タバコ「吸い殻」の犯罪の証拠能力を考える

 犯罪立件の証拠として容疑者の生体物質を証拠に使うことがよく行われるが、タバコの吸い殻に付着した唾液の分析による証拠能力はどの程度あるのだろうか。DNA鑑定では過去に冤罪も生んでいるが、最近の研究論文から近年急速に発達しているその技術精度や手法などについて考えてみたい。

 飲食チェーンの社長が射殺された事件の容疑者が逮捕されたが、各社報道によれば現場近くで発見押収されたタバコの吸い殻から検出されたDNAが容疑者と一致したこと、そして容疑者が犯行前にそこで吸ったタバコと特定する燃焼実験などが決め手になったようだ。警察は、検挙した容疑者から同意を得て採取したり、現場に残された遺留品などからのDNAをデータベース化している。

 DNAプロファイリングは、過去にはその精度の低さから冤罪も生んできた。だが、PCRや大規模並列シーケンシング(MPS)などの識別能力の向上、コンタミや汚染の排除などのサンプル入手技術の進歩、RNAやマイクロmRNAによる体液識別技術の確立、DNAデータベースや遺伝的家系情報(倫理的な課題あり)の蓄積などによって格段に精度が上がっている(※1)。

 受刑者の喫煙率は高い(※2)。犯罪捜査では、現場などに残されたタバコの吸い殻が容疑者を絞り込む決め手になることも少なくない(※3)。

 今回の事件では、現場近くに残されたタバコの吸い殻や逃走用バイクの煙硝反応などが有力な証拠になると考えられているが、最近の研究論文ではどのような技術革新があるのだろうか。

 タバコの吸い殻からDNAを採取する方法にはいくつかあり、その技術は日々進歩している(※4)。採取されたDNAはPCRによって増幅され、統計分析とプロファイリングにまわされることになる。

 喫煙者と非喫煙者では、唾液に含まれるDNAのメチル化の変化が異なっている。DNAメチル化というのは、後天的にDNAに付加される装飾のことでシトシンなどの塩基の炭素原子(C)にメチル基がくっつくことをいう。この変化によって年齢を予測することが可能で、例えばタバコの吸い殻に付着した容疑者の唾液から年齢予測するモデルも開発されている(※5)。

 一卵性双生児のDNAは同じなのでDNAプロファイリングは適用できないが、メチル化などの後天的なDNAの変化を調べれば一卵性双生児も区別できる。一卵性双生児の協力を得てDNAのメチル化を調べた研究によれば、口の中の粘膜や唾液からに比べ、タバコの吸い殻からのDNAのメチル化の精度は低いようだ(※6)。

 また、今回の事件では、容疑者が事件の前に現場付近でタバコの吸い殻を捨てたことを立証するために燃焼実験などを行ったようだ。科学的な犯罪捜査ではタバコの灰の分析技術もある。タバコの灰からは犯罪者の人数を推定したり、好みのブランドの特定から容疑者を絞り込むことが期待されるようになっている(※7)。

 一方、タバコの吸い殻に残された唇の跡を個人識別に利用できるのではないかという試みもある(※8)。現状では男性と女性の違いくらいしかわからないようだが、現場に残されたグラスの飲み口やタバコの吸い殻から指紋のように犯人を絞り込むことができるようになるかもしれない。

 今回の事件が発生したのは2013年だったが、捜査関係者の粘り強い捜査と遺留品の分析によって容疑者の逮捕まで行き着いた。未解決事件は多いが、科学技術の進歩によって進捗が期待できるかもしれない。


※1-1:Kevin Wai Yin Chong, et al., “Recent trends and developments in forensic DNA extraction” WIREs, Vol.3, Issue2, 15. September, 2020

※1-2:Penelope R. Haddrill, “Developments in forensic DNA analysis” EMERGING TOPICS IN LIFE SCIENCES, Vol.5(3), 381-393, 1, April, 2021

※2:Turan, Onur, “Smoking Statius and the Presence of Chronic Obstructive Pulmonary Disease in Prison” Addiction Medicine, Vol.9, Issue2, 118-122, 2015

※3:Pawar SG, et al., “Only Cigarette Butt is Left, DNA Fingerprinting Traps the Theft” Journal of Forensic Science & Criminology, Vol.6, Issue1, 30, June 2018

※4-1:Li-Chin Tsai, et al., “The detection and identification of saliva in forensic samples by RT-LAMP” Forensic Science, Medicine and Pathology, Vol.14, 469-477, 30, July, 2018

※4-2:Hany Kallassy, et al., “Comparison of four DNA extraction methods to extract DNA from cigarette butts collected in Lebanon” Science & Justice, Vol.59, Issue2, 162-165, March, 2019

※5:Yuya Hamano, et al., “Forensic age prediction for saliva samples using methylation-sensitive high resolution melting: exploratory application for cigarette butts” scientific reports, 7, Article number: 10444, 5, September, 2017

※6:Athina Vidaki, et al., “Investigation the Epigenetic Discrimination of Identical Twins Using Buccal Swabs ,Saliva, and Cigarette Butts in the Forensic Setting” genes, Vol.9(5), 252, 14, May, 2018

※7:Akanksha Sharma, Vishal Sharma, “Forensic analysis of cigarette ash using ATR-FTIR spectroscopy and chem-metric methods” Microchemical Journal, Vol.178, July, 2022

※8:Vajpai Jai Vrat, et al., “A Study of Efficacy of Lip Print as a Tool for Personal Identification” Journal of Punjab Academy of Forensic Medicine & Toxicology, Vol.22, Issue1, 17, September, 2022