褐色脂肪細胞、ミトコンドリア、細胞外小胞(エクソソーム)の関係と褐色脂肪細胞の活性化メカニズム。上が同研究グループが明らかにしたメカニズム、下は通常のメカニズム。細胞外小胞(エクソソーム)が自分自身や周辺の細胞に取り込まれ、褐色脂肪細胞の活性化遺伝子が作り出すタンパク質が増え、熱を作り出す機能が持続的に高まり、その結果、強力な抗肥満効果がみられるのではないかという。九州大学のプレスリリースより。
実験用マウスの褐色脂肪細胞、ミトコンドリア、細胞外小胞(エクソソーム)の関係と褐色脂肪細胞の活性化メカニズム。上が同研究グループが明らかにしたメカニズム、下は通常のメカニズム。細胞外小胞(エクソソーム)が自分自身や周辺の細胞に取り込まれ、褐色脂肪細胞の活性化遺伝子が作り出すタンパク質が増え、熱を作り出す機能が持続的に高まり、その結果、強力な抗肥満効果がみられるのではないかという。九州大学のプレスリリースより。

肥満を抑制するメカニズムとは

──今回のご研究では、褐色脂肪細胞、ミトコンドリア、ミトコンドリア転写因子A(TFAM)、細胞外小胞(エクソソーム)の関係が重要ということでしょうか

藤井「褐色脂肪細胞のミトコンドリア機能と、細胞外小胞(エクソソーム)の分泌には関係があるため、その役割に重点を置いて研究を進めてきました。細胞外小胞(エクソソーム)は、人間を含めた哺乳類の身体の中でごく普通に作られる抗肥満因子であり、褐色脂肪細胞自身がこの物質を分泌し、自己活性化に利用していることを明らかにした点が重要だと考えています」

──実際の実験結果から、肥満を抑制するメカニズムがわかったというわけですね。

藤井「そうです。ミトコンドリア転写因子A(TFAM)をたくさん発現させた実験用マウスの褐色脂肪細胞では、実際にミトコンドリア機能が高くなっていて、褐色脂肪細胞の活性化に必要なタンパク質もたくさん作られるようになっていました。私たちは、ミトコンドリア転写因子A(TFAM)が高発現(たくさん作られた)したほうの実験用マウスの褐色脂肪細胞を、通常の実験用マウスに移植し、同じような作用が生じるのか試してみました。すると通常の実験用マウスは、高脂肪食を食べさせても体重増加の抑制効果が認められたのです」

同じように高脂肪食を食べさせたミトコンドリア転写因子A(TFAM)をたくさん出現させた実験用マウス(点線)と通常の実験用マウス(実線)の体重変化の違い。九州大学のプレスリリースより。
同じように高脂肪食を食べさせたミトコンドリア転写因子A(TFAM)をたくさん出現させた実験用マウス(点線)と通常の実験用マウス(実線)の体重変化の違い。九州大学のプレスリリースより。

──今回のご研究により、肥満治療に関してどんなことが期待できますか。

藤井「先ほど述べましたが、細胞外小胞(エクソソーム)が抗肥満因子と考えられますから、この細胞外小胞(エクソソーム)の効率のいい回収法の検討をしたり、ミトコンドリアの活性化をターゲットとして細胞外小胞(エクソソーム)をたくさん分泌するよう誘導する薬剤を作れば肥満の治療薬につながるのではないかと考えています。まだマウスでの研究ですが、ヒトへの応用が可能とすれば、メタボリックドミノの最初の一枚が倒れないことになります。ドミノ倒しが起きなければ、糖尿病、高血圧、脂質異常症、脳梗塞・心筋梗塞などの心血管疾患、腎不全などの病気を予防することにもつながるでしょう」

──肥満の治療薬が実現した場合、それは肥満予防にも効果がありますか。

藤井「褐色脂肪細胞は加齢とともに小さくなっていくようなので、褐色脂肪細胞がなくなってから細胞外小胞(エクソソーム)を投与しても効果は期待できないでしょう。そのため、褐色脂肪細胞がなくならないよう、その活性を持続させるようなコンセプトで肥満の予防に貢献できるのではないかと思っています」

──美容目的のための肥満治療の可能性はどうでしょう。

藤井「医師として個人的には、肥満を起点として生活習慣病が発症し、無症状であっても実はゆっくりと動脈硬化は進行し、いずれ発生してくる血管合併症を抑制したい、また、その合併症から生じる、寝たきり、認知症、日常生活動作の低下による家族への介護の負担といった問題が起きないようにしたい、という思いで研究を進めています。美容目的の肥満治療に関しては、現在は関連付けて検討していませんが、今後、発展していき、その領域にも当たり前のように普及していけば喜ばしいことと思っています」

 見た目に肥満体型ではなくても筋肉や骨に比べて内臓脂肪の多い「隠れ肥満」という言葉があるが、食生活の乱れや運動不足などが原因とされ、肥満病のリスクが上がる。肥満防止の基本は、まずは日常的にバランスのとれた食事をとり、適度な運動をすることだ。もし肥満治療薬ができたとしても、この基本を忘れないようにしたい。


藤井雅一(ふじい・まさかず)

医学博士。九州大学大学院医学研究院臨床検査医学 非常勤講師。福岡県社会保険医療協会社会保険稲築病院内科部長。糖尿病専門医として約20年間、臨床・研究に携わる。臨床現場での経験と着眼により実験計画の策定と実行などを進めている。


※1:滋賀医科大学、「新型コロナウイルス感染症緊急事態宣言下で国民の生活習慣に変化─国民健康・栄養調査対象者の疫学研究NIPPON DATA2010の追跡調査結果より─」、2021年5月26日

※2:日本肥満学会、「肥満症治療ガイドライン2016」

※3:Hiroshi Ito, “What is ‘metabolic domino effect? –new concept in lifestyle-related diseases” Nihon rinsho. Japanese Journal of Clinical Medicine, Vol.61(10), 1837-1843, 2003

※4:Masakazu Fujii, et al., “TFAM expression in brown adipocytes confers obesity resistance by secreting extracellular vesicles that promote self-activation” iScience, Vol.25, 104889, doi.org/10.1016/j.isci.2022.104889, 16, September, 2022