「魚」だって「自分と仲間を見分けられる」けど、それは「利他的行動」のため?

 鏡を見て自分だと認識できるのはヒトだけではない。今回、大阪公立大学の研究グループは、ヒトと同じように自分の写真を見た魚がそれを自分だと認識できることを世界で初めて実験で実証した。魚が自分を認識できる意味とは何か。研究者に聞いてみた。

自分を自分と認識する実験とは

 今回の成果を米国の権威ある科学誌『PNAS』(米国科学アカデミー紀要)に発表したのは、大阪公立大学大学院理学研究科の幸田正典特任教授らの研究グループだ。魚類(ホンソメワケベラ)では、世界で初めて自分の写真を見てそれが自分と認識する「写真自己認知」を実証し、魚類でも自己と他者を識別できることを確認した(※1)。

 自分を自分と認識し、自分と他者を見分ける機能を調べることは、ヒトを含む動物の認知機能がどう発達してきたのかを知る上で欠かせない研究分野だ。ヒトは鏡を見てそれが自分だと認識し、自分と他者を区別できるが、ヒト以外の動物ではどうなのだろうか。

 この認知機能を確かめるために、これまで鏡像自己認知(Mirror Self-Recognition)という実験が行われてきた。これは鏡でしか確認できない部位にマークをし、動物に自分の姿が移った鏡を見せ、マークに対してどんな行動を取るのかを検証するマークテストと呼ばれる実験だ。

 マークを気にして触れたり、取ろうとしたりすれば、鏡に映った自分が自分だと認識している可能性がある。これまでマークテストにより、チンパンジー、ゾウ、ウマなどの哺乳類、カラスなどで鏡像自己認知の可能性が示唆され、魚類では今回の幸田氏らの研究グループによるホンソメワケベラでの鏡像自己認知が実験されてきた(※2)。

ホンソメワケベラを使った実験

 今回の成果は、これら鏡像自己認知のマークテストを一歩進め、自分の写真を見せた動物がそれを自分と認識できるかどうかを実験したものだ。実験に使った魚の種類は、大きな魚の寄生虫を食べるホンソメワケベラというベラの一種でソウジウオとも呼ばれ、ゼブラフィッシュなどと同じ実験動物だが、ホンソメワケベラは特に社会的行動を調べるために使われている(※3)。

 こうしたヒト以外の動物の生態や行動、認知を調べる際には、対象の動物に人為的な影響がおよばないよう注意するとともに、研究者の主観が入らないようにしなければならない。幸田氏らのホンソメワケベラの鏡像自己認知の実験結果を発表した論文(※2)についても指摘や批判が寄せられたそうだが、同氏らの研究グループはさらに追試した論文を出して実験結果を確かにしてきたという(※4)。

 研究グループのリーダーである幸田氏に今回の実験とその意味について話をうかがった。

──今回の実験はどのように行ったのでしょうか。

幸田「ホンソメワケベラが鏡像自己認知できることは、すでにこれまでの実験で証明してきました。今回の研究は、鏡像自己認知ができるのかできないのかという問題ではなく、どのようにして鏡像自己認知をしているのか、に焦点を当てています。ホンソメワケベラの顔には、個体ごとに異なったソバカスのような模様があり、この模様はヒレや身体にはありません。自分の写真、見知らぬ別のホンソメワケベラの写真、自分の顔と見知らぬ個体の身体を合成した写真、見知らぬ個体の顔と自分の身体を合成した写真、4枚を用意し、すでに鏡像自己認知ができることが確認されたホンソメワケベラと自分の鏡像を見たことのないホンソメワケベラに示しました」

個体によるホンソメワケベラの顔の模様の違い。ソバカスのような模様が個体ごとにことなっているが、こうした模様はヒレや身体にはない。大阪公立大学のプレスリリースより
個体によるホンソメワケベラの顔の模様の違い。ソバカスのような模様が個体ごとにことなっているが、こうした模様はヒレや身体にはない。大阪公立大学のプレスリリースより

──顔と身体の写真を合成したのはどんな理由からでしょうか。

幸田「ホンソメワケベラが、身体全体ではなく顔の模様によって自分と他者を区別できているかどうかを調べるためです」

──その結果はどのようになったのでしょうか。

幸田「鏡を見たことのないホンソメワケベラは、自分の写真に対して激しく攻撃しました。これは見知らぬ別の個体の写真を見せたときと同じ反応ですので、自分の写真を未知の他人とみなしていると考えられます。次に、鏡像自己認知ができることを確認したホンソメワケベラに自分の写真を見せたところ、自分の写真には攻撃せず、見知らぬ個体の写真に対しては攻撃したのです。このことから、写真の個体が自分か他者かを認識できている可能性がわかりました。さらに、自分の顔に他者の身体を合成した写真に対しては攻撃はせず、他者の顔に自分の身体を合成した写真に対しては見知らぬ個体の写真と同じくらい攻撃的になったのです」

