受動喫煙対策を「プライベート空間」にもという訴え:近隣からのタバコ煙被害の実態とは

 コロナ禍もあって非喫煙者も喫煙者も在宅の時間が増えているが、コロナ禍以前から近隣からの受動喫煙の被害、タバコ煙による体調不良を訴える人は多い。在宅時間が増えれば、それだけこうした受動喫煙の被害が増えると考えられる。では、その実態はどうなっているのだろうか。

新型コロナのパンデミックで増えた在宅喫煙

 主に受動喫煙の被害を防ぐことを目的とした改正健康増進法が、2020年4月1日に全面施行された。この法律は、公共機関や飲食店など、不特定多数が集まる公共の屋内で喫煙することを原則的に禁じている。

 また、職場における受動喫煙防止の推進や禁煙サポートの取り組みも行われ、一部の自治体は屋外についても条例などを策定して禁煙化を進めてきた。

 だが、一般の生活空間である個人の住宅からの受動喫煙の他者被害を救済する法律は日本はおろか、世界各国でもまだない。これは個人の権利に対する侵害に各国ともに慎重だからだろう。

 新型コロナウイルス感染症のパンデミックが長引き、在宅で勤務する人も増えているが、喫煙者の中にはタバコの本数が増えたというケースも多い。韓国のウェブ調査によれば、特にソウルなど都市部で喫煙本数が増えた人が目立つようだ(※1)。

 もちろん、新型コロナのパンデミック以前から、多くの人は戸建て住宅や集合住宅といった個人の生活空間で多くの時間を過ごしている。これは非喫煙者も喫煙者も同じだが、戸建て住宅の場合は隣近所に、集合住宅では隣室や上下階に、喫煙者がいてタバコを吸った場合、そのタバコ煙が非喫煙者の生活空間に入り込んできて受動喫煙の被害をおよぼすという事例が起きる。

近隣からのタバコ煙被害の事例

 こうした近隣からのタバコ煙の被害の実態はあまり広く知られていないが、喘息などの持病を持つ人や化学物質過敏症の患者さんなどにとっては死活問題だ。これまで筆者に寄せられた近隣からのタバコ煙被害の実態をいくつか紹介したい。

事例1

 Mさんは、都内のマンション在住の30代の女性で家族3人(小さいお子さん1人を含む)暮らしだが、現在のマンションに入居してからすぐ下の階の住人によるベランダ喫煙で苦しんできたという。マンションの規約でベランダは共有部分になり、喫煙は禁止されているが、苦情を言っても下の階の住人は規約を守らずタバコを吸い続けているという。

 下の階のベランダからのタバコ煙は、部屋の中に侵入し、もともと気管支が弱いMさんは部屋で子どもと寝ていても咳き込むようになった。広くて日当たりのいいベランダなのに、洗濯物も部屋干しにしなくてはならなくなったそうだ。

 この件について管理している公営住宅公社に相談したが、隣人トラブルに関しては介入できないといわれ、マンションの管理組合に相談しても親身になって対応してくれなかったという。Mさんは、自分の体調への不安と同時にお子さんへの受動喫煙について心配しているが、どう対応したらいいのか途方に暮れている。

事例2

 都内の木造アパートの2階に住んでいる50代の男性K氏も、同じアパートの入居者からのタバコ煙に苦しんでいる一人だ。古い木造アパートなので、建て付けの悪い隙間から階下のタバコ煙が上がってくるという。階下の住人は、1日3箱のタバコを吸っていると豪語してくる始末だそうだ。

 K氏は大腸がんからのサバイバーでもあるが、階下からのタバコ煙が原因で眼疾をわずらってしまったそうだ。眼科医からはタバコ煙には気をつけ、早く引っ越すように言われたそうだが、経済的な理由で簡単に引っ越しできず、困っている。階下の住人は全く聞く耳を持たず、大家もタバコの煙が問題になったことはこれまで一度もないの一点張りで全く対応してくれないという。

事例3

 都内のマンションに家族と住む50代の男性M氏は医療従事者だが、ご自身と数年前に他界した父親や奥さんなど家族が、一致して階下からのタバコ煙により同じ体調不良の症状を起こしているそうだ。その症状とは、睡眠中に息苦しくなって目が覚め、喉が渇いて動悸や頭痛が始まるというもの。皮膚がピリピリしてかゆくなり、光をまぶしく感じるなどの症状も出ているという。

