専門家に聞いた「マイコプラズマ感染症」の潜在的な脅威とは

マイコプラズマ感染症は意外に多いのでは

 マイコプラズマ感染症(マイコプラズマ肺炎)は、インフルエンザや流行性結膜炎などと同じ5類感染症だ。国立感染症研究所のデータによれば、1医療機関当たりの平均報告数(定点当たり報告数)は過去に流行の目安となる1.00を超える年があったが、最近は0.67(青森県)以下となっている。

 マイコプラズマ感染症はあまり耳なじみのない病気で報告数も少ないが、実は意外に患者さんの数は多く、新型コロナウイルス感染症を含む他の間質性肺炎の病気に紛れていたりして実態がよくわかっていないのではないかという専門家もいる。松田和洋氏はそう主張する専門家の一人だ。松田氏にマイコプラズマ感染症について聞いた。

──マイコプラズマとは何ですか。ウイルスでしょうか。細菌でしょうか。どんな特徴がありますか。

松田「マイコプラズマは細菌です。マイコプラズマは、他の細菌とは違って細胞壁を持たず、ウイルスとは違って自己増殖するという最小の細菌で、ウイルスとは区別のつかない臨床症状を引き起こす微生物です」

──マイコプラズマ感染症はどれくらいリスクがあり、患者さんの発生件数など実態把握は進んでいますか。

松田「肺炎の10%から30%がマイコプラズマ肺炎と言われていますので、日本では100万人から200万人と推定されます。マイコプラズマ肺炎というのは、マイコプラズマの感染でいろいろな合併症や免疫難病の症状を起こす肺炎のことです。米国の疾病予防管理センター(CDC)によれば、その中の10%くらいが入院治療するとされていますが、いい診断薬がなく、従来の検査法やPCR、血清学的診断法などでは感染状態を把握するのは極めて困難で、特に合併症の診断やコロナ後遺症との区別が難しい病気です。また、喫煙者や受動喫煙を受けている方の症状の診断には注意が必要です」

──なぜ報告数が少ないのでしょうか。

松田「診断が難しいことが最も大きな理由です。また、マイコプラズマ感染症は実際には成人もかかりますが、小児や若年層の病気と思われているため、5類感染症として基幹定点医療機関(全国約500カ所の病床数300以上の医療機関)の届出される中で対象が小児科に偏ったものになっているのもその理由の一つと思います。細菌ともウイルスともいえない特徴から、長くマイコプラズマによる肺炎が見過ごされてきました。しかし、最近になって、マイコプラズマが免疫の仕組みから逃れ、毒性は弱いけれど慢性的に炎症や組織破壊を繰り返していくことがわかり、原因不明の肺炎にマイコプラズマによるものが多く含まれているのではないかと考えられ始めています」

──マイコプラズマ感染症の症例、症状などはどのようなものでしょうか。

松田「感染して肺炎を引き起こすのはマイコプラズマ・ニューモニエという種類のマイコプラズマです。マイコプラズマ感染症の病態は、通常の細菌よりもウイルス感染に近く、マイコプラズマによる肺炎は以前は異型肺炎ともいわれ、間質性肺炎と区別が困難な病気です。異型肺炎というのはX線画像で細菌でみられる肺炎と違い、ウイルスによる間質性肺炎とよく似ている肺炎のことです。マイコプラズマ感染症による症状は、呼吸器感染、間質性肺炎、合併症、感染後後遺症など、新型コロナウイルス感染症とそっくりだと思います。また、タイの王女のケースのように、心筋炎などの血管炎、神経疾患、皮膚疾患など全身の炎症性疾患の症状が出ることもあり、それもマイコプラズマ感染症の恐ろしさです」

マスクと手洗いに予防効果が

──マイコプラズマ感染症の予防や治療に関してはどのようになっていますか。

松田「感染者からの飛沫感染や接触感染でマイコプラズマに感染します。エアロゾルでも感染しますし、乾燥に強いので厄介です。不織布マスクの着用や手洗い、うがいといった基本的な感染防止が効果的です。風邪のような症状が出ますが、現状、医療関係者の間でマイコプラズマ感染症は単なる呼吸器感染症としてしか認識されていません。多くは自然治癒していると考えられ、治療する場合には抗炎症作用を持つ抗菌薬などを使います」

──今回のタイ王室の王女のように、マイコプラズマ感染症にかかって意識不明の重体となるようなケースは珍しくないのでしょうか。

松田「頻回に起きていると思います。ただ上記の理由で、マイコプラズマ感染症と認識されていないだけだと考えています」

──マイコプラズマ感染症に関し、今後はどのように注意すればいいでしょうか。

松田「疾患概念についてより広く啓蒙することと、私たちはマイコプラズマ感染症早期診断予防未病医療の研究開発を続けていますが、画期的な診断法の研究開発が必要でしょう」

 タイ王室によれば、タイの医師団がパチャラキティヤパー王女の治療を続けているが、予断を許さない状況と伝えられている。

 繰り返しになるが、マイコプラズマ感染症は飛沫感染やエアロゾル感染、接触感染でかかるので、予防には不織布マスクの着用と手指衛生、うがいなどの励行が効果的だ。松田氏が言うように診断が難しい病気だが、やはり早期に診断を受け、適切に治療することが最も重要になるだろう。


松田 和洋(まつだ かずひろ)

山口大学医学部卒業、医学博士。東京医科歯科大学医学部微生物学教室助手、国立がんセンター研究所主任研究官などを経て、2005年にエムバイオテック株式会社を設立。代表取締役。マイコプラズマ感染症研究センター長。専門は、マイコプラズマ感染症、微生物学、臨床免疫学、生化学、臨床血液学、内科学。