──こうした機能にはある程度の記憶力が必要と思いますが、ホンソメワケベラの神経組織にはそうした記憶の格納機能があるということでしょうか。また、鏡像自己認知は、社会性のある動物に共通する機能なのでしょうか。

幸田「当然、記憶を格納する機能があると考えています。この自己と他者を区別する認知能力は、多くの無脊椎動物にもあります。まさに、頭足類、昆虫、甲殻類の例は多数あります。ついでにもう少し言いますと、この点は魚からヒトまで神経基盤は相同だろうと考えています」

──やはりホンソメワケベラは顔で自分や他者を区別しているのですね。

幸田「そうです、我々ヒトもスナップ写真を見て自分と友だちや家族と比べるのは、まずは顔です。この点、ホンソメワケベラの場合もヒトと同じです。今回の発見では、ホンソメワケベラのような魚類も我々ヒトと同じように鏡や写真の自分の顔を認識し、それで自己認識ができている可能性があることがわかりました。ただ、この実験だけでは、ホンソメワケベラが本当に自分を自分と認識しているかどうかはわかりません。私たちは次に自分の写真を使ったマークテストを行いました」

魚類もヒトと同じ

──鏡像自己認知のマークテストを写真で行ったというわけですね。

幸田「そうです。ホンソメワケベラは、自分についた寄生虫に敏感ですが、寄生虫のようなマークを自分の写真の喉につけて見せました。もし、その写真を見て喉をこするような行動をすれば、自分の写真を自分と認識していることが明らかになります。仲のいい別の個体とみなしていれば、そうした行動を取ることはないはずです。このマークテストをした結果、8個体中6個体が自分の写真のマークを見て、自分の喉をこすって取ろうとする行動をし、マークをつけた仲のいい別の個体の写真を見せても自分の喉をこするような行動をとることはなかったのです」

──寄生虫がついた自分の写真を見て、それを拭い取ろうとする行動は、寄生虫に対する単純な反射行動と考えられませんか。

幸田「それはあり得ません。仲のいい個体についた寄生虫を見ても何も反応しません。また、自分についたマークを見て寄生虫だから早く取らないとと、擦る場所を探して選んでいます。さらに擦ったあと取れたかどうかの確認もします。これらは意図を伴う行動であり、反射ではありません」

──ホンソメワケベラの場合、何匹くらいの仲間を区別して認識できているのでしょうか。

幸田「さあ、これがまだ分かりません。おそらく、こちらがびっくりするくらいの多くの個体の区別ができるだろうと思います」

──ホンソメワケベラは、ウツボなど共生する魚の寄生虫を掃除しますが、利他的な行動やフリーライダーへの処罰行動などもよく知られています。鏡像自己認知は、こうした彼らの社会行動と何か関係がありますか。

幸田「ものすごくあります。まず基本的には、複数の相手個体を区別できる能力です。鏡像自己認知の能力があれば、出会った個体を迅速に識別することが簡単にできるようになります。相手を認識し、それに応じて友好的なり攻撃的なりの行動を調整する能力は社会行動にとって重要な能力でしょう」

 自己認知はヒトだけの専売特許ではない。ホンソメワケベラは掃除する際や性戦略などで複雑な社会的行動をとるが、同研究グループは社会性のある脊椎動物にはホンソメワケベラのような高度な自己認識がそなわっているのではないかと考えている。

ホンソメワケベラはヒトのように自分と他者を区別できるという説明マンガ。大阪公立大学のプレスリリースより。
ホンソメワケベラはヒトのように自分と他者を区別できるという説明マンガ。大阪公立大学のプレスリリースより。

幸田正典(こうだ・まさのり)

1957年生まれ。1985年京都大学大学院理学研究科博士課程単位取得退学。理学博士。専攻は行動生態学、動物生態学、動物社会学、比較認知科学。アフリカのタンガニイカ湖の魚や珊瑚礁魚などを主な対象に、行動、生態、社会、認知を研究する。大阪公立大学大学院理学研究科特任教授。著書共著に「魚類の繁殖行動」(東海大学出版会)、「タンガニイカ湖の魚たち」(平凡社)、「魚類の社会行動2」(海游舎)、「魚類生態学の基礎」(恒星社厚生閣)、「隠す心理を科学する」(北大路書房)、「魚にも自分がわかる」(ちくま新書)などがある。


※1:Masanori Kohda, et al., “Cleaner fish recognize self in a mirror via self-face recognition like humans” PNAS, Vol.120(7), e2208420120, 6, February, 2023

※2:Masanori Kohda, et al., “If a fish can pass the mark test, what are the implications for consciousness and self-awareness testing in animals?” PLOS BIOLOGY, doi.org/10.1371/journal.pbio.3000021, 7, February, 2019

※3:Redouan Bshary, et al., “Social cognition in fishes” Trends in Cognitive Sciences, Vol.18, Issue9, 465-471, September, 2014

※4:Masanori Kohda, et al., “Further evidence for the capacity of mirror self-recognition in cleaner fish and the significance of ecologically relevant marks” PLOS BIOLOGY, doi.org/10.1371/journal.pbio.3001529, 17, February, 2022