 マンションの理事会に訴え、喫煙している住人へ注意喚起をしてもらったが、改善にはいたっていない。管理会社、保健所、警察、弁護士に相談したが、いずれも室内の喫煙に関して罰する法律がないので喫煙をやめるように強制できない、という回答だったそうだ。また、喫煙者とおぼしき人が否定している場合、喫煙の証拠を得ることは難しいという。

事例4

 都内の7階建てマンションの4階に住む30代、男性のO氏は、両親と3人暮らしだが、かつて隣の住人と真下の3階からのタバコ煙による健康被害を受けていたという。隣の住人は主婦だったが、換気扇の下で吸うタバコ煙が自室内へ侵入してくるという事例が5年くらい続いた。階下の住人は高齢男性で、ベランダ喫煙のタバコ煙による健康被害が3年くらい続いたそうだ。

 O氏の場合、近隣からのタバコ煙を吸い込むと喉や目の痛みを感じ、顔の皮膚のしびれの症状も出たという。また、コーヒーや菓子類の香りがタバコの匂いのように感じられることも起きたそうだ。

 タバコ煙の発生源が特定できていたことから、管理会社に訴えかけて喫煙をしないようにポスティングしてもらったり、管理組合の理事会でベランダ喫煙禁止の規約を作り、換気扇の下での喫煙を続けていた隣の住人に対しては訴訟を起こすと伝えるなどした結果、これらの近隣からのタバコ煙はなくなったという。

 こうした事例からわかることは、自らのタバコ煙による他者への健康被害を実感できない喫煙者の存在、そしてプライベート空間での喫煙に対し、やめさせる強制力がないということだ。

どうすればこの問題を解決できるのか

 近隣からのタバコ煙被害の問題を解決するには、いったいどうすればいいのだろうか。以下に被害者の側からの意見を紹介する。

 事例1のMさんは「喫煙者はまわりの人を病気にする恐れのある行為をしている自覚を持つべき」といい、事例2のK氏は「タバコ税を大幅に上げればヘビースモーカーが減って被害に苦しむ人も減るのでは」と述べた。

 また、事例3のM氏は「タバコ煙が侵入してくることを測定し、それに基づいて保健所などが調査や取り調べができるようにしなければ問題は解決しない」という。事例4のO氏は「他者の生活空間をタバコの副流煙という毒物で汚染して健康を害しておきながら、何も処罰されない現状は明らかにおかしい。法律で加害者である喫煙者に厳しい罰則を科すべきだと思う」と主張する。

 タバコ問題に詳しい弁護士は、ベランダ喫煙による受動喫煙訴訟では5万円という補償額(慰謝料)だが原告が勝った事例があり、こうした判例を出すことで抑止効果が得られるのではないかという。

 このベランダ喫煙訴訟というのは、2012(平成24)年12月13日に名古屋地裁で判決が出た裁判で、原告である70代の女性が真下の階の60代男性に対し、ベランダ喫煙のタバコ煙により体調が悪化したとして150万円の損害賠償を求めたケースだ。

 判決では、自己所有のプライベート空間だとしてもどんな行為も許されるわけではなく、喫煙によって他の居住者に著しい不利益を与えていることを知りながらやめない場合、喫煙行為が不法行為となり得るとし、管理組合からの再三の注意にもかかわらず喫煙を続けたこともあり、損害賠償義務を認めている。

 この裁判で原告側の代理人弁護士を務めた北條政郎氏に話をうかがったところ、法廷での尋問で被告の喫煙者がベランダでタバコを吸っていた事実を認めたことが裁判官の心証を変えたのではないかという。

 ただ、喫煙者が自分の専有部分でタバコを吸っていないと主張した場合、喫煙行為を証明するのはなかなか難しい。近隣との関係は特にナイーブで誰しも争いたくはないが、泣き寝入りすれば受動喫煙の健康被害はどんどん悪化する。

 また、上記の事例はいずれも都内だが、前述した韓国の研究のように人口密度の高い都市環境で特に近隣からのタバコ煙被害が起きやすく、この害を避けることが難しいようだ(※2)。

