分野横断のセレンディピティ:材料工学と植物学から生まれた「セルロースナノファイバー」とは

 セレンディピティ(Serendipity)とは、幸運な偶然が重なって予想外の発見が生まれるようなことをいう。分野横断型の研究開発では、セレンディピティから画期的な発見や発明が誕生することも多い。今回は、日本発の新技術であるセルロースナノファイバー(CNF)によるエレクトロニクスの事例について、開発研究者の福原幹夫氏に話をうかがって紹介する。

セルロースナノファイバーとは

 今、植物由来の材料を使い、固体量子蓄電体(湿式リチウムイオン電池の固体化ではない)や半導体などのエレクトロニクス技術を画期的に進歩させる日本発の技術が注目を集めている。その材料とは、セルロースナノファイバー。2021年3月にはセルロースナノファイバーを蓄電体に利用する技術が発表され、2023年1月にはセルロースナノファイバーに半導体特性があることが発表された。

 これらセルロースナノファイバーをエレクトロニクスに応用する研究を主導してきたのは東北大学未来科学技術共同研究センターのリサーチフェロー、福原幹夫氏だ。福原氏は主にアモルファスという材料工学の研究をしてきたが、植物が持つ大きな可能性に気づかされ、自身の専門領域とセルロースナノファイバーを組み合わせる研究開発を進めるようになった。

 セルロースナノファイバーというのは、植物のセルロースを主成分にした植物繊維をナノメートル(10億分の1メートル)サイズまでほぐした素材のことだ。植物由来の材料なので環境負荷が低く、再生資源として利用できる上、強度が強い、熱膨張しにくい、吸水性が高いといった特性がある。

 では、アモルファスとは何だろう。福原氏は「アモルファスというのは、非結晶の物性を持つ材料のことで、ガラスのように元素配列に規則性がなく、原子がクラスター状に集合し、完全な三次元結合のない材料のことです」と説明する。

 同氏は、これまで20年以上、アモルファス合金、アモルファス・セラミック、アモルファス・ポリマーを使ったアモルファス・エレクトロニクスの研究開発をしてきた。東北大学の金属材料研究所に在籍していた間、アモルファス・エレクトロニクスで、固体電子蓄電体や常温の量子ドットトランジスタの研究開発、そしてマイナス摂氏50度以下の低温で電気抵抗がゼロになる(超伝導ではない)弾道伝導(バリスティック伝導)という現象を発見した。

 つまり、福原氏が研究してきたアモルファスという材料工学とセルロースナノファイバーという植物由来の素材とが出会い、近年の成果につながったということになる。その出会いとはいったいどんなものだったのだろう。

カーラジオからのひらめき

 アモルファスとセルロースナノファイバーには、ある共通した特徴があると福原氏はいう。

「アモルファス絶縁体の表面にナノメートルサイズの極微細な凹凸があると、そこに原子、イオン、分子の間に働く吸引力、ファンデルワールス力が生じ、その表面に電子を吸着させると蓄電体にすることができるのです。凸のサイズをどんどん小さくしていくと、電荷が蓄えられる量である静電容量(キャパシタンス)が上がっていきます。この現象を『量子ナノサイズ効果』による電子吸着現象といいますが、凸が小さくなればなるほど蓄電量が上がっていきます」

 福原氏は、Thomas-Fermiの遮蔽理論(固体中の電子の減衰を計算する手法)を使い、凸の径の静電ポテンシャルを計算してみた。すると、凸の径サイズが小さくなるほど仕事量、つまり電子の吸着能力が大きくなることが示された。

凸径が小さくなるほど電気容量が増加することを示すグラフ。凸部の径のマイナス6乗でファンデルワールス力が生じる現象に近似している。グラフ提供:福原幹夫氏
凸径が小さくなるほど電気容量が増加することを示すグラフ。凸部の径のマイナス6乗でファンデルワールス力が生じる現象に近似している。グラフ提供:福原幹夫氏

 だが、アルミナのような従来の材料では、凸の径サイズを小さくできる限界があった。できる限り小さくしても、2018年の時点で凸の径サイズは15ナノメートルがやっとだったという。福原氏はどうにかして凸の直径をもっと小さくできないかと考えていた。

「そんなある日、大学から帰宅する車の中でカーラジオのNHKを聴いていたところ、その番組に日本製紙のセルロースナノファイバー研究所で以前、所長をされていた河崎雅行氏が出演されていました。河崎氏が番組の中で『セルロースナノファイバーの幅は3ナノメートル』とおっしゃったのを耳にした瞬間、私は『これだ!』とひらめいたのです」

 セラミックやポリマーなどでアモルファスの固体量子蓄電体の研究をしてきた福原氏は、どうしても凸径を15ナノメートル以下に小さくできなかった。また、サンプルサイズも大きくできなかったので、工業的な実用化のための量産効果も未知数だったという。

「セルロースナノファイバーは、最初から10nm以下の細かい繊維になっているわけで、この極微細な凸径なら静電容量をより上げることができるはずです。また、おそらく広い面積のシートの作製も容易でしょうし、レアメタルも用いないですみそうです。これは画期的な材料になるぞと確信しました」

 その後、福原氏は日本製紙と協力し、セルロースナノファイバーを使った急速充電が可能な個体蓄電体(スーパーキャパシタ。湿式ではない全固体)を開発し、優れた蓄電特性とLED点灯を成果として学術誌に発表した(※1)。この実験に使ったセルロースナノファイバーの凸径は3ナノメートルだった。