 筆者も参加するタバコ問題の集まりには、毎回のように近隣からのタバコ煙に悩む異なった相談者がやってくる。潜在的な被害者は想像以上に多そうだ。

 社会経済的な弱者で喫煙率が高いという事実は、こうした階層が住んでいる地区や集合住宅で受動喫煙の被害が増えることになりかねないという側面もある。社会経済的な弱者である非喫煙者は、同じように社会経済的な弱者である喫煙者のタバコ煙被害にあい、非喫煙者も喫煙者もタバコによる健康への害を受ける、という皮肉な構造になることも多い。

喫煙者と非喫煙者の相反する利害

 一方、近隣から苦情を受けたことのある複数の喫煙者に、居住空間での喫煙について聞いたところ、タバコを吸える場所が減っているので自分の家や部屋では吸わせてほしい、専有部分などプライベートな場所での喫煙は許容されるべき、という意見が多かった。

 また、近隣から苦情が来た後には「吸う本数を減らした」「苦情が出る場所ではなるべく吸わないように注意するようになった」「居住空間では加熱式タバコに切り替え、紙巻きタバコは公衆喫煙所で吸う」などと答えた。

 ただ、タバコ煙による被害を受けている人に話を聞くと、加熱式タバコのほうがむしろ有害で症状がひどくなるというケースも多い。加熱式タバコに切り替えたからいい、というわけではないようだ。

 前述のベランダ喫煙訴訟の原告側代理人弁護士の北條氏は、2018年12月に愛知県知多市の都市再生機構(UR)の集合住宅に住む60代の男性が、周囲の居室からのタバコ煙で健康被害を受けたとし、管理運営主体である都市再生機構を相手取った訴訟も担当したという。原告はその後、転居したため、訴えは取り下げたそうだ。

 筆者が、都市再生機構の広報課に近隣からのタバコ煙被害について、どんな対策や措置を講じているか聞いたところ「UR賃貸住宅では居室内及び共用部における喫煙は、禁止しておりません。タバコの煙に関わるお申し出があった際には、エレベーターホールや共用廊下、バルコニー等での喫煙について、配慮を促す趣旨のビラを共用部に掲示して周知をしております」と回答した。

 マンションなどの集合住宅や住宅地では、タバコによるリスクが生じることもある。管理組合や管理会社、自治会などにとっても、喫煙について問題視することは火災などのリスク軽減や清掃などのコスト削減につながるだろう。だが、こうした回答をみる限り、誰もが健康で文化的な生活を安心しておくることができるようになるまでには時間がかかりそうだ。

 ニコチンを含む多種多様な化学物質を含んだタバコ煙は、ごくわずかな隙間からでも漂い出ていき、空間を超え、ステルス的に拡散する。

 喫煙者は自らが発したタバコ煙が他者にどのような影響をおよぼすのか、あまり自覚していないようだが、前述した事例のようにひどく苦しみ、重篤な病気になる人もいるということをしっかり認識したほうがいい。もし仮に近隣からタバコ煙被害の苦情がきたら、喫煙室や喫煙所、周囲に誰もいない屋外などへ移動してタバコを吸う努力も必要だろう。


※1-1:Mariaelena Gonzalez, et al., “Smokers Are More Likely to Smoke More after the COVID-19 California Lockdown Order” International Journal of Environmental Research and Public Health, Vol.18(5), 2582, 5, March, 2021

※1-2:Lucy Popova, et al., ““I’m Bored and I’m Stressed”: A Qualitative Study of Exclusive Smokers, ENDS Users, and Transitioning Smokers or ENDS Users in the Time of COVID-19” NICOTINE & TOBACCO RESEARCH, Vol.25, Issue2, 185-192, 5, October, 2021

※1-3:EunKyo Kang, et al., “Impact of the COVID-19 Pandemic on the Health Status and Behaviors of Adults in Korea: National Cross-sectional Web-Based Self-report Survey” JMIR Publications, Vol.7, No.11, November, 2021

※2:Grace Ping Ping Tan, et al., “Residential secondhand smoke in a densely populated urban setting: a qualitative exploration of psychosocial impacts, views and experiences” BMC Public Health, Vol.22, 1168, 11, June, 2022