植物が持つ大きな力

 では、セルロースナノファイバーはアモルファス(非結晶)なのだろうか。

「セルロースナノファイバーはアモルファスです。結晶構造の解析にはX線や電子線による回析が使われますが、結晶相の場合、X線を照射するとブラッグ反射という現象に対応したシャープなピークが多く現れます。一方、セルロースナノファイバーの場合、2つのブロード(広いなだらかな)パターンが現れ、電子線では結晶の場合、規則的な原子配列による同心円状の解析像(デバイ・シェラー環)が見えるのに対し、セルロースナノファイバーではぼんやりしたハローリング(光輪)を示します。このブロードなピークやハローリングにより、セルロースナノファイバーがアモルファスであることがわかるのです」

セルロースナノファイバーの表面のナノサイズ凹凸の様子。東北大学のプレスリリースより。
セルロースナノファイバーの表面のナノサイズ凹凸の様子。東北大学のプレスリリースより。

 福原氏は、よもや材料工学をやってきた自分が自然界の植物からヒントを得て、アモルファス・エレクトロニクスの研究開発を進めるとは思わなかったという。

「前述したファンデルワールス力は、例えば爬虫類のヤモリの足の指の先に極微細な凹凸があり、そこにファンデルワールス力が生じることで滑らかな壁を落ちずに這うことができるように、自然界にも多く存在します(※2)。船のマストの先が青白く光る、いわゆる『セントエルモの灯』も電気が突起の先にたまることで起きる現象です。セルロースナノファイバーは植物由来の材料ですが、実際、植物の世界は想像以上に奥深いものなのです」

 例えば、ハス(蓮)はその葉の表面に撥水効果(Lotus effect)をもっているが、これは水滴の中に泥や昆虫などを取り込んで払い落とす静電作用を利用した自浄機構だ。また、バラ(薔薇)の花弁は水滴を吸着して落としにくくなっているが、これはペタル効果(Petal effect)という、水酸化物イオン(hydroxide ion、OH−)が水(水素、H+)を引きつける現象を利用している。このようなことから福原氏は、生物有機物が人工有機物と大きく異なることに気づいたという。

「私たちの研究では、薔薇の花弁のペタル効果による水滴を、電子に換えて蓄電しているというわけですが、このように植物は土から水分や養分を吸収する毛根、そして根の中や茎、葉脈の導管などにも静電作用を利用しています。そして、人工的に作った材料よりも優れているのも自然の材料の特徴です。例えば、人工的に作ったカーボンナノチューブは80keVで分解しますが、セルロースナノファイバーの場合、200keVまで耐えられ、宇宙環境にも強いと考えられることから宇宙エレベーターの素材など宇宙開発分野でも利用可能なのです」

ペーパーエレクトロニクスの可能性

 さらに最近、福原氏らの研究グループは、セルロースナノファイバーの半導体特性の発見という成果を学術雑誌に発表した(※3)。半導体はp型半導体とn型半導体を接合(pn接合)することで、交流電流の流れを制御する整流作用を持たせることができる。福原氏らは、セルロースナノファイバーに、このn型半導体の特性があることを発見した。

「エレクトロニクスに使われている半導体は、シリコンにリンなどを添加したり、ガリウムヒ素などの人工化合物で作られているのでレアで高価であり、作る過程で大きなエネルギーが必要です。また、廃棄される際に処理が必要だったり、環境負荷が大きな材料でもあります。まだ実用段階にはなっていませんが、現在のDCやAC電流回路と同じものを作る可能性があります。もし、セルロースナノファイバーで半導体を作ることができれば、エレクトロニクスに大きな影響を及ぼすでしょう」

 この半導体特性を持つセルロースナノファイバーには、様々な植物を検討した結果、フヨウ(芙蓉)の一種であるケナフという植物を使った。ケナフは、育てやすく成長も早い。また、栄養価が高く、炭酸ガスの吸収量が大きく(木の3倍から9倍)、さらに土中の窒素やリンを大量に吸収するという特徴を持つ植物だ。

 福原氏は、セルロースナノファイバーによる蓄電体と半導体で「ペーパーエレクトロニクス」の可能性があると胸を張る。地球の水や窒素などの起源を探る研究もしている同氏は、日本は国土の7割が森林で海に囲まれているため、植物由来の材料の用途がエレクトロニクス分野へ広がれば、農林漁業の復活と日本経済の復興にまでつながるのではないかと期待している。

※この記事は、Yahoo!ニュース個人のテーマ支援記事です。オーサーが発案した企画について、編集部が一定の基準に基づく審査の上、オーサーが執筆したものです。この活動は個人の発信者をサポート・応援する目的で行っています。


福原幹夫ふくはら・みきお

1948年生まれ。工学博士(大阪大学大学院博士課程修了)。東芝タンガロイ(現タンガロイ)在職中、米国ペンシルベニア州立大学に留学(圧電体、超伝導研究、客員主任研究員)。2005年より東北大学金属材料研究所。現在は東北大学未来科学技術共同研究センターリサーチフェロー。


※1:Mikio Fukuhara, et al., “Amorphous cellulose nanofiber supercapacitors with voltage-charging performance” Scientific Reports, 12, 5619, 5, April, 2022

※2:NHK World TV、「サイエンスビュー」、2022年3月22日放送

※3:Mikio Fukuhara, et al., “A novel n-type semiconducting biomaterial” Scientific Reports, 12, 218999, 19, December, 2022